清水崇監督作品『ミンナのウタ』で、作品の鍵となる少女さなの母・高谷詩織役を演じた山川真里果。
その怪演ぶりは邦画ホラー史上、記憶に残る名シーンともいうべき異彩を放っている。
観客の心を戦慄させる少女の母親はどのようにして生まれたのか。
俳優を志したきっかけなど、彼女の知られざるルーツに迫る。
※本記事には映画『ミンナのウタ』の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承ください。
――『ミンナのウタ』が公開されてから、「お母さんが怖すぎる」「トラウマレベル」「セリフが頭から離れない」といった感想が飛び交い、SNSでも大きな反響が寄せられていますね。
実は“あのシーン”、当初は予定になくて、私は回想シーンのみの出演予定だったんです。でも脚本が出来るギリギリ、全体の撮影がインする前くらいに決まって、正直かなりのプレッシャーでした(笑)。当然想定していた母親像とは変わってくるし、作品内でも中盤にあって、ホラー映画としても後半の流れを決定づける重要なシーンだとも思いました。なので今こうして皆さんから「お母さん怖い」と言っていただけると、なんだか色々なことが報われるようで、劇中のセリフ通り『あら…どうしましょ……』と、感無量です(笑)。
――そうだったんですね! そんな中で、どのようにしてあの母親像をつくり上げていかれたのでしょうか?
まずは脚本にある出来事を書き出して、脚本に書かれていない出来事(娘の中学入学など)も含めて時系列に整理した上で、出生から娘との関係性に想いを巡らせました。大前提として、サイコパスな気質のある娘というのがあったので、自分の娘がどこか他の子とは違うと気づきながらも、いつか向き合える日が来ると信じ、家族をどうにか守ろうとする母親像が膨らんでいきました。息子の妊娠も、弟ができることで、娘にもなんらかのいい変化があるのでは、と希望を託していたのではと思って。でもその弟でさえ、娘にとっては邪魔な存在でしたなかったと思い知らされたら…。あの布団をめくったときの母の心境は想像を絶するものがありますよね。
――つまり、母は娘のサイコパスな気質に気づいていたと。
はい。でも、どこかでずっと他の子とは違うかもと思っていても、親としてできることを必死にしよう、自分の娘を愛し、守ろうとすると思ったんです。たまたま撮影前に『対峙』(21年、フラン・クランツ監督)というアメリカで起きた高校銃乱射事件の被害者と加害者の両親の対話劇を観たんですが、その加害者の母親の心理がちょうど私が思い描いていた母親像と重なって、背中を押されたような気持ちになりました。
――それがあのクライマックスシーン、コードを引く母の表情に繋がっていくんですね。
脚本上では「コードを引っぱる両親」としか書かれていないのですが、現場で監督に「母は娘が何をしようとしているのか、すべて気づいた上でコードを引かせてほしい」とお話をして、あの母の表情が生まれました。母はクライマックスシーンまでの間に息子を失っています。分かりづらいかもしれませんが、“あのシーン”で走り寄ってくるとき、凹んだお腹を抑えて『私の赤ちゃん、どこやったのよぉぉぉおおお!』と叫んでいるんです。娘が弟の音を収録していることから、そうかなと気づいてくださった方もいると思うのですが…。
最後の砦でもあった息子を失い、心も壊れてしまった状態で娘からの「コードを引っ張ってほしい」という声を聞く。母はもう何も聞かなくても咄嗟に娘の望みを察する。察した上で、コードを引く。サイコパスな娘をこの世に産み出した自らの手ですべてを終わらせるという、贖罪の意識、怒り、喜びにも似た安堵をもって。でもこのシーンって別の視点で捉えると、母と娘の想いのベクトルが初めて重なり合う瞬間でもあるんです。母としては初めて娘を娘として手にすることができた瞬間でもあって、一言では言い表せない深い愛も同時に流れていると、個人的には思っています。そして結果的には、娘を霊として再度産み出すことにも加担している、因果なシーンでもあります…(笑)。
――今回の役を演じる上で、他にも意識されたことはありますか?
