変人的要素はどこに?

前田
一方でスクリューボール・コメディが衰退していった後に、ビリー・ワイルダー的な心理主義に近い、つまりロマンス度が高い方向へ映画はどんどんシフトしていった気がしていて。そういう変人的な要素はどこへ向かったんだろう。

根岸
80年代ぐらいに出てきた『初体験/リッジモント・ハイ』(82)や『クルーレス』(95)、『恋は負けない』(00)のエイミー・ヘッカリングという監督がいますよね。このあいだ何本か見直したんですけど、すごく面白かったんだよね。『クルーレス』はジェーン・オースティンの『エマ』を下敷きにしていて、『恋は負けない』はビリー・ワイルダーの『アパートの鍵貸します』(60)をモチーフにした自伝的な話。

前田
『リッジモント・ハイ』は面白かったですね。

根岸
『リッジモント・ハイ』は傑作。脚本があのキャメロン・クロウですね。

高田
はい。ショーン・ペンも出てました。

根岸
エロコメっていうのがどこで始まったのかは分からないけど、もしかしたらエロコメの起源のような青春映画なのかなと。実際、かなりエロいんですよ。エイズが流行る直前の1982年にかなり性的にも破天荒な部分を描いていて、セックスシーンもねっとりとやっている。ショーン・ペンがめちゃくちゃ若くていつもラリッてる高校生の役(笑)。結構な変人です。『リッジモント・ハイ』は実に味わい深い一本で、後のグランジにさえ繋がるオルタナティブな青春ラブコメではなかったかなと。

高田
女性だけでエロ話したりする所とかもあったり。

根岸
そうですね。フィービー・ケイツのちょっとこう……。

高田
男性の喜ばせ方を練習するような(笑)。

根岸
透ける水着みたいなやつがすごい(笑)。エイミー・ヘッカリングはビリー・ワイルダー的なロマンティック・コメディも受け継ぎながら、エロコメや変人コメディへと繋がる猥雑な変化球を後続世代に投げてくれた人なのかな、と思っていて。その一方で『ベイビー・トーク』(89)なんかも撮ってますけどね。

画像: Fast Times at Ridgemont High Official Trailer #1 - Eric Stoltz Movie (1982) HD youtu.be

Fast Times at Ridgemont High Official Trailer #1 - Eric Stoltz Movie (1982) HD

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高田
なるほど。昔、変人コメディの変人さがどこに向かうのかという話を師匠としていたときに、「増村保造が現役だったら、絶対にストーカーものをやっていたはずだ」と言っていました。増村保造はずっと異常な情念の人を描いてきたじゃないですか。大映ドラマでもストーカーネタはありましたけど、そういうものを絶対に撮るはずだと。それが師匠のなかではスクリューボール・コメディと地続きになっていて、その異常な情念やマニアックな人たちが常識を破壊していく感じがコメディの醍醐味なんだ、というようなことをよく言ってましたね。

根岸
増村保造は台詞回しが日本映画の中では速いですよね。

高田
初期は特に速いですね。

根岸
そうですね。『青空娘』(57)や『最高殊勲夫人』(59)とか、初期はスクリューボール的なノリが増村映画の中にもあったと思います。

高田
デビュー作の『くちづけ』(57)からしてそうですけど、『巨人と玩具』(58)の台詞回しもむちゃくちゃ速かったですよね。

根岸
速いですよね。増村保造の台詞回しの速さや、岡本喜八のカット割りのリズム、あのあたりがある種の新しい何かを告げている、そんな時代だったのかなと思います。

前田
岡本喜八監督はカット割りも速いんですけど、途中でめっちゃ早口のときもありますもんね。

根岸
岡本喜八ってわりと乾いてますよね。比較的、昔風の素材を使いながらもドライな作風。スピード感も含めて、他の日本映画とはリズムがまったく違いますね。『結婚のすべて』(58)はどうでした?

