ジャンルは“いいとこどり”の時代?

前田
いや、コメディってやっぱり異常な世界ですよ。怖いですよ、ギャグやるの(笑)。とにかく、今回は二人の噛み合わない会話が延々と続く、そのドライブ感の時間を映画に写し取れれば良いなと思いました。いまのリアリズムの恋愛モノって、恋愛の過程を順を追って描くじゃないですか。我々はそこをポーンと飛ばしたい。時代に反して、求められてはいないんですけど(笑)。

高田
天ぷらを知らないってことで気持ちが通じ合うみたいな、わけが分からない(笑)。

前田
脚本すごかったですよ。「これ何ですか?」「オクラです」「オクラ。美味しい」「これ何ですか?」「白子です」「白子。美味しい」って(笑)。

高田
「じゃあこれ、海老は分かるでしょ?」「海老は分かりますよ。何て料理ですか?」と続いて。

前田
「天ぷらです」と(笑)。これがシナリオコンクールだったら……。

高田
落ちるよね(笑)。

画像8: ©︎2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会

©︎2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会

前田
高田さんとコメディやるときって、ちょっと昭和っぽくなりません?僕が言うのも変だけど、『まときみ』を見たときに、新しさと同時に少し懐かしさも感じるなと。いやでも、いまは時代は関係ないか。

根岸
『婚前特急』の子どもたちの描写は面白かったね。「ヤリマンだよ」とか言って。前田監督がああいう風に子どもを描くと、現代なんだけど昭和の漫画っぽくなるんだなと。あと、喫茶店のシーンもね。社会を憂うおじさんたちの「お前らには言われたくない」っていう感じの物言いとか。『婚前特急』をスクリューボール・コメディと謳ったときに最も違ってくるのが、彼らは下流なんだよね。上流とはまったく違う下流の人たち、庶民の話だということ。特にタナシのキャラクターにおいては、いわゆる庶民ですよね。いままでのスクリューボール・コメディの歴史のなかで、下流を前面に出してきたものってほぼなかった。もちろん、グレゴリー・ラ・カーヴァの『襤褸と宝石』(36、原題“My Man Godfrey”)みたいなものもあるし、不況期を描くものもあったから、浮浪者が金持ちの家に出入りするような展開はありうるけど。

高田
そうなんですよね。『婚前特急』では鉢合わせもやりました。鉢合わせって、例えば『新婚道中記』でドアの向こうにケイリー・グラントが隠れてるとか、やっぱりバレちゃいけないから面白くなるんだけれど、男同士が部屋の中で鉢合わせしたときに、男同士はあたふたして、張本人のチエが堂々としてるっていう、スクリューボールの定番をひっくり返したんですよね。そういうのは意図的にやってる所が結構あります。スクリューボールの時代には新鮮だったかもしれないけど、散々使い倒されて、いくつも似たような変奏があるいまは、もうそういうことじゃないだろうと。

画像9: ©︎2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会

©︎2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会

前田
当時のスクリューボール・コメディがやっていそうなことをいまやってしまったら「もう古いよね」となるし、格差もそうですけど、テーマ的なものに近づいても時代が違うとなる。だから、「ただ美味しいところをちゃんと撮ろう」ということだけがありました。

根岸
リミックスに近いね。

前田
そう。音楽でも、いまは若い人たちだって昔の曲を聴いたり、YouTubeを流しているし。映画だって時代に関係なく、自分のやりたい所、好きなものを選んで、融合させられる。大事なのはいまなので、そこをどう開拓しようかと。「こういうのも面白そうだから、どういう風に変換して遊ぼうか」ってことを大事にしたほうが良いんじゃないかなって。

根岸
『婚前特急』に続いて『まときみ』は非常に上手くいったので、あともう1本ぐらい何かやれればいいですよね。『婚約特急』ってまだ映画化されていないシナリオもあって。あれは年上の女と年下の男の話だけど、確か犬が出てきますよね。

前田
「わーーー」って遠吠えしたら、犬がどこからともなく……。

高田
あれは主人公の女が感情が高ぶると犬の遠吠えをするっていう設定で、そうすると近所の犬がみんな集まってきてしまうという。

根岸
『赤ちゃん教育』っぽいね。ヒョウの鳴き声。

高田
動物の鳴き真似の上手なおじさんが出てくるじゃないですか。それを真似て、犬の遠吠えをすると犬が集まってきちゃうから、「早くドアを閉めろ!」って言う(笑)。そういうのを書いたんですけど、成立しなかったですね。もうほんと、コメディを書くときの疲れというか、成立しなかったりするとショックが大きい(笑)。

