『まときみ』は結果的にスクリューボールコメディ?
前田
『まときみ』はテンポとスピード感ができあがってきてから、結果的に「あれ?スクリューボール・コメディっぽいな」と思ったんですよ(笑)。設定の面白さもありますけどね。
根岸
変人ではあるし。
前田
大野がそうですよね。そこは分かりやすく。
高田
最初はスクリューボール・コメディをやろうとは思ってなくて、もう少しメロウなもの、オフビート・コメディでいいやと思って始めたんだけど、やっぱり好きなんですよね(笑)。
前田
うん。好みが出ちゃうっていう(笑)。
高田
結局、会話とかでスクリューボール・コメディ的なものをもう無意識に追いかけてるんですよね。最初の40分はまったく話が進まないで延々と二人で話していって、それで最後ポンポンポンと急に話が進んでいく感じが、やっぱりスクリューボールのクラッシックな映画に近くなってきてしまったという。
根岸
『まときみ』はアクションをやらなかったね。予算も含めてだけど、大ネタを入れる余地はなかったですもんね。
前田
基本、歩いて喋ってるだけですから(笑)。動きもそんなにないし、予備校だって座ったままだし。
高田
『ヒズ・ガール・フライデー』なんかも意外とドタバタ感はなくて。
根岸
でもあれも少しはアクションあるでしょ。死刑囚が机の中に隠れたり(笑)。
高田
ハワード・ホークスの映画の中ではささやかなものですよ。だからこちらもスクリューボール・コメディではないとも言い切れない(笑)。でもやっぱりスクリューボール・コメディだったら、最後に主人公の二人が宮本の講演会に行ったところでいろいろなドタバタが起きるはずですよね。でも、そこはニューシネマ的な敗北で終わる感じっていうのが。
根岸
そうね。ただ「敗北、敗北」と高田さんはずっと言ってましたけど、そこまで負けなのかなと少し思います。そのあたりはどうなんですかね。
前田
脚本を読んで僕が「いいな」と思ったのが、宮本側が正論ぶるじゃないですか。彼女が言ったことを利用して、それらしいことを言う。それで、そこに賛同するお客さんたちが皆そちらに流れていく。彼女の意見は少数派であって、正論には勝てない。あの悲しさというか、そこがいいなと思ったんですよね。
高田
二人が世の中に敗北するわけだよね。
前田
そうなんですよ。正論らしいものに世の中が動かされていくというか、正論っぽいものに勝てない彼女たち、みたいな。
高田
それで世の中を捨てて、森に入っていくという(笑)。
根岸
小泉さん側はいまの世の中で勝ち組に近い、勝てる思想というか考え方に近くて、別に負けとは思わなかったけど、大野と香住はあそこから二人で組んで、また何か対抗をしていくというところで終わる気がしたけどね。
高田
そう。これから彼彼女らは独自の価値観を二人でつくっていくんだろうなというところで終わるんですよね。
前田
最後に荷物を下ろすんです。
根岸
だからパート2がありそうな匂いがしたけどね。当たれば、つくれますよ。
高田
あはは。スクリューボール・コメディって対立構造みたいなものをつくるわけじゃないですか。今回は「普通」というのを仮想敵としてやっていくわけですよね。最初はそこに擦り寄ろうとするというか、普通の中に入ろうとするんだけど、むしろそこから背を向けて森の中に入って行く。結局、そんなものはどうでもいいんじゃないかという風に捨てていく。スクリューボール・コメディだったら、非常識が勝って二人がくっついて終わる、みたいなことになると思うんですけど、そこはさっきもおっしゃっていたニューシネマ以降の苦い終わりになる感じはあると思うんですよね。
根岸
だけど暗い終わりでは全然なくて、むしろ爽やかにエンドがきたよね。
前田
やっと自然になれたっていうかね(笑)。理屈や鎧を全部剥がした状態、一番自然体でいられるシーンが最後。
根岸
最後に裸になったってことですかね。
前田
そうですね。裸になって、いつもの関係だけど新しい関係っていう場所にやっと辿り着けた。
高田
そうなんですよ。だからキャラの説明のために、それを延々と書きました。彼女は普通の理屈を鎧として纏っているんだけど、常識のない大野からの突っ込みによって、徐々にその鎧を剥がされていくという流れを。
前田
最後はストレートな感情をもらってね(笑)。「あいつが許せないよ!君を傷つけたあいつが許せない!」という理屈を超えたものがあって。
高田
それで、もう少し生身になっても良いんじゃないかっていう所に行き着く。
前田
でも脚本づくりがそこに行き着くのかどうかは分からないままでしたね(笑)。始まりがそもそも「これ何の話だよ」って(笑)。
高田
僕がやり取りを延々と書いていたんですけど、話がつくれなかったんです。半年ほど経ったときに、前田監督が痺れを切らして電話をくれた。それで「実は少しずつ書いてますが、こんなやり取りを書いてるんだけど話が進まない」と脚本を読み上げたら「いいじゃないですか」と。「それをそのままやってください」という返事だったので、励まされました(笑)。
前田
「噛み合わない会話が最後まで続くんですよね。それで最後までいきましょう。ちょっと見てみたいですよ」と励まして(笑)。
高田
「じゃあ、ちょっとやってみるわ」と。
前田
「そういう体感時間でいいんじゃないですか。できるかどうか分からないけれども」と言って(笑)。
高田
まさかこれが成立するとは思わずに書いていました。成立しなくても自力の低予算で撮れるように、自主映画でも撮れるぐらいの要素しか書かないようにして。
前田
大きいハコがないんですよね。唯一、演説するシーンくらいで。
高田
そうそう。あの公民館ぐらいで、あとはもうお金がかかる要素なしで書こうとしてた。
前田
「あなたは、私の計画を台無しにしても平気な顔して『次の計画は?』って聞いてきました。私は、あなたのことを殺したい!と思いました。なぜでしょう」というくだりとかは「凄え!」と思って(笑)。もう、そういうのドンドン出してほしいとお願いしました。大体、大野が美奈子と天ぷら屋で会って初めて話しかけるシーンまでにもう40分近く経っているんですよ。それまでにやったことといえば食器屋さんに行っただけ
。凄いですよね(笑)。「一体どこほっつき歩いてたの?」って。
高田
食器屋へ行って、結局失敗したっていう。やっと話が進んだと思ったらそこまでかよと。
根岸
探偵のバディものっぽい匂いもあるもんね。
前田
そうですね。以前ドラマで『婚前特急−結婚まであと117日−』(11)という『婚前特急』のスピンオフをやったんですよ。宇野祥平と吉高さんの二人が延々と喋っていくだけという。今回もああいうノリでいきたいねという話はしたんですよね。
高田
ドタバタじゃなくて、わりとオフビートな感じでずっと進んでいく。
根岸
前田監督の自主映画で『遊泳禁止区域』(07)が台詞を喋る俳優をずっと長回しのトラックバックで撮っていくスタイルだったけど、何となくあれに近いとは思った。それを撮影の池内さんがスマートに捉えてくれたなっていう気がしましたね。
前田
今回はなんかちょっとこう、力を抜いてやりたいなという気持ちがあって。手は抜かないけど(笑)。
高田
一回、初心に戻ろうみたいな気持ちが。
根岸
でも、それが逆にすごく上手くいったっていうのがあったけどね(笑)。いろいろな要素を入れすぎて、ごちゃごちゃにするよりは全然シンプルで潔くて、上手くいったのかなと。『婚前特急』はさまざまな要素をごた混ぜにしてる感じがあって撮影が大変でしたが、今回はさらっと撮っちゃいましたね。