『婚前特急』、産みの苦しみと愉しみ

根岸
昔からスクリューボール・コメディ的なことをやりたいとは思っていて、誰かやってくれそうな監督はいないかとずっと探していました。そんなときに、たまたま前田監督と仙台の短編映画祭で出会って、パンフレットを見たら好きな映画にホン・サンスの『浜辺の女』(06)と森崎東の『女生きてます 盛り場渡り鳥』(72)を挙げていたので「おっ、森崎東!」となって。前田監督の『くりいむレモン 旅の終わり』(08)も非常に面白かったんですけど、映画祭の当日にご挨拶をし「何かそういうものに興味があるんだったら、一緒にやりませんか」と話をしてみたら、「高田さんと一緒に書いた『喜劇結婚万歳』(*編註:『婚前特急』の起点となったシナリオ)っていうシナリオがあるので、それを読んでください」となって。いろいろと直していきながら、よりスクリューボール・コメディの方向に舵を切れないかといった打ち合わせをした覚えがあります。最初の段階では、シナリオはもう少し違う感じもあったんだよね

前田
中盤から後半は少し違ってましたよね。

高田
ええ。それで「何か音楽をやって、彼女のハートを掴もうとするみたいなやつにしたらどうだ」となって、普通の楽器だと面白くないから、カリンバを出してみたり。「途中でなぜか分からないけど、留置所に入るのはどうだ」というのは根岸さんのアイデア。

前田
そうそう。「留置所⁈」って(笑)。

高田
「どうして?」という感じもあったんですけど(笑)、そこまでの流れを考えて、結局、保護房になったんですよね。

前田
歌を百人一首にしたり(笑)。謎のクイズを出されて、答えていく作業です(笑)。

高田
それでスクリューボール・コメディ感がどんどん高まっていったという。あのときはすごく面白かったですよ。

根岸
でも成立するまでには少し時間がかかってしまった。キャスティングの段階で一度、吉高さんを押さえたんだけど、その時点ではまだお金が集まりにくいというので、先に『婚前特急-ジンセイは17から-』(09)という携帯ドラマのスピンオフから撮ったんだよね。

前田
高校時代からね(笑)。その後『婚前特急-ジンセイやっぱ21から-』(11)と続けて、映画が終わってからもう一本撮った。「どこまで続くんだ」っていうのはありましたね(笑)。

画像: 婚前特急 youtu.be

婚前特急

youtu.be

高田
あの後、同じようなラブコメの仕事がずっと続いて「もうラブコメは勘弁してくれ」という気分も出てきた。だから成立しなかった作品もたくさんあって。先程話した猿のやつとかもそうだし。それでしばらくはシリアス路線に行ってたんだけど、「そろそろもう一度やろう」という雰囲気になってきたんです。

前田
コメディの脚本って本当に大変だと思うんですよ。だって、つねにひっくり返していかなきゃダメじゃないですか。なぞることができない。「え?」っていうことを延々と持続させながら、しかも楽しくしなければいけない。それって相当キツイと思います。だからギャグ漫画を書いてる人もそうですけど、よく精神がおかしくなったりしますよね。

根岸
でも高田さんはコメディ向きなんじゃないですか?いつもテンションが高いから。それがずっと持続する珍しい人(笑)。

前田
スクリューボール・コメディも、ずっとこればかりやり続けていると監督だっておかしくなると思うんですよね。だからギャング映画だったり、シリアスものとかもやらないと。

根岸
プレストン・スタージェスだって、全盛期はそんなに長く持たなかったもんね。5年ぐらいかな?ただ、ハワード・ホークスは多ジャンルやってたのもあるけど、彼はスクリューボール・コメディでやってることを他のジャンルにも応用できた。アクションやドタバタが軽くできてしまう人だから。やっぱりあの人は強かったね。プロデューサーでもあったし、何があっても大丈夫だという感じで。

前田
心理的な方面を描くタイプというか、それこそビリー・ワイルダーのようなタイプは非常に受け入れられやすいわけじゃないですか。

根岸
そうだね。でもスタージェスやホークスらに比べると、ビリー・ワイルダー的なものは野暮だという面もあるじゃないですか。だから長持ちするし、そちらの方が受け入れられやすい。

高田
心理を説明しないでドンドン行って、こじれにこじれていくのはテンポが速すぎてついていけない感じはありますよね。でも『レディ・イヴ』なんか見てても、そうテンポが速いわけではない。

前田
そうそう。みんなテンポが速い、っていうイメージだけあるんですけど、そうでもないのも多い。

根岸
ホークスは速いけどね。あと、ルビッチの場合は端折るというか大胆に飛ばすから飛躍がすごい。

高田
ホークスの『ヒズ・ガール・フライデー』だって台詞は速いですけど、展開はそんなに速くないですから。『赤ちゃん教育』も出来事が続いていくだけで、本筋自体は進まないんですよね。牢屋のシーンとかも延々と続くし(笑)。

前田
筋じゃなくて、そこだけでずっと持っていけるというのも相当な演出力だと思います。

根岸
ジョン・フォードもそうだけど、サイレント映画で鍛えられた、その場その場で即興的につくれる経験値が豊富にあったわけで。

前田
あと、当時は映画は滅茶苦茶なものでいい、というようなノリが残ってたじゃないですか。いまはそれがなくなってしまったということですよね。映画に「あ、分かる分かる」っていう心理的共感をお客さんが求めるようになったときに、その破茶滅茶さが失われていったと思う。昔はツッコミ所満載の「面白さ」だったんだけど、最近はツッコミ所満載が悪い言葉になるじゃないですか。だからすべてがいまの時代と反するっていうか。

根岸
いまヒットしている『花束みたいな恋をした』(21)もすごく良い映画でしたけど、最後の少し手前ぐらいである設定があって、見ていてうるっとくるんですが、「スクリューボール・コメディだったらこれどうすんだろう?」ってついつい考えながら見てました。違うストーリーと軽快に狂ったキャラが浮かんできちゃって、泣きながらも「こっちもありかな?」と脳内企画会議をしてしまった。

前田
いろいろな映画があっていいとは思うんですけど、こういう変なものもあってほしいなと(笑)。たまには破茶滅茶なことが快感になるみたいものがあってもいい。

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