前田
分かります。会話一つ取っても、つねにひっくり返していなければいけない。僕は今回カットバックを多用しているんですが、台詞同士がぶつかっているから「次、何て言うんだろう」と表情を見たくなる。だからカットバックがベストだと思ったんです。カットバックって単調になりかねないから、カメラマンによっては嫌がるんです。でも台詞が面白いし、こう言えばああ言うって、感情のアクションとして見るなら、カットバックってやっぱりシンプルだけど面白いよなと思って。だから続けて見ていても全然大丈夫だなと。

高田
『新婚道中記』を見ても、ヒロインの表情の移り変わりがちゃんと押さえられているんだよね。つまり、気持ちが移り変わるときの表情の変化をしっかりと押さえている。『レディ・イヴ』もバーバラ・スタンウィックの表情をしっかりと撮っていて、それがドタバタのアクションに引けを取らないぐらいスリリングになっている。

画像10: ©︎2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会

©︎2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会

前田
つねに動いている感じだから、表情が立つんですよね。そこがまたスリリングに見えてくる。だから、ワンカットの無言の表情などが「パンッ!」と際立つ。

高田
僕も「こう言われたこの人が、いまどんな顔をしていて、次に何を言うんだろう」というのがすごく盛り上がると思って書いている。でも、それがなかなか難しい。「台詞が多いから、これ説明ですよね」って単純に言われたりもして。台詞をたくさん書くと、基本的に嫌がられますからね。

根岸
『婚前特急』の吉高さんの怒った顔とかも、ときどきすごく綺麗に見えるよね。

高田
やっぱりそういう表情が見たいですからね。そのために書いているようなものだから(笑)。

根岸
『まときみ』の清原さんも、急に素になるというか、恋に落ちるというか、素直になる瞬間が滅茶苦茶可愛いものね。生意気な感じで喋っているのとはまったく別のベクトルにいった瞬間が掴めれば、この映画は勝ち、というのはありましたね。だから成田くんも元が格好良いというのはあるんだけど、キモ笑いをしながらも、ある瞬間、急に格好良くなる。男らしくなるというか。

前田
大野たちが美奈子に会いに県民ホールへ行くシーンがあるじゃないですか。ロビーで美奈子が他のスタッフと一緒にいて、そこに大野が来て「美奈子さんですか?書類持ってきました」「用意します」とひと芝居打って連れ出す。あの芝居を打つ感じにちょっと感動したんですよ。

高田
超人化していくというか、成長してるんだよね。普通を理解したうえで、他のスタッフをだます。いままで何を教わっても上手くやれなくて、失敗しろと思ったら上手くいって、逆、逆と行っていたのに、今度はちゃんと美奈子を連れ出すことに成功する。そういう風にいろいろと細かくやっているんだよね。

前田
やってますよね。いや、「相当やってるな」と撮りながら改めて思いました。「ああ、こういうことか」と。

根岸
はい。まだまだお話は尽きぬようですが……そろそろ締めの時間となりました。

最後に「これもまたスクリューボール・コメディ?」というお題で強引かつ勝手に(?)スクリューボール成分を含んだ推し映画を各々3本ずつ選んでコメントも書くという“おまけ”もつけておきたいので、こぞって考えてみてください。
前田監督、高田さん、3時間を越えたフリートーク、大変お疲れ様でした!

(2021年2月10日、マッチポイントにて)
(文・構成=野本幸孝、文字起こし=遠山由紀奈)

これもまたスクリューボール・コメディ?
前田弘二セレクト3本

①潮風のいたずら(ゲイリー・マーシャル監督、1987年)
高慢なゴールディ・ホーンが記憶喪失になったことを利用して、自分の妻だと名乗って息子達の世話をさせるカート・ラッセル。だが、次第に惹かれあっていく様は、まさにスクリューボール・コメディ。

②Gガール 破壊的な彼女(アイヴァン・ライトマン監督、2006年)
冴えない男が付き合った彼女が、実は街を救うスーパーヒロイン・Gガール。嫉妬深く性欲の強い彼女に翻弄される様は、まるで『赤ちゃん教育』。

