新連載:夜の葉~映画をめぐる雑感~野本幸孝
#1 『長江 愛の詩』と木下杢太郎「それが一体何になる」
「それが一体何になる」
その昔の夢が、よしや譬ひ秋の日の
大きな樟の梢のように実になつたからと云つて、
それが何になる。それが為に今の此のおれが
どれだけ幸福になつてゐる。
どれだけ価値(ねうち)を増してゐる。
大都東京の街中で人が後を見返つて、
あれこそあの人だとささやき合つたからと云つて、それが何になる。
人の金を借りて大きな地面を買ひ、
それをまた人に売る仲買人の栄耀は、
それは取りたい人に取らせておけ、生から死まで
ただ自分の本当の楽しみの為めに本を読め、
生きろ、恨むな、悲しむな。
空(くう)の上に空(くう)を建てるな。
思ひ煩ふな。
かの昔の青い陶の器の
地の底に埋れながら青...