圧倒的に荘厳な、畏怖するしかない美しさが目の前にある。

昨年にこの展覧会がまず東京国立博物館で開催された時、高さのある台に載って、低反射ガラスのケース越しに見上げる聖林寺十一面観音菩薩は、伏し目がちな顔に憂いを帯びた優美さを漂わせて見えた。

今回の奈良国立博物館での展示では、ガラスケースなしにこの像と同じ空間を共有できるぜいたくが、まず純粋に驚きだ。

国宝 十一面観音菩薩立像 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺

しかも驚かされるのは単に「じかに見られる」からだけではない。今回は展示用の台も低く、奈良時代にこの像が造られた時からの台座の、ほぼその高さで、我々はこの観音像と直面する。

するとどこかしら、同じ像なのに印象が異なるのだ。前回の展示の記事とも見比べ頂きたいのだが、その時は観音像に高い台から見下ろされていたのにも関わらず、低い位置になった今回の方が、かえって近寄り難いまでにおごそかで、厳めしい。

なお聖林寺では、この像を恒久的かつ安全に安置するための観音堂の改修工事中。クラウドファンディングへの参加はこちらから。https://readyfor.jp/projects/shorinji2022

「慈悲と救済の観音菩薩」とはどこか異なった、厳めしい顔と力強い胸と肩

蓮を象った台座が当初の、奈良時代のものであるのは、日本の仏像としてかなり珍しい。花弁の一枚一枚が別個の木材から躍動感に満ちた曲線で彫り上げられて肉芯に差し込まれているのも、ほんの数枚が後代に補われているのを除けば、当初のものだそうだ。

国宝 十一面観音菩薩立像 台座連弁 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺
このように精巧に彫られた曲面の花弁が、何十枚も差し込まれて蓮台が構成されている。

火災などの際に本体は避難できても、台座や光背は運びきれずに失われることが多く、たいていは後代に新たに作り直されたものなのが、この保存状態は圧倒的というか、ほとんど奇跡的だ。もちろん本体も、手の指の欠損もなく、11ある頭上の顔も、そのうち8つがほぼ無傷に残っている。

像高2m9.1cm、足はやや長めで腰から下がすらりと伸びて、ほぼ七頭身の長身だが、今回の、高い台に乗せていない展示でほぼ水平の目線で見ると、腕の細さと較べても胸から肩への筋肉の張りは極端なまでに誇張されている。

首は前屈みだが、横から見ると(壁面までの距離が十分にあって真後ろからも見ることができる)顔そのものは正面を向いている。再び正面から見ると、伏し目がちに見えたその眼は、瞼こそ上からかぶさっているものの、むしろ真正面を見据えていると分かる。展示台の上に見上げていた時には美青年の凛々しさに思えたその顔は、今度は人を容易に寄せ付けない威厳を帯び、年齢も成熟した大人のそれに見える。

胸や肩の誇張されたボリューム感は、見上げる位置になっていた東京での展示では、遠近感が修正される効果になって、八頭身に近い適度にリアルで適度に理想化された端正な姿に見えた。だが展示に高い台を用いていない今回は、上体がより近くに見えているだけに、分厚い胸や顔と上体の肉付きが際立つ。

位置が低い、むしろ身近な高さだからこそ、かえって荘厳な威圧感、そして畏れの感覚に、我々はガラスケースに隔たれることなく、直に取り込まれてしまいそうだ。その圧倒的な美しさは同時に、ちょっと恐ろしげでもある。

国宝 十一面観音菩薩立像 光背残欠 奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺
圧倒的な保存状態の良さを誇る聖林寺十一面観音菩薩の、光背だけは1300年近い歴史の中で破損しているが、その断片もこうして丁寧に保存されて来ている。

仏像は通常、須弥壇と呼ばれる祭壇の上に、見上げるように安置される。だから聖林寺の十一面観音菩薩立像はその遠近感を逆算して、見上げた時にバランスよく見えるように造られているとも考えられる。

すでに飛鳥時代の法隆寺の列柱でも、遠近感の錯覚を考慮して古代ギリシャ建築のエンタシスに共通する微妙な膨らみを持たせる計算が見られるのだし、遣唐使で日本が最先端の技術や知識を大陸から盛んに取り入れていた奈良時代に、おそらく東大寺の官営の工房で造られた、つまり最高の知見と技術と美意識が注ぎ込まれた像だ。そうした先端的な数学的な計算も駆使されていたとしても、なんら不思議ではない。

だが一方で、この像をほぼ正面から、目線に近い高さで見た時に際立つ上体の力強さにこそ、この像の造立に込められた意図や役割があったとしても、やはりおかしくないのではないか? 首が前傾しているのも、須弥壇の下から見上げた時の視線を逆算しているとも考えられるが、しかし顔そのものと眼差しは、正面に向けられている。

ガラスケースすらなく直に見ているので、一本一本が精確に刻まれた髪の毛と、その上の頭上面のひとつひとつ異なった表情までよく見える。いやむしろ逆に、十一面観音は頭上を取り囲む10の顔で全方位を見渡している、その眼差しの強さに見ている我々が見られ、その視線に射抜かれているかのようだ。

こうしたある意味「怖い顔」をした仏像とえいば、この像より少し後の奈良時代末期から平安初期に造られた、京都の北西・高雄の神護寺の本尊・薬師如来立像(国宝)の憤怒にも見える顔や、奈良国立博物館の「なら仏像館」 でちょうど展示されている、奈良・元興寺の同時代の薬師如来立像(国宝)にも、通じるように思える。

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