③無ケーカクの命中男/ノックトアップ(ジャド・アパトー監督、2007年)
一夜のセックスをきっかけに、騒動を巻き起こす男女。敵対する関係の(セックスシーンありの)スクリューボール・コメディ。

これもまたスクリューボール・コメディ?
高田亮セレクト3本

①赤ちゃん泥棒(ジョエル・コーエン、1987年)
子供ができない警官と強盗の夫婦が計画した赤ちゃん泥棒。コーエン兄弟のクラシック映画への愛に溢れた一本。40年代ハリウッドを舞台にした『バートン・フィンク』(91)、キャプラ的物語の傑作『未来は今』(94)につながっていく。

②サムシング・ワイルド(ジョナサン・デミ監督、1986年)
エリートサラリーマンの男が、奔放な食い逃げ女性と知り合ったことから始まる人生の冒険譚。コメディとして始まり、スリラー的に展開し、コメディキャラがシリアスな敵に対抗していくジャンル横断型映画。スクリューボール的人物は、シリアスに表現すると恐ろしい存在になる。

③エージェント・ウルトラ(ニマ・ヌリザデ監督、2015年)
負け組コンビニバイトの男は実は凄腕エージェントで、同棲相手の女性はその監視員だった。カップルが困難に直面して仲違いし、プロポーズでハッピーエンドになる典型的スクリューボール・コメディ的展開をアクション映画に投入した逸品。

これもまたスクリューボール・コメディ?
根岸洋之セレクト3本

①お人好しの仙女(ウィリアム・ワイラー監督、1935年)
鏡をとったらあら美人の男版、貧乏弁護士ハーバート・マーシャルが髭を剃ったらあら美男、マーガレット・サラヴァンとも幸せになりました、めでたしめでたし。プレストン・スタージェス脚本のおとぎ話。

②秋日和(小津安二郎監督、1960年)
日本一のスクリューボール女優といえば、小津映画の岡田茉莉子。おじさま様たちを手玉にとり、コミカルに叱りとばす勇姿は、和製夫婦喧嘩喜劇『淑女は何を忘れたか』(37)の桑野通子の超進化形。岡田時彦の血は争えません。

③ベスト・フレンズ・ウェディング(P・J・ホーガン監督、1997年)
復讐、転倒(『レディ・イヴ』)、策略(『ヒズ・ガール・フライデー』)、階級格差(『素晴らしき休日』)、超富裕(『パーム・ビーチ・ストーリー』)、なりすまし(『新婚道中記』)、走る花嫁(『或る夜の出来事』)等々……ジュリア・ロバーツの怒濤のスクリューボール攻勢がバカラック楽曲にも誘惑され、キャメロン・ディアスのロマンティック・コメディ力へとひれ伏した歴史的瞬間。

【編集後記】

『まともじゃないのは君も一緒』は静けさ漂う森の中で始まり、森の中で終わる。饒舌と賑わいから離れたその静寂は、大人へと成長する前のさなぎが持つ静けさだ。まだ大人になれない、まとも未満の存在としてのさなぎ=子ども。欺瞞と偽善に満ちた社会と「大人になるための子ども時間」に背を向けて、森の中へと帰っていく成田凌と清原果耶は永遠に子どものままだ。時代にとらわれず、自分のやりたいこと、好きなものを自由に選んで融合させ、変換して遊ぶ。前田弘二と高田亮の監督×脚本コンビもまた、映画を楽しむ永遠の子どもなのだと思う。

「まともじゃない」破格の分量でお送りした今回の鼎談は、すべてプロデューサーである根岸洋之さんの熱意と映画愛の賜物で成り立った企画。この場を借りて感謝申し上げます。どうもありがとうございました。
(野本)

画像11: ©︎2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会

©︎2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会

前⽥弘⼆
映画監督。1978年生まれ、鹿児島県出身。テアトル新宿でアルバイトをする傍ら、自主映画を制作。『古奈子は男選びが悪い』が第10回水戸短編映像祭でグランプリを受賞。『遊泳禁止区域』(07)、『くりいむレモン旅の終わり』(08)、携帯ドラマの「婚前特急」シリーズを経て2011年『婚前特急』が公開される。スマッシュヒットを飾り第33回ヨコハマ映画祭新人監督賞を獲得、吉高由里子や浜野謙太にも賞をもたらした。以降ドラマ「太陽は待ってくれない」(12)、『わたしのハワイの歩きかた』(14)、『セーラー服と機関銃 −卒業−』(16)。配信ドラマ「しろときいろ 〜ハワイと私のパンケーキ物語〜」(18)等を経て『まともじゃないのは君も一緒』(21)に到る。

