その緊張感の正体は、斜め前、横からと視点をずらして行くと次第に判然とする。組んだ手の位置を高めに、胸の前に突き出すことで腕には力が入り、自然と胸の筋肉もピンと張っているのだ。真横からでは肩甲骨を覆う筋肉が大きく膨らみ、鍛えられた力強い上体になっていることが見えて来るし、その筋肉の膨らみのすぐ下では腰周りがキリリッと引き締まっている。

国宝 大日如来坐像 運慶作 平安時代・安元2年(1176) 奈良・円成寺

肩甲骨周りの背中の筋肉には、光背中央に開けられた大きな円形の穴から突き出すんじゃないかと思えるほど力がみなぎっている。真後ろから見ると見事な逆三角形のアスリート体型だ。胸の筋肉に力が入っているので目立つ胸筋と腹筋のつなぎめの凹みも忠実に再現され、くびれた腰回りから下腹部に力を入れている。筋肉が緊張して引き締まった上半身を支えるため、結跏趺坐を組んだ下半身にも自然と力が入る。

画像: 国宝 金剛力士立像 吽形 鎌倉時代・建仁3年(1203) 運慶・快慶作 奈良・東大寺(南大門) 言うまでもなくこの像は本展には出品されない。胎内に納入されていた宝篋印陀羅尼経が5月20日以降に展示。南大門は博物館から歩いて10分とかからない直近で、博物館の閉館後も午後6時まで照明が入っているので、帰りに寄るのもお勧め。

国宝 金剛力士立像 吽形 鎌倉時代・建仁3年(1203) 運慶・快慶作 奈良・東大寺(南大門)
言うまでもなくこの像は本展には出品されない。胎内に納入されていた宝篋印陀羅尼経が5月20日以降に展示。南大門は博物館から歩いて10分とかからない直近で、博物館の閉館後も午後6時まで照明が入っているので、帰りに寄るのもお勧め。

東大寺南大門の金剛力士立像は、運慶のもっともよく知られた作品だろう。重源が指揮し、新たに日本の最高権力者となった鎌倉幕府の征夷大将軍・源頼朝の全面的な支援を受けたこの復興事業での活躍(もちろん金剛力士の成功はそのハイライトだったし、大仏殿の四天王も運慶工房が担当した)で運慶は名声を高め、武士との深いパイプも確立した。鎌倉をはじめ全国に運慶様式の、運慶工房の仏像があるのは、つまりそれだけ全国の武士から注文が殺到した、と言うことだ。

武士に支持された運慶の力強い表現、筋肉の描写といえば真っ先に思い浮かぶるのがこの東大寺金剛力士立像だろうし、運慶ではなくその工房の、慶派の作品とみられる興福寺の天燈鬼・龍燈鬼もユーモラスな短躯にデフォルメされながら、誇張された筋肉描写はあくまで精確だ。

国宝 天燈鬼・龍燈鬼立像 龍燈鬼 鎌倉時代・建保3年(1215) 奈良・興福寺 展示期間:4月19日~5月18日
ユーモラスなまでに誇張された、頭に載せた灯篭の重みに踏ん張るお尻の筋肉

だが運慶のミケランジェロ並み、いやそれ以上の「筋肉フェチ」と言えそうな本当の凄みは、ダイナミックに動きを強調したポーズの誇張された筋肉隆々以上に、そうした直接的な肉体と筋肉の表現が許されない、ポーズが一定の約束事の中に収まらなければならず、筋肉を直接に表面に表現することもない如来・菩薩の像にこそ見られると、個人的にはずっと思って来た

しかもほぼデビュー作であろう円成寺の大日如来坐像で、運慶はその真髄をすでに完成させていたのだ。

たとえば結跏趺坐すると足の甲の筋肉と腱が伸ばされて親指側は上向きに反ると同時に、小指側では大腿に押さえつけられてクッと内側に曲がる。足の裏がそれ以前の仏像に多い扁平足状態ではなくしっかり筋肉が盛り上がり、太腿に押し付けた小指の曲がり方まで再現しているところなど、運慶が単に見た目の筋肉ではなくその機能、身体の内部の構造と力の入り方を熟知していたとしか思えない。あるいは自分で体を動かして、どこにどう力が入るのかを確かめながら造っていたのだろうか?

