この映画を見おわるとき、まるで誰かが一人で祈っているのを見ているような、静かで厳かな気持ちになったのは、なぜだろう。

確かに、この映画の描写は優れている。若者に起こりがちな恥ずかしい経験を白日のもとに晒す。その証拠に、この映画を見ていて、思春期にまつわる、どうしようもない記憶が、とめどなく溢れて来た。恥ずかしいペンネームで詩を書いて友達に配っていたこと。誰もいない教室で、友達とその詩を朗読しあっていたこと。制限体重と身長と年齢をとうに上回っている、というか、そもそも大柄な体型なのに、絶対に競馬の騎手になりたくて、友達に騎手になると宣言し、騎手訓練学校への入学問い合わせを繰り返していたこと。絶交したはずの友達と、お昼を食べる友達が他にいないので、二人で、黙ってご飯を食べたこと。音楽室で、友達に、評判の悪い男性との初体験が済んだことをほのめかしたら、青春映画みたいにその子が泣きながら出口へと走って行ったんだけど、ドアの鍵がしまっていてあかなくて、気まずく戻って来て、また隣に座ったこと。その後、彼女のことを、なぜか好きになってしまい、思いあまって告白してフラれたこと。その現場を彼女の弟に盗み聞きされて、爆笑されたこと。そして、悲しくなると、いつでも、すぐに母親に会いたくなったこと。

しかし、この映画に惹きつけられるのは、その冴え渡った描写のせいだけではないのだ。

私たちは、大人になる前のある時期、繰り返し繰り返し間違える。そして、感情は血を流す。しかしながら、間違いを起こす度に、少しずつ位相が変わり、やがては、区切られた時間の中にいたことをはっきりと意識させられ、外の世界に押し流されて行く。その軌道の描き方が、普遍性を意識させるからなのかもしれない。気づいたときには、その、愛しい時間は終わり、別の時間が始まっている。その時間の流れを正確に思い起こさせるからなのだ。

私たちは皆、育った町や家、学校、両親、兄弟、そして自分自身という所与のものを恥じ、そこから抜け出したいと狂おしく願う。しかしながら同時にそれを狂おしく愛している。だから、繰り返し間違える。私たちは、当時愛そうとして愛せなかったそれらを、ただ、心に思い浮かべるだけで、深く傷つく。でも、それは正しい。

この映画は、その行程を、叙情ではなく、叙事的に、単にたくさんの時間の束として、高速で、観客に差し出そうとするのだ。荒々しいまでに徹底された試みだと思う。小さい船の帆先が、静かな水面を切り裂いて行くのを見ているようだ。みんなが知っているのに、未だ語られていなかったことが、いま、ここで語られている。軌道が、まさに今、記されている。とても軽くささやかでありながら、決定的に。そういう不思議な感覚が、私を震えるほど感動させたのだと思う。

娘を手放す母親の激しい痛み、その親自身の自立の時を想像し、自分と重ねる娘。二人の愛には、いつもズレがあり、「映画みたいに」ある瞬間に、同時に噛みあうことはないけれど、たくさんの時間の束が、とても美しいまま、そこに存在することを、私たちは、この映画で、改めて確かめることができるのだ。
 

木村有理子(きむら・ありこ)
映画監督。慶応義塾大学環境情報学部卒。角川映画に勤務後、映像制作をしながら、文芸誌『ユリイカ』などに映画評を寄稿。主な監督作品に『犬を撃つ』(2000年カンヌ国際映画祭正式出品)、『わたしたちがうたうとき』(2012年ソウル国際女性映画祭招待作品)、『くまのがっこうのみゅーじかるができるまで』(2012年ドキュメンタリー)。

画像: 夜の葉~映画をめぐる雑感~
#特別寄稿
『レディ・バード』木村有理子

青春の輝きと痛みを知る、誰もが共感して心震わせる
これは、あなたの物語

全米4館から全米1,557館まで拡大公開され、口コミで徐々に話題を呼び、5週連続トップ10入りのスマッシュ・ヒット。また、米映画レビューサイト“ロッテン・トマト”で100%大絶賛され、『トイ・ストーリー2』を抜いて18年ぶりに新記録更新。さらに、本年度ゴールデン・グローブ賞で作品賞&主演女優賞を受賞し、本年度アカデミー賞®でも作品賞&主演女優賞&助演女優賞&監督賞&脚本賞にノミネートされるなど、各映画賞席巻の100部門受賞&191部門ノミネートされた本作が遂に日本公開!

画像: シアーシャ・ローナン主演『レディ・バード』本予告 youtu.be

シアーシャ・ローナン主演『レディ・バード』本予告

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主人公クリスティン(レディ・バード)役を演じるのは、『つぐない』『ブルックリン』でもアカデミー賞®にノミネートされ、演技派女優として高く評価されるシアーシャ・ローナン。本作ではピンクの髪とガーリーなファッションで、痛々しくも愛すべきティーンエイジャーを熱演している。また、『トイ・ストーリー』シリーズのローリー・メトカーフが母親マリオン役、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』のトレイシー・レッツが父親ラリー役、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のルーカス・ヘッジズが一人目の彼氏ダニー役、『君の名前で僕を呼んで』のティモシー・シャラメが二人目の彼氏カイル役を演じるなど、新旧実力派俳優が勢揃い。

さらに、監督・脚本を務めるのは、『フランシス・ハ』『20センチュリー・ウーマン』でも各映画賞に多数ノミネートされ、個性派女優/次世代クリエイターとして多彩な才能を発揮するグレタ・ガーウィグ。本作では念願の単独監督デビューを果たし、自伝的要素を織り込んだオリジナル脚本も手掛けている。

青春の輝きと痛みを知る、誰もが共感して心震わせる新たな傑作がここに誕生した!

画像: 青春の輝きと痛みを知る、誰もが共感して心震わせる これは、あなたの物語

ストーリー

羽ばたけ、自分

2002年、カリフォルニア州サクラメント。閉塞感溢れる片田舎のカトリック系高校から、大都会ニューヨークへの大学進学を夢見るクリスティン(自称“レディ・バード”)。高校生活最後の1年、友達や彼氏や家族について、そして自分の将来について、悩める17歳の少女の揺れ動く心情を瑞々しくユーモアたっぷりに描いた超話題作!

監督・脚本:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナン、ローリー・メトカーフ、トレイシー・レッツ、ルーカス・ヘッジズ、ティモシー・シャラメ、ビーニー・フェルドスタイン、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ロイス・スミス
配給:東宝東和作品
2017年/アメリカ/英語/94分/ビスタサイズ/カラー/ドルビーデジタル/
原題:Lady Bird/字幕翻訳:稲田嵯裕里
作品&映像クレジット:© 2017 InterActiveCorp Films, LLC.
画像クレジット:Merie Wallace, courtesy of A24

6月1日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他にて全国ロードショー!

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