「ヒロイン」的可愛らしさと「ヒーロー」的意志の強さ

高田
今回、第二稿を閲覧させてもらったのですが、やや難色を示されている宮藤さんのメモ書きがありますよね。ここまでは男女反転でいけるけど、後半がきついんじゃないか、とか。

根岸
とりあえず宮藤さんには、まず試しに前半だけ男女を反転させたロングプロットを書いていただいたんですが、やはり後半が難しいと仰っていました。で、その打ち合わせのとき、ヒロインの役を岡田将生くんがやるなら書けます、と。逆に言えば、岡田くんがNGだったら書けないということかとドキドキしたんですが(笑)。そこで『天然コケッコー』以来、久しぶりに岡田くんに出演オファーをしたら、即「やります」と快諾をいただいた。

高田
後半のパートはどのあたりが難しかったんでしょう?

根岸
そうですね、一番気にされていたのは「1秒遅い彼女」側の年齢設定ですかね。岡田くんが洛中意識を持った慌てものの郵便局員を演じる前半は面白く書けそうだと。イケメンでモテてはいるけれど、付き合うと長続きしないという彼の設定もリアルで面白い。ただ、後半の子供時代も含めたレイカの置き方に迷っていました。いろいろ話し合って、基本レイカを若くして年の差を出すという変更を加えることで解決の道は開けていったのかなとは思いつつ、男女を反転させると桜子のキャラは際立ってくるけれど、レイカがなかなか立ち上がってこないなという印象は残りました。そのあたりはもう実際、キャスティングを決めながら模索していくしかない。

画像7: ©2023『1秒先の彼』製作委員会

©2023『1秒先の彼』製作委員会

それに他の人よりも1秒遅いレイカの感覚というのは、オフビートな山下監督のテイストに近くなるのではないか。宮藤さんが5秒先だとすると、山下監督は5秒後という感じがするから(笑)。いずれにせよ、そもそもの設定はあるわけだから、そこまでシナリオを厳密に決め込んでいかなくても何とかなるのではないか? とも感じてました。また、山下監督と宮藤さんのコンビの中には男の子っぽいテイストが結構ありそうだったので、男女を逆にすることで、そんなテイストにも「ねじれ」が生じ、思わぬ化学反応が生まれるのではないかとも思いまして。

高田
確かに。その読みがはまったのかは分かりませんが、男女設定がそのままだと、ストーカーっぽい男性が出てくる後半は山下監督も宮藤さんも原作映画の流れに乗りやすくはなる。その分、熱くなりすぎる可能性もある。今回感じた新しい味は、そこを巧みに回避した点にもあるかもしれません。

根岸
男女の年齢を離すことで、キャスティングの幅も広がりました。ちょうどその頃に、朝ドラの「なつぞら」をレンタルで見ていたら岡田くんと兄妹の役で清原果耶さんが出ていて、そういえば清原さんがいましたねと。そこで山下監督に打診してみたわけです。

高田
清原さんも素晴らしかったですね。あんなに緩い感じがはまるのかと思って。

山下
僕は最後まで探り探りの状態でした(笑)。本質的には岡田くんがのんびりとしていて、清原さんがシャキッとしているので、そうしたねじれも含めて、映画としては面白くなるのかなとは思っていたんです。でも実際の現場では、清原さんがワンテンポ遅らせたり、いろいろと細かなお芝居をしてくれているんですが、やっぱり彼女が持っている本質はのんびりタイプじゃなくて。根岸さんや宮藤さんは、そういうねじれも含めた計算だったのかもしれませんが、僕は正直「どうなるんだろう」と確信がないままでした。レイカのキャラクターはベタなドジっ子というか、ぽやぽやした不思議っ子だと思っていたんですが、清原さんはすべてにおいて意思があるように見える。でも、それは決して悪いことではなくて、ある時点からは「このレイカでいこう」と吹っ切れました。

画像8: ©2023『1秒先の彼』製作委員会

©2023『1秒先の彼』製作委員会

高田
レイカはずっとひとりの人を追いかけ続けている。その緩さと意思の強さが両立していると思います。あの時間が止まった一日の後、郵便局に来たレイカがハジメを見るときの表情の移り変わりなど素晴らしいですよね。他にも、どう演出したらこうなるんだろうというカットがいくつもありました。

山下
そのひとりの人を思い続けている意思の強さは説得力がある気がしますね。現場ではいろいろ撮ったけど、編集で繋いでみて、そのプロセスの中から見えてきたことがありました。だから、やっぱり「ねじれ」ですよね。岡田くんがヒロインとしてのある種の可愛らしさがある一方で、レイカはヒーロー的な意思の強さを秘めている。結果として、反転した二人がオリジナル作品とは異なるバランスの良さを持った気がします。

根岸
二人のバランスとしては、オリジナル作品にあった恋愛色は薄れ、兄妹同士の思慕のような感じに近いと思います。それに加えて、レイカは幼少時に交通事故に遭って入院したときに交わしたハジメと一緒に写真を撮るという約束を果たす意思を持っている。清原さんには意思の強さを感じさせる一方で、清々しさとか清潔感もありました。

高田
それでいうと、見た目は早いけれど、本人の気持ち的には別に早くはないという岡田さんのキャラクターは、まさにぴったりとハマっていたと思います。

山下
そうなんです。だがら、その両面を持っている感じが、結果として面白かったのかもしれない。岡田くんは表面上は早いんだけれど、芯はおっとりとしている。それに対して、清原さんは表面上は遅いんだけれど、中身は忙しなく小刻みに動いている。

高田
それがすごくリアルな気がしました。あまり物を言えない人間だとしても、何も考えていないわけではないように、レイカの中では内的な葛藤が目まぐるしく動いている。一方で、ハジメは身体的にはちょこまかと動いているけれど、感情的には「騙されていても桜子に会いに行くんだ」というような、鈍くて呑気なところがある。

画像: 映画『まともじゃないのは君も一緒』 | 3月19日(金)公開 youtu.be

映画『まともじゃないのは君も一緒』 | 3月19日(金)公開

youtu.be

根岸
高田さんは『まともじゃないのは君も一緒』(21)のときに、前田弘二監督を含めて清原さんとは何度もシナリオの検討をしていましたが、そのときの彼女の印象はどんな感じでしたか?

高田
当時彼女は17歳でしたが、真面目にホン打ちをしていて、とてもそんな年齢には見えないほどしっかりしていましたね。捲し立てて自己主張をするというよりは、自分の思いを淡々と述べていく。コメディということもあって、僕が「ここはこういう狙いがあるからこうなるんですよ」といろいろ理屈をこねて言うと「はい……やってみます」と。頭の中が高速度で回転し吟味しているような感じがみて取れました。そうしたやり取りからも内面の方は素早く動いているキャラクターは窺えましたね。

山下
同じ印象です。ちゃんとこちらの伝えた通り正確にやってくれる。だから、逆に演出するこちら側の言葉や感覚のセンスが試されているなって感じもしましたね。僕は普段はもっとふわふわとした演出、「もうちょっと自然に」とか演出として一番使ってはいけない言葉を言ってしまったりするので、今回はそういう言葉は使えないなと緊張しました(笑)。

前半のハジメのパートは宮藤さんが詳細に脚本に書き込んでいたから、岡田くん本人も「テンションを上げていきますか、下げていきますか」ぐらいの感じでいけたんですが、レイカはシナリオとはだいぶ印象が変わったと思います。

画像9: ©2023『1秒先の彼』製作委員会

©2023『1秒先の彼』製作委員会

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