高田
ハジメの住んでいるあの町家の設定もすごくいいですよね。

根岸
あそこは源氏物語の舞台となった王宮の跡地エリア[註2]だったりもして、まさに洛中なのになぜか閑静。静かすぎて夜の撮影が大変でした。ハジメは妹や妹の彼氏と一緒に楽しそうに住んでいるし宇治にはお母さんもいるから、実は全然、孤独な人ではないんですよね。

高田
片山友希さん演じる妹さんもいいですよね。寝起きはすごく機嫌が悪くて、舌打ちをしまくるという(笑)。決定稿にはなかったですが、彼女がガングロという設定は最初からあったんですか?

山下
まずギャルがいいよね、という話から始まって、しみけんさんのような人が彼氏だったら面白いよねという流れになり、だったら、しみけんさん本人にお願いしますか、と(笑)。

根岸
しみけんさんはSNSで「演技とは何か」というようなメソッドを拾って、棒読みから始める練習をしていたらしいです。

山下
しみけんさんはすごく真面目な方で、俳優としてもっと他に出てもいいと思うんですけどね。

高田
昼間に打ち上げても見えず、夜になると静止した花火が出てくるというアイデアはいつから出てきたんですか? 決定稿を見ても、夜の記念撮影のときに花火が写っているとは書かれてないんですが。

山下
まず日本だとオリジナル作品にあった7月7日のバレンタインデー(七夕情人節)という概念がないから、それなら花火大会かなあということになって。

根岸
花火大会で約束をするという設定があったので、割と早い時期からあった気がします。ただ、現場の都合やキャスティングの変更などで、若干変わったこともありました。例えば、当初レイカは京都大学の吉田寮のような大学内の寮に住んでいるという設定だったんですが、ロケハンで見た立命館大学の寮は意外と大学から離れたところにあったんです。結構離れちゃうなー、どうしよう? と思って立命館大学の校内を見て回っていたら、いろいろな部室や研究会などが入っている学生会館の佇まいが自治区のようで面白くて。極論ですが、レイカは貧乏ゆえに写真部の部室に住みついているちょっと変わった、大学の7回生という設定にしたらどうかなと。そこに山下監督から出た、部員が一人になってしまった写真部に住むというアイデアを加えて修正しました。

©2023『1秒先の彼』製作委員会

高田
時間が止まったときに、レイカが潰した蚊を見てもらおうと歩いているあの廊下の雰囲気もいいですよね。そういう短いシーンや細部もしっかりと作り込んでいる。

山下
立命館大学は本当は綺麗なんですけど、立て看板や変わった人たちが多いという京都の学生独特のイメージや吉田寮の雰囲気を混ぜ合わせながら、架空の大学に仕立てています。ハジメがバスの中で「大学生嫌いですわ」と嫌な顔をしているシーンがありますが、あそこで岡田くんの隣に座っている大学生は実際に京都大学に通っている9回生なんです。僕が飲み屋のカウンターで飲んでいたら、たまたま横にいたのが彼で、話を聞いたら「京大の9回生です」と(笑)。だから、京都の出町柳のあたりでは実際、かなりの確率で学生に会えましたね。そういう偶然も取り入れながらつくっていきました。

根岸
演出部の岡部くんが、京都に先乗りし、京都芸術大学の俳優コースの方をはじめ、粒だちエキストラ(芝居の心得はあるが、でもエキストラに近い役)を延々と捜していました。鈴木卓爾さんに紹介してもらったり自分から声をかけたりもして、結果的にローカル感がよく出ていたと思います。また、東映の京都撮影所で関西系のオーディションもしていたので、関西在住の俳優さんたちもたくさん出ています。教授役をやっていただいた蟷螂さんなんて、関西では結構有名な芝居巧者でしたね。

