明治天皇の皇后・一条美子のために女学校で茶会

この3年後の明治23(1890)年に、三井高福は今度は明治天皇の皇后で一条家出身の美子妃(読みは「はるこ」、のちの昭憲皇太后)を接待する茶席を設けることになる。

京都では復興政策の一環として明治5(1872)年に全国で初の公立の女学校が設立されていて、皇后がこの京都府高等女学校に視察のため行啓し、そこで茶を献ずることになったのだ。天皇への献茶は表千家の碌々斎だったが、この皇后のための茶席の点前は裏千家の千宗室(13代・円能斎)だった。

皇后のために準備されたのは、3年前に天皇が使った赤い金襴手の天目と対で焼かれたと思われる、永楽和全による特製の白い天目茶碗だ。鳳凰が共通し、ただしこちらは外側に描かれている。

画像: 永楽和全 白地金襴手鳳凰文天目茶碗 明治時代19世紀(明治19・1886年?) 北三井家旧蔵

永楽和全 白地金襴手鳳凰文天目茶碗 明治時代19世紀(明治19・1886年?) 北三井家旧蔵

天皇のための赤の天目には天皇家本来の伝統でもある東洋・中国文明風の権威あるモチーフが散りばめられていたが、この白天目の方は見込みの絵柄に西洋の意匠も織り交ぜて、ずいぶんエキゾチックな印象だ。

また杓立に用いた染付けの花活は、あえて中国の景徳鎮や日本の伊万里ではなく、なんと「和蘭陀(おらんだ)」もの、つまり中国や日本の磁器を模倣してヨーロッパで作られたデルフト焼きなどが江戸時代の日本に輸入されて茶器になったものだ。

天皇の茶席では豪快に歪んだ高麗茶碗の御所丸や、削ぎ落とした美学の長次郎の黒樂が用いられたのに対し、女性である皇后(それも美子妃は女性の教育を推奨したり、自ら真っ先に西洋風のドレスを着用したような意思の強さも見せる近代女性で、和歌などもよくした知的な教養人だった)を意識してか、仁清の絵茶碗も使われている。

画像: 野々村仁清 色絵薄絵茶碗 江戸時代17世紀 北三井家旧蔵

野々村仁清 色絵薄絵茶碗 江戸時代17世紀 北三井家旧蔵

それも分かりやすく全面に華やかで具象的な色絵を施したものではなく、陶器の土の生地を存分に活かしながらその上に繊細なアクセント的に抽象的なモチーフを色で載せた、落ち着いた洗練を見せる器だ。

画像: 青磁人形手茶碗 明時代16〜17世紀 北三井家旧蔵

青磁人形手茶碗 明時代16〜17世紀 北三井家旧蔵

画像: 女学校で女性をもてなすため揃えられた見た目も華やかな道具。朱塗りの手桶型の水指は表千家の碌々斎の作。染付けの杓立は16〜17世紀のオランダ製、赤樂の灰器は樂家12代弘入(当時の樂家当主)の作

女学校で女性をもてなすため揃えられた見た目も華やかな道具。朱塗りの手桶型の水指は表千家の碌々斎の作。染付けの杓立は16〜17世紀のオランダ製、赤樂の灰器は樂家12代弘入(当時の樂家当主)の作

画像: 釜は銀製の富士型で七代中川浄益、土風炉(善五郎家の本業である)は永楽和全の父・保全の作の、華やかな組み合わせ。共に江戸時代19世紀、北三井家旧蔵

釜は銀製の富士型で七代中川浄益、土風炉(善五郎家の本業である)は永楽和全の父・保全の作の、華やかな組み合わせ。共に江戸時代19世紀、北三井家旧蔵

天皇のための茶席は三井家が気合いを込めて、名品であると同時に見るからに公的な権威の伴った茶器をここぞとばかりに総力を挙げて揃えた、力の入ったものだった。それに対して美子妃へのもてなしには、より洗練された教養と、自由な遊び心が感じられる。

そしてこの席のために選ばれた絵もまた、江戸時代京都の町人文化の粋・円山応挙だった。

中国由来の吉祥の神の福禄寿ではあるものの、神らしいいかめしさなどは無縁で、応挙が日本美術に持ち込んだ新しい価値観のひとつと言われる「かわいい」が、いかにもぴったり来るような愛らしい作だ。

画像: 円山応挙 「福禄寿図・天保九如図」 江戸時代 寛政2(1790)年 北三井家旧蔵

円山応挙 「福禄寿図・天保九如図」 江戸時代 寛政2(1790)年 北三井家旧蔵

なお今回の展覧会では他に、天皇家の紋所でもある菊をモチーフにした様々な茶道具や、歴代天皇の筆も多く含まれた、奈良時代以来の名筆を集めた書のお手本帳の古筆手鑑「たかまつ帖」、それに三井家の当主たち自身が描いた絵も展示されている。

