古来の日本と外からの新しいもの、人為によるものと自然・偶然が引き起こすもの、その出会いとせめぎ合いと調和
その宋との貿易を平安末期の保守的な貴族の反対を押し切って断行したのは平清盛で、鎌倉幕府の3代将軍・源実朝は宋に使節を派遣しようと鎌倉で巨大な船を建造しようとしたことがあった。この計画は海が浅過ぎて失敗したが、鎌倉が宋と盛んに交易していたことは出土品などからも近年明らかになっている。
そして宋代の文化遺産を大量に日本にもたらしたのは足利義満、この時は朝貢を伴う外交しか正式に認めない明朝相手に、日本の天皇名義ではなく天皇ではない「日本国王」を将軍が名乗るという奇策を用いたことで、明治以降の歴史観では非常に評判が悪いのは、平清盛が悪役だと思われているのと双璧とも言えそうだが、この二人、清盛と義満のその後の日本の発展への大きな功績は、もっと正統に評価されるべきだと思う。
こうして中世から近世へと日本の絵画と視覚文化が発展する大きな原動力になったのは、(雪舟自身は明に留学したものの)日本人が直接に見ることができない中国の伝説的な景勝地を、想像上の風景として描くことだった。一方で、雪舟が本場の中国をも超えるように水墨の山水画の芸術を完成させただけでなく、国宝指定されている傑作のひとつが日本の実景を描いた「天橋立図」(京都国立博物館蔵)であることも付記しておく。
そして日本人に最も愛される国宝絵画かもしれない、長谷川等伯の「松林図屏風」がある。
水墨の山水画というジャンルの絵で、北宋・南宋以来のそのジャンルの発展を踏まえながら、この大胆に削ぎ落とされて抽象化された風景には、もはや異なった国籍を示す要素や異国情緒はない。
左隻の右端の遠景に微かに浮かび上がる円錐形の山は富士山なのかも知れない。
いずれにせよ日本人の多くはこの絵を見たら、ほぼ自動的に日本の風景だと思い、冬の雨に霞む無人の松林の寂寞たる光景に、ある種の暖かなノスタルジアすら感じてしまう。平安時代、鎌倉時代までの日本伝統の「やまと絵」とは明らかに異なった外来の、それも中国の風景を主に描く水墨山水画という「外の世界」からやって来たものと、もしかしたら等伯の故郷である能登の海岸の防風林かも知れない日本的な、奇岩が聳り立つのではない穏やかな風景のせめぎ合いと調和。写実的なようでもあり、精緻に計算された画風を得意とした絵師が挑戦した、即興的で偶然性に多くを任せたタッチ。
「松林図屏風」に近寄って松の枝と葉を間近に見ると、その抽象的な表現には平安時代や鎌倉時代の名刀の、自然現象という「人為の外の世界」から来る偶然性と刀工の精緻な計算がせめぎ合って生まれた刃文の美や、研ぎ澄まされ磨き上げられた鏡面の刀身に浮かび上がる、鉄を何層にも折り重ねて鍛えた結果の鉄の質感に、どこか共通する美意識が立ち現れる。
幕府御用絵師として狩野派が手がけた障壁画には、四季農耕図などの庶民の生活と労働を描いたものも多いが、それですら中国風の服装、中国の風俗で描くことが約束事だった。だが狩野派を破門され、中央を離れた久住守景もそうした四季農耕図を(おそらくは地方の大名や有力な武家の注文で)いくつも手がけているが、右から左に春夏秋冬が順番に展開するという約束事を離れて春が左で冬が右端という逆方向に展開する作品が現れ、農民たちの服装も日本の農村のそれが増えていく。
「納涼図屏風」は一家は住居も質素で、服装もシンプルなものだが、ひょうたんがぶら下がる軒先や、家族の服装や髪型は確かに、当時の日本のそれだ。
あるいは渡辺崋山の「鷹見泉石像」も、顔は確かに西洋画の陰影法や遠近法を取り入れた、西洋的なリアリズムの造形で描かれているがそのタッチは西洋のデッサンのような慎重な線ではないし、服装の簡潔な線による描写などは、明らかに日本的な表現だ。
人の世界の人為と自然現象と偶然性という人間外の世界、日本で引き継がれた伝統と中国などの外の世界から入って来たもの。その「内」と「外」がせめぎ合いつつ融合し、調和に至る瞬間にこそ、日本人は「美」を見出し、その偶発性にも多くを任せた「出会い」から奇跡的に生まれたものをこそ「宝」として来たのかも知れない。
なおこの展覧会は東京国立博物館所蔵の国宝すべてを紹介する「第一部」と、1872年(明治5年)に湯島聖堂で開催された博覧会から始まるこの博物館の歴史を収蔵品とそれが収蔵された時代的な文脈から考察する「第二部」で構成されている。
その歴史もまた幕末の開国による西洋という「外の世界」との出会いとせめぎ合いから始まり、それまで大名家や寺社、京都の朝廷の宝だった文化財が、近代国民国家の国民アイデンティティ醸成装置としての近代的な国立ミュージアム(最初の例はナポレオンがルーブル宮を市民に解放して旧王家の美術品コレクションや自らの戦利品を展示したルーブル美術館だが、初代館長の町田久成は薩摩藩からイギリスに留学していて、ロンドンの大英博物館に触発された)という新しい思想と出会い、急激な近代化=西洋化の中で日本人が日本人であることを意識しなければならなくなるというせめぎ合いの中からこそ生まれた、新しくて古い、古くて新しい文化を紡ぐ、新たな物語でもある。
東京国立博物館創立150年記念 特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」
- 会期: 2022年10月18日(火)~12月11日(日)
- 会場: 東京国立博物館 平成館
〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
東京国立博物館ウェブサイト https://www.tnm.jp/ - 開館時間: 午前9時30分~午後5時
※金曜・土曜日は午後8時まで開館(総合文化展は午後5時閉館) - 休館日: 月曜日
- 主催
東京国立博物館、毎日新聞社、NHK、NHKプロモーション、
独立行政法人日本芸術文化振興会、文化庁 - 協賛
JR東日本、大伸社、大和ハウス工業、三井住友銀行、
横河電機、横河ブリッジホールディングス - お問合せ: 050-5541-8600(ハローダイヤル)
- 展覧会公式サイト https://tohaku150th.jp/
※本展は事前予約制(日時指定)です。
観覧料(税込)
- 一般2,000円
- 大学生1,200円
- 高校生900円
公式オンラインチケット購入サイト https://www.e-tix.jp/tohaku150th/
※中学生以下は無料。ただし事前予約が必要です。入館の際に学生証をご提示ください。
※障がい者とその介護者1名は無料。事前予約は不要です。入館の際に障がい者手帳等をご提示ください。入館は閉館の30分前までとなります。
※東京国立博物館正門チケット売り場での販売はございません