山下監督の正体(1)
根岸
山下作品は脚本や撮影によって作品のテイストも変わってくると思うんですが、高田さんは今回の作品に関してはどう感じられましたか?
高田
今回の作品については、先ほども言ったように今までにはない初めての印象でした。
根岸
向井康介との脚本コンビがオフビート路線の王道だとすれば、『リンダ リンダ リンダ』で新境地に挑戦、いろいろやっていくうちに『もらとりあむタマ子』ではオフビート系の完成形ができた。一方で『天然コケッコー』で渡辺あやさん、『苦役列車』でいまおかしんじさん、『オーバー・フェンス』では高田さんと組んだことで、微妙に仕上がりのテクスチャーも変化してきている。野木亜紀子さんと組んだ連続ドラマ「コタキ兄弟と四苦八苦」にいたっては、話ごとに手を替え品を替え趣向や語り口そのものを自在に変えてくる脚本マジックに文字通り四苦八苦しながらも何とかその演出力で応えを出していった。脚本、ないしは脚本家によって撮り方などが自然と変わってきているその実状なるものを、監督自身、どこかで意識したりしてます?
山下
どうなんですかね。脚本をひたすら読み込むというか、結果、引っ張られているとは思いますけど。
高田
『オーバー・フェンス』は職業訓練校の雰囲気とか、まさに山下監督の作品だなという感じでしたけどね。
山下
本当ですか、僕は高田さんのホンだなと思いましたけど。あとは撮影の近藤くんが引っ張っていった感じもありますね。だから、今回も宮藤さんや鎌苅くん、そして普段ならキャスティングしない俳優さんが多かったので、キャストの方々に引っ張られたところはあります。
根岸
関西ゆかりの俳優を優先してキャスティングしていったときに、今まで組んだことのなかった俳優さんが結果多くなった。
山下
宮藤さんが荒川さんを指名したのですぐ決まりましたが、荒川さんの名前が出なかったらバス運転手も関西ゆかりの別キャストになっていたかもしれません。もちろん、荒川さんは面白いし、滅茶苦茶はまってましたけど。
根岸
あと企画を進めながら思ったのは、宮藤さんの脚本はシーン数が166ぐらいあって、普段の山下監督作品よりもすごくシーン数が多いんです。連続ドラマの脚本家の方が映画の脚本を手がけると長くなる傾向があるんですが、宮藤さんは長くなることに対しては意識的で、「映画の方が連続ドラマの脚本よりも難しい」と仰っていました。映画は一本の話の中で回収しなければいけないけれど、連続ドラマなら別の話があるから、後の方でも回収できる。映画は難しい、と。
今回、結果的に尺は2時間以内に収まりましたが、編集でもだいぶ切っていった。特に繰り返されるレイカ篇、つまりはB面の方を。実は前半部には宮藤さんの出された面白い構成要素がもっとあったんです。例えば、郵便局の自動ドアが開く前にハジメがすでにドアにぶつかっているとか(笑)。あとは、ハジメが桜子と仲良くしているのを見たレイカがショックを受けて、高瀬川辺りを走り出すシーンもありました。あれはどうしてやらなかったんでしたっけ。
山下
やっぱり、清原さんに引っ張られたんですかね。清原さん演じるレイカにとって、しっくりとこなかった。そのシーンは笑えるところなんですが、本当に笑いになるのか思い浮かばなくて。
根岸
その代替案として僕と監督が同時に思いついたのが、レイカが夜に突然大学寮の屋上で叫び出すシーン。でも、結局そのシーンも撮らずに終わりました。これも山下監督の中で違和感があったらしい。レイカが何を叫ぶのか、その内容も演出部含めて誰からも出てこなかったというのもあります。しかし、結局そういうレイカの思いを表に出さずに溜めたからこそ、時間が止まったときにうれしそうに写真を撮ったり、自転車に乗る彼女の姿が良く見えたのかもしれませんね。