ジャンルの継承、アーロン・ソーキンとアダム・マッケイ

高田
スクリューボール・コメディなどを楽々とつくれるようなスタジオシステムが一度壊れて、ニューシネマになっていく流れのなかで、例えばマイク・ニコルズの『バージニア・ウルフなんかこわくない』(66)のような作品が出てくる(編註:ヘイズ・コードが撤廃されるきっかけとなった作品)。アーロン・ソーキンが好きな映画らしいんですが、あれは別にコメディじゃなくて、ずっと夫婦喧嘩してる舞台劇ですよね。その影響を受けて劇作家になったソーキンが映画にいったときに『スティーブ・ジョブズ』を書くんですけど、すごくスクリューボール・コメディ感が出ているじゃないですか。ブロードウェイの伝統のようなものもあるのかもしれませんが。

根岸
昔はベン・ヘクトのような新聞記者から脚本家になった人もいましたしね。そういう脚本家がスクリューボール・コメディを書いたり、社会派的な視点を入れたりしていた。当時は都会派喜劇のようなものがあって、それがシーンを活性化した一因でもあったかと。

高田
そうですよね。だから、お気楽なコメディの中に突然、辛辣な皮肉を放り込んできたりする。

前田
でも、コメディだからこそそれができる。まっとうに描くと真面目になっちゃうけど、冗談のフリをして真面目を出せる。タブーを突きつけるのもまたコメディの凄さですよね。

高田
アーロン・ソーキンの『シカゴ7裁判』も思いっきり社会派ネタなのに、裁判の前半はどうでもいい会話を延々とやっていたりするじゃないですか(笑)。「今日、朝ごはん何食べたの?」「お前の弁護士じゃないから、事件のことでは会話できないから」みたいな(笑)。

前田
裁判は実際に起きたこととしてやってるけど、起きてることってコメディだよね。もう散々コメディ的にやって、逆にコメディだから怖いっていう(笑)。あの裁判長も面白かったですね。

高田
だからアーロン・ソーキンはスクリューボール・コメディと『バージニア・ウルフなんかこわくない』のようなニューシネマ的な話をミックスして映画史を継承しつつ、しっかりとその歴史の中にいるという感じがします。『ソーシャル・ネットワーク』も『市民ケーン』(41)をベースにした構成でやってますよね。

根岸
あれも台詞が早いよね。100テイクぐらいやったらしいけど(笑)。

前田
『スティーブ・ジョブズ』も早いですね。『スティーブ・ジョブズ』の監督はダニー・ボイルで、『ソーシャル・ネットワーク』はデヴィッド・フィンチャー。でも、どちらも作品が近いんですよ。なぜなら、アーロン・ソーキンの脚本が楽譜的なんですよね。撮り方や雰囲気は全然違いますけど、リズムはやっぱり同じ脚本家だから、それなら本人が監督した方がいいよ、となる。

根岸
アーロン・ソーキンはジェシカ・チャステインが女詐欺師を演じた『モリーズ・ゲーム』(17)も洒落てましたね。

前田
そういう風にジャンルのいろいろな要素を融合しているんだと思います。

画像: ジャンルの継承、アーロン・ソーキンとアダム・マッケイ

高田
スクリューボール・コメディの時代は男女逆転がギャグになりましたけど、フェミニズムが浸透して、女性も性を謳歌するのが当たり前になると、その逆転ができなくなってくる。アメリカの歴史と絡めてコメディを見ていくと、ギャグの要素が少なくなって、スクリューボールが成立しなくなった後で、エロコメになったときに再びパワーを取り戻していくのはすごく面白いですよね。

根岸
スクリューボール・コメディは1934年の『或る夜の出来事』が始まりの一本だと思うけど、当時のクローデット・コルべールの下着から乳首が薄く透けて見えるんですよね。だから、遡ればヘイズ・コードができる以前にはよりエロい、裸になったりするシーンが見えたりする映画があった。その反動で行き過ぎを取り締まる動きが出てきたのかなとも思います。

高田
キム・ノヴァクがブラジャーをしなかったという話を聞いたことがあるんですが、アダム・マッケイの『バイス』(18)でチェイニー副大統領の奥さんが選挙演説をするシーンがあって。奥さんが「西海岸に行ったら、みんなブラジャーを焼いてました。私はもちろん付けてますよ!」みたいなことを言うんです。フェミニズム運動が盛んになってきたときに、中西部などの保守的な地域に選挙演説に行って「私はあなたたちと同じです」という政治家のジェスチャーをそういうギャグにしていた。もともとアダム・マッケイはウィル・フェレルなんかとエロコメディをつくっていた人ですが、社会派コメディをつくるときに、そういうエロネタを絡めながら保守的な人たちをどうやって掴んだのかをギャグにしてしまえる。そういうアメリカ映画のコメディをつくっている人たちの知性の高さには、やはり驚かされますね。

同じアダム・マッケイの刑事モノ『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!』(10)でも、マーク・ウォールバーグ演じる古いタイプの刑事が「あいつが悪い奴なんだな。じゃあ、企業の裏で麻薬売ってんだろう」と言ったら、相方のウィル・フェレルが「麻薬じゃなくて、粉飾決算してるんだよ」と返して、ウォールバーグにはその意味がまったく分からないというギャグにしていた。コメディで企業犯罪にメスを入れていくという発想がすごく面白くて。くだらないコメディの流れのなかで、それと同じノリで本気で茶化すじゃないですか。それが『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(16)や『バイス』まで行き着くのは凄いですよね。

根岸
『バイス』って、途中でローリングタイトルが出てくる映画だよね。「あれ、もう終わったのか」と、良い話風に普通に終わるような雰囲気でローリングが出てくるけど、「いや冗談でした」みたいな。少しプレストン・スタージェス的なお遊びかなと思いましたけど。確かに、アダム・マッケイもいまスクリューボール・コメディを撮れなくもない監督の一人ではあるね。

画像: バイス youtu.be

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