こと四天王では、手の甲に浮き出る血管、華やかに装飾された鎧などの細かい彫刻や、増長天の前腕部の衣のひだなど、硬質で緻密な表現が際立つ。多聞天の脚のフリルがついたズボン状の衣や、四体とも袖がたなびき翻る様も華やかだ。

国宝 四天王立像・多聞天 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵
運慶の像なら背中を見ろ。
この四天王もまた、ダイナミックな運動や力強い立ち姿は、筋肉の構造の適確な把握に基づいた身体的なリアリズムに則っている。そうしたことがよく見えるのが、背中だ。

国宝 四天王立像・多聞天 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵
こと四体の中で正面から見ると一見、もっともおとなしいポーズに見える増長天がそれでもただ立っているのではなく、立ち姿にみなぎった緊張感は、後ろから見るととても力強く躍動する背中や腰の筋肉がよく分かる。

国宝 四天王立像・増長天 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵
今にも動き出しそうに見える緊張感の秘訣は、実は背中に現れた運慶の精確な筋肉の知識とそれを造形に落とし込む並々ならぬ造形感覚にある。

国宝 四天王立像・広目天 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵

国宝 四天王立像・持国天 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵
これはやっぱり運慶だろう、そう言われれば納得する見事な四天王だ。

国宝 四天王立像・持国天(部分) 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵

国宝 四天王立像・広目天(手前)、多聞天(奥) 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵

国宝 四天王立像・広目天 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵
そして、壮大なスケール感に対して実際のサイズ、実寸よりも大きく見える迫力を勘案しつつ展示室を見渡すと、中央の八角の展示台(北円堂の須弥壇の実寸大)にこの四天王を四方に向けて配置しても、ちゃんと収まるのではないか?

国宝 四天王立像・増長天 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵
背後に弥勒如来坐像
だがだとしたら、運慶の構想はあまりに大胆ではないか。
弥勒如来坐像とおそらく同じスタイルで造られた法苑林菩薩・大妙相菩薩の三尊の透徹して明快な知性、人間的な身体のリアリズムを突き詰めることで高い精神性に到達した無著・世親、そして激しい運動性と華やかさを突き詰めた四天王、三者三様にまるで異なったスタイル。それがひとつの須弥壇上に密集した光景を想像してみよう。
外側には四天王の激しい動き。その内側にはゆっくり歩き出しそうにも見えるが静かな、重々しい肉体を持った二人の人間。そして中央には悟りを体現する決然とした如来の、夾雑物も装飾性も排し、透明感すら覚える清々しい姿。
表現の位相が異なるからこそ、そこには動から静へと向かい、表情に富みつつも中央に収斂してひとつに調和した空間が生まれる。弥勒如来よりも少し高いくらいの象高の四天王に囲まれて守護された須弥壇の中央であってこそ、円熟して研ぎ澄まされた造形の弥勒如来の聖性が、より際立つのではないか?

国宝 弥勒如来坐像 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)
背後に 国宝 無著菩薩・世親菩薩立像 運慶作 鎌倉時代・健暦2(1212)年頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置
想像をめぐらしているうちに、弥勒如来の左右の空間がなにやらアンバランスに、なにか無駄に空いているというか、そこに背の高い四天王がいてこそ初めてこの「弥勒下生」の空間が完成するように思えて来た。

国宝 四天王立像・多聞天 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵
後方の北西・北東に安置される広目天・多聞天がよりダイナミックな動きのあるポーズ、南東の増長天が比較的オーソドックスで、北東の多聞天の上に伸びゆく姿勢と対照的に南西の持国天が下に向かう動きなのも、そんな運慶の計算のうちなのではないだろうか?

国宝 四天王立像・持国天(部分) 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵
特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」

国宝 弥勒如来坐像 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)
背後に 国宝 世親菩薩立像 運慶作 鎌倉時代・健暦2(1212)年頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置
会場 東京国立博物館 本館 特別5室
会期 2025年9月9日(火) ~ 2025年11月30日(日)※毎週金・土曜日、および9月14日(日)、10月12日(日)、11月2日(日)、11月23日(日)は20時まで開館延長(入館は30分前まで)
休館日 9月29日(月)、10月6日(月)、14日(火)、20日(月)、27日(月)、 11月4日(火)、10日(月)、17日(月)、25日(火)
観覧料金(事前予約不要)
一般 1,700円
大学生 900円
高校生 600円
※中学生以下、障がい者とその介護者一名は無料
オンラインチケット https://tsumugu.yomiuri.co.jp/unkei2025/tickets.html
国宝 世親菩薩立像、無著菩薩立像 運慶作 鎌倉時代・健暦2(1212)年頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置
主催 東京国立博物館、法相宗大本山興福寺、読売新聞社
特別協賛 キヤノン、大和証券グループ、T&D保険グループ、明治ホールディングス
協賛 JR東日本、清水建設、竹中工務店、三井住友銀行、三井不動産、三菱ガス化学、三菱地所
特別協力 文化庁
協力 非破壊検査
問合せ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/unkei2025/
公式Instagram @unkei_2025

国宝 無著菩薩立像 運慶作 鎌倉時代・健暦2(1212)年頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置
写真はすべて撮影: 藤原敏史、会場内写真は主催者の特別な許可により展覧会紹介のため撮影 ※禁転載
Canon EOS RP, RF50mm F1.2L, RF85mm F1.2L, RF35mm F1.8 ©2025, Toshi Fujiwara

