時代ごとの信仰が生んだ美と、だからこそ時代を超えて輝く美
法華経は全二十八巻からなり、その一巻一巻が贅を尽くして華麗に装飾された紙に書写され、表装にも軸には珍しい水晶を用いたり、細部の金具にも絶妙な金工技術が駆使されたオリジナルの美しさもさることながら、近代に作られたこの模本は褪色や剥落などがないだけに、作られた当時の豪華さと、これだけの豪華さをこの写経に込めるだけの信仰の熱意、あるいは救済の希望が、より分かりやすく伝わる。
納めるための豪華な箱も再現・模造されているが、全28巻ある法華経は1巻ごとに長さが違うため、巻いた状態での太さが異なり、順番通りでないときっかりこの箱に入り切らないという。
もちろん貴族社会をいわば「乗っ取る」格好で最高権力者となった平家一門にとって、貴族たち以上に豪華で華麗な法華経の写経を作ることは、その権力と財力を誇示して、つい一昔前まで自分達を見下して人間扱いすらしなかった貴族階級をいわば「見返す」ような目的もあったのだろう。
そんなに純粋な信仰心だけが動機でもなかったはずだし、煩悩と執着を捨てることで悟りに近づくべき、という仏教本来の思想からしたら、見ようによっては物欲と虚栄心の塊にも見える平安時代の華麗な仏教美術は矛盾している、とも言えるだろう。
だがそうした「不純」さ、「清貧」とは程遠く純然たる「聖」とはおよそ言えない、たぶんに俗っぽい現世の欲望まで内包しながら、現実の世界に生きることと死後の救済の純粋な世界への夢が矛盾も含めてないまぜになっているからこそ、こうした仏教美術はあまりに美しく、魅力的でもあるのではないか?
そうした聖と俗の混合、生きていくことの現実と信仰の出会いが生み出した美は、平安時代から中世、江戸時代にかけて信仰の主たる担い手が貴族から武家へ、そして庶民へと広がっていく時代の変遷に連れて、「俗」の方の価値観が多様に変化し続けて行くことに応じてその姿を変えて行った。
平安貴族や平家の贅を尽くした美意識の豪華さと、鎌倉〜南北朝の武士の活躍した中世ならではの、「法蓮上人坐像」の大胆でダイナミックな、リアリズムを超えたリアルの力強さはまるで異なっても見えるし、室町時代の懸仏や、おそらく同時代の「空也上人」絵伝の素朴さは、庶民が製作に関わったり寄進したものなのではないかとも思わせる。
そうした時代や担い手の変遷によって変化し続けたこうした仏教美術は、それが常に純然たる「聖」ではなく、俗世に苦しみ悩みながら、そうして生きていくためのよすがであり続けたことは不変であったようにも、思えるのである。
展覧会の最後を飾るのは近世、江戸時代の幕末の仏画と、大正時代の下山観山の仏画だ。江戸時代のものには徳川将軍家が創建し、その墓所がある上野の寛永寺に収められていたものが含まれる。まだ百数十年しか経っていないのと、寛永寺のために描かれたというのだから特に高い品質の絵の具も使われたのだろう。ほとんど褪色もなく目を射るような鮮やかさだ。
900年経った普賢菩薩の像や、数百年前の鎌倉時代、南北朝時代、室町時代の仏画も、かつてはこのような鮮やかな色彩だったことを想像するのも楽しいと同時に、その数百年の時代を超えて来たが故の落ち着いた色彩にもまた、その時間と歴史を経てきたからこその美が、そこにはある。
企画展
大倉コレクション-信仰の美-
〒105-0001 東京都港区虎ノ門2-10-3 TEL:03-5575-5711 FAX:03-5575-5712
https://www.shukokan.org/
会 期 2022年11月1日(火)~2023年1月9日(月・祝)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休 館 日 毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、年末年始(12/29~1/1)※1/2~1/9は休まず開館します
入 館 料 一般:1,000円
大学生・高校生:800円※学生証をご提示ください。
中学生以下:無料
※各種割引料金は、「利用案内」をご覧ください。