東大寺の重源上人坐像も、80代後半の晩年の重源の姿なのだから、金剛力士のような「筋骨隆々」とは程遠い身体だ。頬骨の貼り方と、老人特有のその下の頬がほぼ真っ平か若干窪んでいるところや、落ち窪んだ目の上の眼窩の骨まで、恐ろしく精緻だ。しかしこの像における運慶の筋肉リアリズムの白眉は顔以上にその下、首にくっきり浮かび上がる筋と腱だろう。

画像2: 国宝 重源上人坐像 鎌倉時代・13世紀 奈良・東大寺

国宝 重源上人坐像 鎌倉時代・13世紀 奈良・東大寺 

身体的には衰えつつある老人の、肉体的ではなく精神的な力強さをどこに見出すのか? おそらくはそう自問した運慶の答えが、背面や肩の筋肉も背骨も弱まった丸まった背中の老人の、それでもキッと顔を正面を向けたその顔を支える首の、張り詰めた筋と腱だったのではないか? 横から見るとよりはっきり判るのが、これだけ背中が丸くなってしまうと背骨から首の骨への流れで顔は下を向く。正面を正視するためには首の前面を大きく伸ばして頭を支えなければならない。すると思いっきり伸びた腱と筋が、肌の下からくっきり浮かび上がる。

今回の展示では360度、真後ろからも見られるので、東大寺の俊乗堂に祀られて毎年12月16日にのみ開帳される時には見られない、この像のもうひとつの隠れたクライマックスともいうべき、とても大きな背中に驚かされた。

国宝 重源上人坐像 鎌倉時代・13世紀 奈良・東大寺

重源は東大寺の復興を任された1181年にはすでに61歳だった。大仏殿再建の完了は75歳、南大門が完成し総供養が行われた1203年には83歳、その3年後に没している。当時としてはあり得ないほどの高齢で始めた大事業を成し遂げた、老いた肉体の衰えと精神の強靭さの双方を表現しているのが正面だとしたら、この大きな背中はそうした超人的な偉業を支えた人物の真の強さ、人間としてのあまりにもの大きさを表している。

初期の大日如来立像ですでに人体の筋肉と構造を踏まえたリアルな仏の造形を生み出していた運慶は、力強さを強調・誇張して鎌倉幕府の武士階級に支持された作品群を経て、この重源上人坐像で精神が身体によって表象され、その精神的な側面をもリアルな身体の中に表現する、成熟した芸術に到達していた。

一方でこの展覧会の展示構成は、その出発点にしてすでに運慶の完成形でもあった大日如来坐像の内包する、より深い意味を引き出しているように思える。

釈迦の肉体の名残りであり実存を象徴する舎利を五つに分けて、密教における宇宙の根本原理で真理であると同時に宇宙そのものの中心であり、その慈悲が全宇宙に広がっているとされる五智如来を表した叡尊の鉄宝塔が「即身成仏」、生身の肉体のまま宇宙の根本原理に到達し一体化し得ることを意味しているとしたら、その鉄宝塔と向き合うのがリアルな筋肉の人間の身体を持った、宇宙の根本原理にして宇宙そのもの、その中心である大日如来、ということになる。

画像: 展示風景、運慶の大日如来坐像が叡尊の鉄宝塔と向き合い、その横には鉄宝塔に納められる五智如来を表す五つに分けられた舎利

展示風景、運慶の大日如来坐像が叡尊の鉄宝塔と向き合い、その横には鉄宝塔に納められる五智如来を表す五つに分けられた舎利

本来は抽象概念である大日如来をあえて人間的にリアルな身体に表現した運慶、そこにもまた「即身成仏」、肉体を持って生きたままで真理・悟りに至り、さらにはその真理と自らの身体を含む存在そのものが一体化することで自らを救済する、という思想と祈りこそが、表現されているのではないか? だからこそ、運慶は大日如来の姿に人間の肉体としてのリアルな筋肉の存在感を追求したのではないか?

闇を照らす灯から、透みきった光の世界へ

「祈りのかがやき」の視覚的・具体的な例としてすでに写真を紹介した装飾写経の展示に、天井から法華経の抜粋の現代語訳が吊るされたコーナーを見て、最後の展示室に入ったところで、またもや・・・

Oh...!