これは本当に個人的に意識していたことなのですが、母と娘で様々な点で対照的に見せられたらと思って演じていました。娘は霊のときに特殊メイクをしていて、母は霊でもほぼノーメイクなのは偶然ですが(笑)。これもその対照的に見せられたらという、演じる上でのヒントになりました。
娘がサイコパスで目的達成のために真っすぐでピュアであれば、対照的に母は理由のない禍々しさや葛藤を、と。葛藤の部分は主に前述の回想シーンですね。それで“あのシーン”が理由のない禍々しさに当たるんですが、とにかく頭でなく本能で察する原始的な「あ、もうダメだ」って感覚に訴えたくて。
会話をしているようで、セリフが繰り返されているだけという違和感も、その理由のなさ、理解できなさに繋がっているのですが、さらに声のトーンや節回しをあえてセリフっぽくして、ちょっと日常から浮いて聞こえるように、馴染ませないようにしました。
他にも微妙に一拍セリフをあけたり、これは対面されたGENERATIONSの中務裕太さんにしか分からないのですが、見ているようで視点は交わらないようにずらしていたり。首の角度、所作、瞬きしない等々、姿形は人間ですが、人間らしさを絶妙に削いでいく作業っていうんでしょうか。人間らしさのスイッチを自分で少しずつ切っていって、最終的に残るゴロッとした畏怖の塊だけをそこに置いておく感じというか。普通はセリフのやりとりも相手から影響を受けて変化していくものですが、その感情ですら今回は排しました。
ーーGENERATIONSの皆さんとの共演はいかがでしたか?
劇中でやりとりがあるのは中務さんだけだったのですが、中務さんには私を怖がってもらわないといけない役だったので、たくさんお喋りをしてしまうと怖くなくなってしまうかも...と。だから現場ではあえて意識的に遠めの席に座ったり、極力喋らないようにしていました。本当は色々お話してみたかったんですけど(笑)! 劇中でも、あの中務さんの自然体でふわっとした独特な佇まいは印象に残りますよね。セリフの発話の仕方もいいんだと思います。脚本を初見で読んだとき、『取り込まれますよ』ってセリフもどうやって言うんだろう、難しいセリフだなって思っていたんです。でも初号試写で拝見したときに、「正解はこれだ!」って思いました(笑)。 実際に玄関で対面したときも、あのナチュラルなトーンで声をかけてくださったことで、より母の違和感も引き立つような相乗効果もあったと思います。
白濱亜嵐さんはホテルの部屋に入ってくるシーンで、私のシルエットが奥にチラッと見えるところがあるのですが、前室でご挨拶をしに来てくださって。流石リーダーって言うんですかね、ちゃんと目を見て「白濱亜嵐です、よろしくお願いします」って言われたとき、その爽やかさの最大瞬間風速の威力に、動かないはずのお腹の俊雄が動いた気がしました(笑)。 今回ご本人役ではありますが、たぶん唯一、実際の性格とは遠いキャラクターを演じられていたので、この作品を通じてGENERATIONSをお知りになった方には「本当の白濱さんはもっとスーパーナイスガイです!」ということを声を大にしてお伝えしたいです(笑)。
――玄関の“あのシーン”については、SNSで「リピートお母さん」「エンドレスお母さん」と言われたりしていますね。
はい。なんというか、もう嬉しくて私もいつもニヤニヤしながら拝見しています。でも“あのシーン”は正確にいうと完全なリピートではないんです。同じ台詞をサンプリングして流していると思われた方もいらっしゃるようなのですが、実際にはすべて何回も演じています(笑)。私が3回繰り返すように見えるセリフも、1回目と2回目で中務さんのセリフが入るタイミングが違ったり、3回目は最初の「はーい」がなかったり。カメラ位置等を変えながら「じゃあ今回は◯回目の◯◯◯からお願いします」と言われているうちに、基本動作は同じなので、自分が何回目を繰り返しているのか分からなくなって、タイムリープしているかのような錯覚に陥ってしまって。自分でも初めての経験でした(笑)。あと、走り寄ってくるとき、実は号泣しています。あの一瞬で境地に至っていたくて。
――他に印象に残っているエピソードなどはありますか?
“あのシーン”で中務さんに向かっていくときに、「玄関から走り抜ける気持ちで」と言われて、私は「気持ちってなんだ?」と。もしカメラ前でスピードが落ちたら、見ている人に伝わってしまうのでは…と思って、気持ちじゃなくて実際に走り抜けようとしたんです。とはいえ、カメラが目の前にきたら私も人間なので、反射神経で勝手に体が回避するだろう、と(笑)。でも実際には足元は止まれても、振り子の原理で頭は揺れてしまうので、顔をレンズにぶつけてしまいました。カメラを壊さなくて本当によかったです…。
――お話を伺っていると、山川さんは自分の役柄を超えて、作品全体を見通しながら非常に積極的に映画づくりに関わろうとする意識や溢れんばかりのバイタリティを感じます。レオス・カラックス監督『アネット』(21)へのご出演も、そのバイタリティがあってこそ実現したのでしょうか?