高田亮
脚本家。1971年生まれ、東京都出身。2011年、『婚前特急』で劇場映画脚本家デビュー。その後『さよなら渓谷』(13)、『銀の匙 Silver Spoon』『わたしのハワイの歩きかた』(14)を手がけ、『そこのみにて光輝く』(14)ではキネマ旬報ベスト・テン脚本賞、ヨコハマ映画祭脚本賞を受賞。そのほか『セーラー服と機関銃 −卒業−』『オーバー・フェンス』(16)、モスクワ国際映画祭正式出品の『武曲 MUKOKU』(17)、『猫は抱くもの』(18)、アニメ『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』(20)などオファーが絶えない。

根岸洋之
映画製作。1990年、森崎東監督のドラマ「離婚・恐婚・連婚」でプロデューサーデビュー。主な作品に塩田明彦監督の『月光の囁き』(99)、『害虫』(02)、『さよならくちびる』(19)、山下敦弘監督の『リンダリンダリンダ』(06)、『天然コケッコー』(07)、『もらとりあむタマ子』(13)、前田弘二監督の『まともじゃないのは君も一緒』(21)、山下敦弘、今泉力哉監督のドラマ「午前3時の無法地帯」(13)等がある。短編に山下敦弘監督「土俵際のアリア」(09)、塩田明彦監督「約束」(11)、沖田修一監督「ファミリータイプ(Family plot)」(19 クレルモンフェラン国際短編映画祭でスペシャルメンション)等。最新作は21年秋公開、山下敦弘監督、白濱亜嵐主演のシネマファイターズ第4弾短編。北川篤也監督、高橋洋脚本の「インフェルノ蹂躙」(97)のDVDが21年5月7日にDIGレーベルより復刻発売予定。

ストーリー

普通(まとも)な恋愛って、なに?
外見は良いが、数学一筋で〈コミュニケーション能力ゼロ〉の予備校講師・大野。
彼は普通の結婚を夢見るが、普通がなんだかわからない。その前に現れたのが、自分は恋愛上級者と思い込む、実は〈恋愛経験ゼロ〉の香住。
全く気が合わない二人だったが、共通点はどちらも恋愛力ゼロで、どこか普通じゃない、というところ。
そして香住は普通の恋愛に憧れる大野に「もうちょっと普通に会話できたらモテるよ」と、あれやこれやと恋愛指南をすることに。
香住の思いつきのアドバイスを、大野は信じて行動する。香住はその姿に、ある作戦を思いつく。大野を利用して、憧れの存在である宮本の婚約者・美奈子にアプローチさせ、破局させ。ようというのだ。
絶対にうまくいくはずがないと思っていたが、予想に反して、少しずつ成長し普通の会話ができるようになっていく大野の姿に、不思議な感情を抱く香住。
ある時、マイペースにことを進める大野と衝突した香住は「もうやめよう」と言い出す。
すると大野は「今変わらないと、一生変われない。僕には君が必要なんだ!」と香住に素直な気持ちを伝える。
初めて誰かに必要とされた香住は、そんな大野の言葉に驚き、何か心に響くものがあり、初めての感情に「これって何!?」と悩み始める。
二人の心がかすかに揺らぎ始めた時、事態は思わぬ方向へと動き出す。二人が見つけた《普通》の答えとは?

『まともじゃないのは君も一緒』ロング予告編

画像: 映画『まともじゃないのは君も一緒』ロング予告映像 | 3月19日(金)公開 youtu.be

映画『まともじゃないのは君も一緒』ロング予告映像 | 3月19日(金)公開

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出演:成田凌、清原果耶、山谷花純、倉悠貴、大谷麻衣、泉里香、小泉孝太郎
監督:前田弘二
脚本:高田亮

音楽:関口シンゴ
主題歌:THE CHARM PARK「君と僕のうた」

プロデューサー:小池賢太郎、根岸洋之
配給:エイベックス・ピクチャーズ
製作:「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会
共同幹事:エイベックス・ピクチャーズ、ハピネット
企画製作プロダクション:ジョーカーフィルムズ、マッチポイント

公式サイト:matokimi.jp
公式Twitter/Instagram:@matokimi_movie
©︎2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会

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