山下
実際に行ってみて思ったんですが、極端にいうと京都は「京都とそれ以外」というエリアですよね。日本でそういった街は他に思いつきません。結果的には、それが面白かったですね。レイカもハジメも京都生まれではあるんだけど、まったく違う場所という感覚。そのあたりが京都という街の独特さだと感じました。

©2023『1秒先の彼』製作委員会

高田
天橋立にバスが途中までしか入れなくて、そこからは人力車で行くシーンも良かったですね。

山下
宮藤さんは最初、あの中までバスで通ろうとしていたんですけど、さすがに無理だとなって、人力車になったんです(笑)。人力車は実際にはあの場所には通っていなくて、京都市から持ってきました。

根岸
当初は天橋立をドローンで撮りたいというアイデアもあったんだけど、国立公園内は禁止されていて。

高田
オリジナル作品にはない、拝借した自転車を丁寧に戻すシーンも面白かったです。あの自転車が走るシーンもすごく良くて。

山下
オリジナル作品では、自転車のシーンは大きな交差点で車を含めすべてを止めて撮影するという大掛かりなものでしたけど、さすがに京都市内の人や車を止めて撮影することはできないので、今回は小出しにしていきました(笑)。

根岸
自転車で橋を渡るシーンは良かったよね。あそこは撮影の鎌苅洋一氏が自分でロケハンをして見つけてきたそうです。

©2023『1秒先の彼』製作委員会

高田
鎌苅さんの撮影も素晴らしいですよね。彼と組むのは今回が初めてですか?

山下
「コタキ兄弟と四苦八苦」で一度組んでいるんですが、映画では今回が初めででした。

高田
桜子役の福室莉音さんはどういった経緯で出演することになったんですか?

根岸
福室さんは最後4人まで残ったオーディションで選ばれました。オーディションにサプライズで岡田くんにも来てもらったんですが、彼女はまったく動じずに堂々としていました。その肝の据わった感じがいいなとなって。歌も素晴らしいですよね。

高田
あの悪びれない感じが良かったですね。

山下
桜子は難しい役柄だと思います。福室さんは歌に説得力があるじゃないですか。あの歌声が聞こえてきて、ドキッとするような登場の仕方をする。でも実際に桜子がやっていることは「コンビニで金を下ろしてこい」と脅すような安い美人局で、そのギャップがすごい(笑)。宮藤さんの中ではもっとふざけた感じだったのかもしれません。歌もヘラヘラとしていて、実は裏でそういうことをしていたというようなイメージ。そのあたりのバランスは、僕はどうしてもキャストに引っ張られてしまうところがあります。その意味では、レイカが彼女にお酒をかけるシーンの緊張感は福室さんだからこそ出せたとも思いますね。

©2023『1秒先の彼』製作委員会

©2023『1秒先の彼』製作委員会

高田
笑福亭笑瓶さんも素晴らしかったです。もっとお姿を拝見したかった。

山下
最初、笑瓶さんはDJの本人役で声だけの出演だったんです。今回は一人二役ですが、全然隠しきれていないですよね(笑)。

高田
山下監督の中では、そのあたりのリアリズムを保つところと飛ばすところの線引きはどうしているんですか? 全然つかめないです。

根岸
山下監督はたまにそういうことをやるよね。『味園ユニバース』では、康すおんさんが一人四役やっていたし(笑)。

山下
四役はやりすぎですけど、あれは繊細に隠していたので誰にもバレませんでした(笑)。

高田
四役やっているぞと分からせて、面白がらせる方向には行かないんですよね(笑)。

山下
行かないですね(笑)。気づいた人にはそれでいいと思うんですけど。しかし、確かにそう言われるとどういう線引きをしてるんでしょうね。

(後編に続く)

(2023年6月2日、マッチポイントにて)
(文・構成=野本幸孝)

註2:老舗「山中油店」の保有するエリアで、内部は出水町家、外観と出入りは十軒長屋の2箇所でロケされた。平安京の内裏(天皇が住んでいた宮殿)の跡地でもある。