画像: 山本春正 菊蒔絵平棗 江戸時代17世紀 室町三井家旧蔵

山本春正 菊蒔絵平棗 江戸時代17世紀 室町三井家旧蔵

画像: 染付龍文菊型水指 中国・明時代16世紀

染付龍文菊型水指 中国・明時代16世紀

画像: 赤楽菊型金彩平鉢 紀州御庭焼(紀州徳川家が焼かせた器) 江戸時代19世紀 北三井家蔵

赤楽菊型金彩平鉢 紀州御庭焼(紀州徳川家が焼かせた器) 江戸時代19世紀 北三井家蔵

画像: 古筆手鑑「たかまつ帖」奈良〜江戸時代 8〜17世紀

古筆手鑑「たかまつ帖」奈良〜江戸時代 8〜17世紀

画像: 三井高福 「天保九如図」 明治時代19世紀 北三井家旧蔵

三井高福 「天保九如図」 明治時代19世紀 北三井家旧蔵

「雪松図屏風」と志野茶碗「卯花墻」を筆頭に、個々の作品に抜群にいいものが揃っているのはもちろんだが、展覧会のテーマがまた単に「天皇つながり」に留まらず、三井のような豪商(のちに財閥)が単に「商売人」だっただけではなかったこと、そして彼らが文化の厚みこそ経営哲学とビジネスにとって不可欠と考えていたことの一端が見えて来るところも、とても興味深い。

画像: 円山応挙 「福禄寿図・天保九如図」 江戸時代 寛政2(1790)年

円山応挙 「福禄寿図・天保九如図」 江戸時代 寛政2(1790)年

『国宝 雪松図と明治天皇への献茶』2019年12月14日〜2020年1月30日

会期:2019年12月14日(土)− 2020年1月30日(木)10:00−17:00(入館は16:30まで)
月曜日(但し、1月13日、1月27日は開館)、年末年始12月27日(金)~1月3日(金)休館、1月14日(火)、1月26日(日)休館。

主催:三井記念美術館

入館料:一般1,000(800)円/大学・高校生500(400)円/中学生以下無料

※ 70歳以上の方(要証明)、また20名様以上の団体の方は( )内割引料金となります。

※ リピーター割引:会期中一般券、学生券の半券のご提示で、2回目以降は団体料金となります。
※ 障害者手帳をご呈示いただいたお客様、およびその介護者
(1名)は無料です。

会場:三井記念美術館 〒103-0022 東京都中央区日本橋室町2-1-1三井本館7階

東京メトロ銀座線「三越前」駅A7出口徒歩1分/東京メトロ半蔵門線「三越前」駅徒歩3分A7出口徒歩1分
東 京 メトロ 銀 座 線・東 西 線「日 本 橋 」駅 B 9 出 口 徒 歩 4 分

メト ロ リ ン ク 日 本 橋
( 無 料 巡 回 バ ス ) 乗 降 所「 三 井 記 念 美 術 館 」徒 歩 1 分

お問い合わせ先 03−5777−8600(ハローダイヤル)

ホームページ http://www.mitsui-museum.jp

画像: 国宝 志野茶碗 銘「卯花墻」 安土桃山時代 16〜17世紀 室町三井家旧蔵 *以上、写真はすべて特別な許可を得ての取材時に撮影。展覧会での撮影はできません

国宝 志野茶碗 銘「卯花墻」 安土桃山時代 16〜17世紀 室町三井家旧蔵
*以上、写真はすべて特別な許可を得ての取材時に撮影。展覧会での撮影はできません

土曜講座 1月25日(土)14:00−15:30 「京都博覧会と明治天皇への献茶」

講 師:清水 実 (三井記念美術館 学芸部長)
会 場:三井記念美術館 レクチャールーム

定 員:50名 聴講料:2,000円
(無料観覧券1枚付)
申込方法
A )美術館受付(チケットカウンター) で聴講料を添えてお申し込みください。B)FAXでの申込 当館運営部(FAX番号 03-5255-5818)へ 1希望日2氏名3住所4電話番号5FAX番号をご記入のうえ、お送りください。C)ウェブでの申込 当館ホームページ内申込フォームよりお申し込みください。※ FAXまたはウェブでの申込の場合、受講可能な方には、当館より別途聴講料のお支払方法についてご案内いたします。※ 申込先着順にて受付、定員になり次第締切りいたします。※ 最新の情報は当館ホームページでご確認ください。

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