日本の喜劇映画の才人たち
高田
本当にそうだと思います。ああいうことをアメリカ映画はちゃんと続けてるんですよね。日本では川島雄三あたりがスクリューボール感があったじゃないですか。日本のコメディ映画の延長線上にも『しとやかな獣』(62)のようなものが生まれる土壌があったのに、いつから途切れたんですかね。アメリカ映画はいまだに続いているのに。
根岸
昔は日本のコメディ映画にもいろいろありましたよね。「喜劇」シリーズを撮っていた瀬川昌治監督も往年のハリウッド映画をたくさん見ていた。前田監督は瀬川監督とお知り合いだったんですよね。
前田
『婚前特急』がイタリアのウディネ(Udine)映画祭に出て、呼ばれて行ったら瀬川さんもいらっしゃってたんです。「婚前特急」だから「僕の映画の名前使った?」と言われて(笑)。「あ、すみません!」と。瀬川さんには『喜劇 急行列車』(67)や『喜劇 婚前旅行』(69)といった映画があるので、確かにほとんど「婚前特急」じゃないですか(笑)。それで仲良くなって。瀬川さんはビリー・ワイルダーが大好きなんです。『婚前特急』をご覧になって「面白かった」とおっしゃってくださいました。面白かったのが「僕だったらラストはあの列車に空き缶をいっぱい付けたかったね」と。「可愛い〜!」と思って(笑)。そういうところは瀬川さんっぽいユーモアだなと思いました。最後に「カラカラカラーン」って。
瀬川さんって、いろいろな喜劇人とたくさん組んでいるじゃないですか。フランキー堺さん、渥美清さん、タモリさん、ビートたけしさんとも。そうした喜劇人とやってきた映画が48本。ドラマは「赤い」シリーズや「スチュワーデス物語」に「HOTEL」と、時代に順応しながらつくっていったところがすごいし、見直してみてもリズムが良いんですよね。品が良くて心地がいいし、カメラもすごく良くて。でも、コメディって凝っているように見えすぎてしまうと、跳ねずに重くなってしまったり、そこに意識がいってしまう。そのバランス感覚が瀬川さんはすごく面白くて。
根岸
照明などもあまり凝りすぎないほうが良いんだよね。
前田
でも、毎回変わった撮り方をやってはいるんです。ちゃんと遊び心を入れつつ、話を立ち上げて可笑しく見せていく技は一流だなと改めて思いました。『喜劇“夫”売ります!!』(68)も面白いですもんね。
高田
町の経済状況をしっかり説明するところから入るんだよね。
前田
そうでしたね。そこがまた当時の喜劇の面白さでもあるんです。その町の流行りとか、そういうものを最初に打ち出して「そこに住んでます」という語り方をする。でも、それも大きくいえばスタージェスっぽいのかな。架空ではないけれど、ある町のひとつの物語として。昔の邦画にはよくありましたもんね。
根岸
川島雄三は最初に社会学的な考察を入れるよね。いろいろなパターンがあるけど、『愛のお荷物』でもドキュメンタリー的な映像を入れて説明している。『幕末太陽傳』(57)ですら、当時の現代品川から始まりますから。川島雄三はそういうお遊び的なところがあって、しかも全体として軽い。弟子の今村昌平になると重くなってくるけど。
前田
それこそ根岸さんがプロデュースした森崎東監督の『離婚・恐婚・連婚』(90)なんて、スクリューボール・コメディ的じゃないですか。離婚、結婚して、またさらに離婚を繰り返して(笑)。
根岸
そうですね。あれは離婚した元夫婦という設定があって、離婚したからこそ一緒に同棲できるっていう話なんだけれども。原作は色川武大ですからね。
前田
それこそ、前半でよく倒れたりコケたりするじゃないですか。階段から落ちたり、唐さんがテーブルの上に乗ってタップダンスを踊り始めたりとか(笑)。あの自由奔放さってスクリューボール・コメディっぽいですよね。
根岸
おそらく色川武大さんご自身がレオ・マッケリーや昔の映画が大好きなので、小説にもそういうテイストが入っていたのかなと。それが監督である森崎さんとかけ合わせたときに人情喜劇っぽくもなるし、脚本の高橋洋の趣味も入って、また少し違う動きになる。スクリューボール・コメディではないけれど、確かに少し変わった考え方を持っている夫婦のドタバタ。ちょうどスクリューボール・コメディが妙に気になっていた時期でもあって、プロデューサー・デビューを森崎組でやらせていただくなかで、そういう変人喜劇的なものをどこかで求めていたのかもしれない。あれは『離婚』と『恐婚』という二つの小説を合わせて高橋洋が上手くまとめてくれて、森崎さんがささっと手を入れてくれたんだけど、それで一気に面白くなったのには痺れました。