高田
面白かったですね。

根岸
岡本喜八のデビュー作。設定だけを取ると、夫婦仲が悪いわけではないけど、微妙に距離感が出てきている時期の夫婦がいて、そこに同居している奥さんの妹(雪村いづみ)が理想的な結婚を求めている。

高田
古い価値観と新しい価値観がある。

根岸
そう。二つの価値観が交わりあいながら、結婚とは何かと考察していく映画。スピード感もあって面白く、さすがにスクリューボール・コメディとはいえませんが、話だけでいえば『新婚道中記』にも近かったり。

高田
奥さんのほうがよろめいて三橋達也とデキそうになるけど、やはり旦那が良いって所に収まる。それを見て、若い娘のほうもやっぱり「結婚っていいな」となる。

根岸
仲代達矢と見合いをすることになっていて、その見合いの前に先回りしてデートするってあたりが少しだけ現代的かな。

高田
そうなんですよね。お見合いが普通の時代に恋愛結婚に憧れている妹が、お姉さん夫婦が仲直りするのを見て、「情熱っていうのはじわじわと燃え上がるのも良いんだ」と分かる。それでもお見合いにはちょっと抵抗があるから、その前にと。

根岸
その相手と先にデートしちゃえっていう。無理矢理、恋愛っぽくしちゃえってあたりが、新しいといえば新しい。

高田
ああいう価値観の転換はコメディではよく起きるじゃないですか。あれがすごい快感なんです。常々やりたいと思っているんですが、強い要素を一つ真ん中に置いておかないと「変わった!」というのがはっきりと示せない。

根岸
川島雄三の『愛のお荷物』(55)は厳密にいえばスクリューボール・コメディではないけど、主人公の山村聰が厚生大臣で、人口が増加しているので出産を制限するっていう政策を打ち出す与党の政治家。彼の一家が自分の奥さんも含めて、ことごとく子どもが産まれそうになるという。

高田
全員、次々に妊娠する(笑)。

前田
ラストでね(笑)。

根岸
そうそう(笑)。出産コメディなんだけど、最終的には山村聰の役職が厚生大臣から防衛庁長官に変わって、それでもう「すべてOK」と実にいい加減なオチになってた。

前田
『モーガンズ・クリークの奇跡』(44)的ですよね。最後にどんどん子どもが産まれる。

根岸
『パームビーチ・ストーリー』の双子もそうですが、プレストン・スタージェス的な足し算を次々にしていく感じ。

画像: 愛のお荷物 youtu.be

愛のお荷物

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前田
出口がスクリューボール・コメディってあるじゃないですか。『ヒズ・ガール・フライデー』も最初は普通に撮っていて、後半一気にばーっと加速していく。後半にテンポが速くなって、加速したまま終わるという感覚がホークスにはいつもあって。スタージェスは『サリヴァンの旅』(41)のように、急に真面目な所に行って、また戻ってくるっていうのもありつつ、最後はぶっ飛ばして終わるような感覚があったりするんですけど。

根岸
『レディ・イヴ』は意外とメロドラマ構造だもんね。

前田
そうですよね。一方でルビッチは淡々としているというか、軽やかにそれを見せてくる感じがある。スクリューボール・コメディといっても構造はそれぞれバラバラだなっていう面白さはありますね。

根岸
ネタ的な共通点や細部の共通性はありますけどね。

前田
その運転ぶりというか、ドライブ感が違う。ホークスでいえば後半の方がテンポが速い。

高田
そうそう。コメディだから、前半でまず前提を示さなきゃいけないけど、ホークスはそれを延々とやっていたりする。『教授と美女』のマッチのドラマーとか、もうこの人が真面目なのは分かったし、この人が踊り子なのは分かったよ、と分かってからも延々とやる(笑)。その上で、後半はその前提がどう崩れていくのかをテンポ良く見せていく。クラシックな映画はその前提をしっかりと描いているというのはあるかもしれない。

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