画像: 国宝 菩薩半跏像 平安時代・8世紀 京都・宝菩提院願徳寺 ※このスペースでの展示は4月19日~5月18日

国宝 菩薩半跏像 平安時代・8世紀 京都・宝菩提院願徳寺 ※このスペースでの展示は4月19日~5月18日

真っ白な、光の世界に、神々しい木の素地の、美しい菩薩の姿が浮かび上がる。

海の底のような青い闇から始まった「祈りのかがやき」の旅は、木と透明な光に終わる。我々は再び、今度は闇ではなく光のなかに、過去の人々の命懸けに真剣な祈りの造形と空間を共にするのだ。

このなんとも言えぬ澄んだ心持ちは、金銀を散りばめた華麗な写経の展示の中で一点、簡素な墨一色に澄み渡った世界を提示していた一幅の画軸で、すでに予告はされていたようにも思える。

国宝 山水図(水色巒光図)伝周文作 室町時代・文安2年(1445) 奈良国立博物館 展示期間:4月19日~5月18日

禅宗の画僧・周文の「水色巒光図」として知られる、奈良国立博物館所蔵の山水図だ(周文は落款などで特定できる確定作が現存せずどの作品も「伝」つまりおそらく周文の作だろうとまでしか言えない)。隣は足利義政の花の御所、南は御所という立地の京都・相国寺で足利幕府の御用絵師も務めた、雪舟の一世代前の画僧で、美術史的には日本の禅画が雪舟で完成されるその一歩手前というようにみなされがちなだ。有り体に言うと雪舟を称賛する比較対象にされることが多く、つまり褒める言説はあまり見かけない。

確かに雪舟の優れた技巧の一方で才気煥発な大胆な描写と筆の勢いと較べられると大人しいというか、近現代の作家主義的・芸術家至上主義的な美術の価値観でいえば独創性に欠けるのは、その通りかも知れない。

だがそれでも、この画面の澄み渡った透明感はどうだろう?

その透明感は雪舟のような強い個性がないからこそ、でもあるのかも知れない。安定して簡潔な構図で描かれ、随所で色々と異なった描法も組み合わせながらも技巧を目立たせはせず、スッキリとまとまったこの、平凡かも知れないが麗しい風景のかがやきは、この世界が実はとても美しい場所であり、その美しさに気づき心の平安に至れるかどうかは、個々の我々の心持ち方次第であることを、静かに教えてくれている。

そして光に包まれた中に浮かぶ菩薩の姿がある。

国宝 菩薩半跏像 平安時代・8世紀 京都・宝菩提院願徳寺

平安時代のごく初期のこの像は、奈良時代に中国・唐と唐を経由しつつアジア全体からの様々な文化文明の有り様を吸収しながら、リアルな実存としての仏の姿を追求した奈良時代の仏像彫刻の到達した完成形とも言えよう。興福寺の仏師だった運慶も、奈良で育ちそうした奈良時代のいわば古典を見て学んだことが、あのような表現の革新の原動力になった。

上体は唐風でありアジア的である一方で、衣の複雑な曲線が入り組みながらもあくまで端正な下半身からははるか彼方の中近東、ギリシャ=ローマ的な息吹も感じる。かつてユーラシア大陸の諸民族が戦争や侵略よりも交易と文化交流で繁栄し、影響し合ってシルクロード文明を発展させたその終結点に生まれた果実、そんな文化の混ざり合った平和の結晶としての、艶かしくあまりに美しい菩薩の姿。

法隆寺では「百済観音」の特別な形での出品にあたって、「世界平和のため」と言って快く応じたという。この最後の部屋で、そんな壮大な、野心的なまでに大きく世界的な祈りが、確かに完成していることを我々は目撃する。

最後の光の部屋に向かう展示スペースには、天井から法華経、弥勒大成仏経の抜粋と現代語の意訳を記した幕が下げられている

・・・と思ったら、この半跏の菩薩像は5月20日以降は別のスペースに移り、この光の空間にはまた別の菩薩半跏像が顕現するという。法隆寺の隣・中宮寺に伝わる飛鳥時代のおそらく元は弥勒菩薩として造られたと考えられるが、聖徳太子の没後にその姿を偲んで造られた生き写しとも伝承され、如意輪観音(太子の本地仏は救世観音ないし、中世以降は如意輪観音)として信仰されて来た像・・・

