この「大人のパリ映画散歩」のために映画を観直しながらリストアップしたロケ地の数は500カ所以上。Googleマップのストリートビューで確認しながらの作業は時間もかかり骨の折れる作業であったが多くの発見があった。今回はこの発見のうちのひとつについて書いてみたい。
オードリー・ヘプバーンの名を聞いて、すぐさま思い浮かべる都市はパリ、ローマ、ニューヨークといったところだろうか。彼女の主演映画では『ローマの休日』と『ティファニーで朝食を』の知名度が断トツに高いから、もしかすると、パリの存在感はほかの2都市に比べて劣るかもしれない。
しかし、オードリーはフレッド・アステアと共演した1957年の『パリの恋人』から『昼下がりの情事』『シャレード』『パリで一緒に』を経て1967年の『おしゃれ泥棒』に至るまでの10年の間にパリを舞台とした5つの映画で主演していて、パリとの結びつきが意外と強い。いや、飛びぬけて強いといってもいいかもしれない。というのも、『パリの恋人』の3年前に公開された『麗しのサブリナ』でも、これはロケではないけれどもパリの料理学校に留学中のシーンがあるし、1979年の『華麗なる相続人』でもパリでのロケシーンがあるから、彼女が主演した映画のうち実に7つの映画でパリが登場しているのである。
このあたりのことはオードリー・ヘプバーンのコアなファンにとっては言わずと知れた常識の部類なのかもしれない。しかし、発見はまた別のところにあった。なぜなのか、上記の5つの主演映画のうち、3つの映画で同じ公園がロケ地として選ばれているのである。これがチュイルリーやリュクサンブールなど、著名な場所であれば、気にも留めなかったであろう。けれども、その公園はシャンゼリゼ通りを挟んで向かいにロン・ポワン劇場とグラン・パレが立つというロケーションで、日本人でその存在を知る人は少ないに違いない場所なのだ。
『シャレード』でオードリーとケーリー・グラントが子ども向けの人形劇を見るのも、『おしゃれ泥棒』でピーター・オトゥールがブーメランのアイデアを得るのもこの同じ公園だ。こう書けば、「ああ、あの公園か」と思い浮かべる人はいるかもしれないが、公園の名や位置のわかる人は皆無に近いのではないだろうか。
『パリで一緒に』でオードリーが画面に初めて登場するのもこの公園で、その少し後には『シャレード』と同じ人形劇も画面に映し出される。『シャレード』では手紙に貼られた切手が消えた大金の秘密を解くカギとなるが、その切手の交換の場となる市が開かれているのもこの公園なのである。
しかしこれほどまでに決定的な場面に使われたこの公園、そもそもなぜロケ地として選ばれたのだろうか。“子ども”に関係があるのでは?と考えた。資料にあたってそれらしき記述を発見したわけでもないのであくまでも推測レベルの話だが、この公園では子ども向けの人形劇が開かれるだけでなく時期によっては仮設の遊園地もつくられて多くの子どもたちが集まってくる。ほかの公園に比べて“子ども率”の高い場所なのである。
オードリー・ヘプバーンは20代後半になってもまだどこかに少年少女にも通ずる空気感を漂わせていた。大人よりも子どもたちに近い存在——当時、オードリーにそんなイメージを(無意識にせよ)抱いていた人も多かったのではないか。『シャレード』でオードリーが約束とは違う場所で「子ども向け」の人形劇に見入っていたのは「子どもたちの笑い声につられて」来てしまったからなのだった。
1960年代の中頃にはオードリーがピーター・パン役を演じる映画が企画されたという。残念ながらジョージ・キューカーがメガホンを取るはずだったこの映画はディズニーと権利関係でもめて流れてしまったが、このオードリー=ピーター・パンという発想は同じ「子どもたちに近い」というオードリーのイメージと無縁ではないのではないか。そのように考えてもみたくなる。ちなみに、『パリで一緒に』での最初の登場シーンでオードリーはピーター・パン・カラーである緑――この「ピーター・パンの服=緑」というイメージはディズニー映画によって流布したものだが――のジバンシィの服を着て現れる・・・。