バイタリティかどうかは分からないのですが、私の中では、飛んできた球を全力で打ち返している、という感覚の方が近いです。その球がどこに飛んでいくのかを見てみたい、といいますか(笑)。
『アネット』の出演も、当時SNS上で「レオス・カラックスが日本人を探しているぞ!」と話題になっていて、募集要項には「ドイツ在住者限定」と書かれていたのですが、あきらめきれなくて、ドイツのキャスティングチームの連絡先を見つけて直接コンタクトを取りました。そしたらわりとすぐに「来なよ!」って返事をもらえて。さらに数日後に「アダム・ドライバーの後ろを走るフライト・アテンダントの役をやってもらうことにしたよ」と連絡がきて、それからはもう何がなんだか撮影が終わって帰国するまではずっと狐につままれたような心境でした。
――すごい行動力ですね。
そうですかね。私からすると、行動しない理由がないというか。だってあのレオス・カラックスですよ⁉︎ 頻繁に映画を撮る方ではないし、しかも日本人を探しているなんて、「きっと他にも私のように行動している人がいるはずだ!」くらいに思っていました(笑)。
――幼少期をアメリカで過ごされたことで、海外へ行くハードルをあまり感じないということはありますか?
そうかもしれません。英語でコミュケーションはとれますし。海外の作品に出演したいという想いは漠然とずっとありました。
――渡米のきっかけは?
父の海外赴任で、家族で渡米しました。現地でも色んなところに連れて行ってもらっているのですが、1歳からの約7年間なので、覚えていることは日常の雑多なことばかりで、なんだかもったいないことをしたなと。もっと自我に目覚めていればよかったのに(笑)。
――今振り返ってみて、渡米生活でご自身が影響を受けたことはあると思いますか?
間違いなくあるでしょうね。学校では宿題も含め、人前で発表する機会は圧倒的に多くて、みんな日常的に目の前の人を楽しませようという空気を纏っている人が多かった気がします。あと、ベースに「みんな違って当たり前」という考えがあるので、否定とかではなくて分からないことは聞く、意見を交わす、目の前の相手を尊重するという文化や習慣は無意識に根付いていったように思います。
――何か心に残っているエピソードなどはありますか?
例えば、アメリカでは絵を描く授業のときに緑色の絵具を使って花の絵を描いたら「すごく素敵だね!」と褒めてくれる。自分の好きな色を好きなように使って絵を描くことができたのが、日本でも同じように絵を描いていたら、同級生から「緑色の花なんて存在しないじゃん」と否定的に言われて。そのときに受けたカルチャーショックというか、環境によって物の見方や価値観が一変した感覚はいまだに忘れられないですね。
――それは俳優として演じることにもどこかで繋がっていると思いますか?
人って環境や状況によって考え方や見え方も変わる。見えている側面が違うともいえる。一概に「あなたはこういう人です」とは言い切れない。私は昔から自己紹介というものに違和感があって、自分のことが自分で一番分かっていないと思っている人間なんです。なので、いろいろな役を演じることは、回り回って自分を探求していることにも繋がっている気がします。自分自身を知るための長い旅をしているというか。それはすごく面白いですね。
――では、山川さんが演じる上で大切にしていることは何ですか?
人間は矛盾だらけ。美醜の感覚にしても表裏一体だし、言葉や感情だって、喜怒哀楽に分けられるような単純なものじゃない、相反するものが同時に存在したり、様々なレイヤーが交錯してそこにあるものだと思っています。
役だとしても、作劇上の都合でそこにいるのではなくて、人として理由があってそこに立っていると思うんです。「びっくりしてください」と言われるからびっくりするわけじゃない。驚き方だってそこに至るまでの背景によって変わる。なので、その根っこの部分はきちんと捕まえていたいです。極端な話、それさえあれば撮影中に偶発的なことが起きても、ちゃんとその役としてその瞬間に立ち会えると思っています。
――なるほど。そもそも、山川さんが俳優を志すきっかけは何だったんですか?
会社員として勤めていた頃に、東日本大震災があったんです。耐震強度の高いビルの高層階にいたので、船酔いするくらいに揺れて、女性の悲鳴がフロアに響き渡る中、生まれてはじめて死を意識しました。そのとき咄嗟に「こんなもののために生まれたんじゃない」と思ったんです。とにかく仕事に忙殺されていたので、ハッと我に返ったといいますか。
もともと映画が好きだったので調べていたら、映画の俳優ワークショップがたまたま目に飛び込んできて、それに参加したのがきっかけです。とにかく仕事人間で左脳ばかり使って生きていたので、全然使っていない右脳を使いたかったんだと思います。もう動物的本能みたいな(笑)。
参加してみると、演技経験がゼロの人は私を含めて二人ぐらいしかいない、他は大手事務所所属で仕事を本気で取りにきているような方ばかりで、講師の方含め、今では考えられないような厳しい言葉も平気で飛び交う環境に約半年間くらい身を置きました。そこで「精神と時の部屋(漫画『ドラゴンボール』に登場する特殊な施設)にいる!」と思って日々取り組んでいるうちに、いつしか気持ちは固まっていましたね。
――とてもユニークなきっかけだと思います。山川さんが「好きな俳優」と聞かれて、思い浮かぶ方はいますか?