なるほど、「百済観音」から始まり、太子の生き写しの姿へ、そこでこそなんの臆面もなく「世界平和のため」と心から言ってしまえるだけの展覧会は、さらに高次の次元でその「祈り」を完成させるのか? 「和を以て貴しとなす」というその人が遺した言葉・・・

・・・後期のさらに野心的な展示が楽しみだ。

奈良国立博物館開館130年記念特別展「超 国宝 - 祈りのかかがき」
Oh! KOKUHO: Resplendent Treasures of Devotion and Heritage

画像: 国宝 七支刀 古墳時代・4世紀 奈良・石上神宮 日本で現存するなかで最古の文字が金象嵌されている点でも歴史的にも重要な作品。本展ではその銘文も全て書き起こし、その現代語訳と詳細な解釈も壁面に展示されている。今回の展示の前に詳細な操作を行った結果、4世紀の鉄器で表面にこそ酸化が見られるものの、内部が全く錆がまったく進行していない奇跡の保存状態が分かった。

国宝 七支刀 古墳時代・4世紀 奈良・石上神宮
日本で現存するなかで最古の文字が金象嵌されている点でも歴史的にも重要な作品。本展ではその銘文も全て書き起こし、その現代語訳と詳細な解釈も壁面に展示されている。今回の展示の前に詳細な操作を行った結果、4世紀の鉄器で表面にこそ酸化が見られるものの、内部が全く錆がまったく進行していない奇跡の保存状態が分かった。

会期 2025年6月15日(日)まで(前期展示:5月18日(日)まで、後期展示:5月20日(火)~6月15日(日)※会期中、一部の作品は展示替え)
休館日 毎週月曜日
開館時間 午前9時30分~午後5時 ※入館は閉館の30分前まで
会場 奈良国立博物館 東・西新館 〒630-8213 奈良市登大路町50番地(奈良公園内)
主催 奈良国立博物館、朝日新聞社、NHK奈良放送局、NHKエンタープライズ近畿
協賛 クラブツーリズム、ダイキン工業、大和ハウス工業、竹中工務店、NISSHA、ひらくと
特別支援 DMG森精機
協力 日本香堂、仏教美術協会
後援 奈良県、奈良市
お問い合わせ 050-5542-8600(ハローダイヤル)
公式サイト https://oh-kokuho2025.jp

国宝 大日如来坐像 運慶作 平安時代・安元2年(1176) 奈良・円成寺

観覧料

一般高大生
当日2,200円1,500円
団体2,000円1,300円
  • 中学生以下無料。
  • 団体は20名以上。
  • 障害者手帳またはミライロID(スマートフォン向け障害者手帳アプリ)をお持ちの方(介護者1名を含む)、奈良博メンバーシップカード会員(1回目及び2回目の観覧)、賛助会会員(奈良博、東博〔シルバー会員を除く〕、九博)清風会会員(京博)、特別支援者は無料
  • 本展の観覧券で、名品展(なら仏像館・青銅器館)も観覧可
  • 奈良国立博物館キャンパスメンバーズ会員(学生)400円 (教職員)2,100円 観覧券売場にて学生証または職員証を要提示
画像: 展示風景・展示の最後を飾る光の空間(国宝 菩薩半跏像 平安時代・8世紀 京都・宝菩提院願徳寺) 写真はすべて撮影: 藤原敏史、会場写真は主催者の特別な許可により展覧会紹介のため記者内覧会で撮影 ※禁転載 Canon EOS RP, RF50mm F1.2L, RF85mm F1.2L, RF35mm F1.8 ©2025, Toshi Fujiwara

展示風景・展示の最後を飾る光の空間(国宝 菩薩半跏像 平安時代・8世紀 京都・宝菩提院願徳寺)
写真はすべて撮影: 藤原敏史、会場写真は主催者の特別な許可により展覧会紹介のため記者内覧会で撮影 ※禁転載
Canon EOS RP, RF50mm F1.2L, RF85mm F1.2L, RF35mm F1.8 ©2025, Toshi Fujiwara

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