たくさんいるので困ります(笑)。つい最近ではNetflixで『マスクガール』(23)を見て、「ヨム・ヘランはいつ見ても素敵! 大好き!」と思いました。言い出すとキリがなくなりそうなので、ご存命の方に絞ってあえて女優さんで一人あげるとしたら、昔から大好きなのはフランシス・マクドーマンドです。そこにいるだけで作品の強度を上げる俳優って、かっこいい。
――最後に、今後の展望などがあればお聞かせください。
こんなこといいな、できたらいいな、と思っていることはたくさんあります(笑)。お伝えしきれないです! その上で今明確に言えることは、とにかく先のことは分からないということ、ですかね。答えになってなくてすみません(笑)。
あ、でも俳優とは関係のないことで言うと、強いおばあちゃんになりたいです!『ドント・ブリーズ』(16)でスティーヴン・ラングが演じた盲目の老人くらい強く(笑)!
インタビューを終えて
インタビュー前に「怖い、物静かな人だと思われがちですが違います(笑)」と仰っていた山川さん。
その通り、『ミンナのウタ』での母・詩織とは打って変わって、実際はチャーミングでユーモアたっぷり。先日の大ヒット御霊プレミアムイベントでも、そんなお人柄が会場を沸かせていた。
また言葉の端々から溢れる映画づくりへの想いからは、一途な探求者としての素顔が。
X(旧Twitter)には、独自目線による映画愛に溢れるポストもされているので、是非そちらも注目してみてほしい。
演じること=そこにいることの意味を問い直しつつ、自分の本能と直感力で前進を続けるその活躍から、今後も目が離せない。
山川 真里果(やまかわ・まりか)
1983年生まれ、東京都出身。1歳から約7年間は家族とともに渡米。公開中の映画『ミンナのウタ』(23/監督:清水崇)をはじめ、近年の出演作に、映画『ホムンクルス』(21/監督:清水崇)、Netflix『浅草キッド』(21/監督:劇団ひとり)、『オカルトの森へようこそ THE MOVIE』(22/監督:白石晃士)、『LOVE LIFE』(22/監督:深田晃司)など。また、TVドラマではNHKドラマ10「大奥」(23)やMBS/TBSドラマイズム「美しい彼(シーズン2)」(23)などにも出演。
◾️事務所:https://letre.co.jp/artist/yamakawa/
◾️IMDb(Marika Yamakawa):https://www.imdb.com/name/nm7970125/
◾️X(旧Twitter):https://twitter.com/_mamimura_
(取材・文=野本幸孝)
(撮影=久田路)
(撮影協力=下高井戸シネマ)
『ミンナのウタ』本予告映像
STORY
人気ラジオ番組のパーソナリティを務める、GENERATIONSの小森隼。収録前にラジオ局の倉庫で30年前に届いたまま、放置されていた「ミンナノウタ」と書かれた一本のカセットテープを発見する。
その後、収録中に不穏なノイズと共に「カセットテープ、届き...ま...した...?」 という声を耳にした彼は、数日後にライブを控える中、突然姿を消してしまう。
マネージャーの凛は、事態を早急且つ秘密裏に解決するため、元刑事の探偵・権田に捜査を依頼。メンバー全員に聞き取り調査を進めるが、失踪した小森がラジオ収録の際に聞いた「女性の鼻歌のような、妙なメロディーが頭から離れない」と言っていたことが判る。
そして、リハーサル中に他のメンバーたちも “少女の霊”を見たと証言。
ライブ本番までのタイムリミットが迫る中、リーダーの白濱亜嵐、凛、権田は捜索に乗り出す。
やがて、少女の霊の正体は、“さな”という女子中学生だということが判明するが、彼女が奏でる“呪いのメロディー”による恐怖の連鎖が始まり・・・。
一体、彼らに何が起こっているのか? この先に待ち受ける、想像を絶する結末とはーーー!?
キャスト
GENERATIONS 白濱亜嵐 片寄涼太 小森隼 佐野玲於 関口メンディー 中務裕太 数原龍友
早見あかり / 穂紫朋子 天野はな 山川真里果
マキタスポーツ
主題歌 : 「ミンナノウタ」GENERATIONS(rhythm zone / LDH JAPAN)
監督 : 清水崇 / 脚本:角田ルミ 清水崇 / 音楽:小林うてな 南方裕里衣
製作 : 「ミンナのウタ」製作委員会 / 製作幹事 : 松竹 テレビ東京 / 企画・配給 : 松竹
制作プロダクション : ブースタープロジェクト ”PEEK A BOO films”
©2023「ミンナのウタ」製作委員会
上映時間:102 分 映倫区分:G
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