20世紀アメリカの国民的画家アンドリュー・ワイエス(1917-2009)。
彼の描く世界は静謐な空間に包まれ、どこか哀愁が感じられます。
彼は、自分の身近な風景と人々を写実的に描きましたが、精緻に描かれた情景は、単なる目の前の景色を再現描写したものではなく、彼の深い精神世界が反映されたものでした。
彼の作品には窓や扉など、「境界」を示すモティーフがたびたび描かれています。それらは、どのようなことを意味していたのでしょうか?
「アメリカを描く」画家として支持され、日本でも過去に開催された展覧会で人気を博し、今なお、人々を魅了し続けるアンドリュー・ワイエス。彼の没後、日本初となる待望の回顧展が、東京都美術館(2026年4月28日~7月5日)と、豊田市美術館(2026年7月18日〜9月23日)で好評を博し、このたび、あべのハルカス美術館(2026年10月3日〜12月6日)にて開催されます。
本展では、日本初公開作品15点を含め、100点のワイエス作品が一堂に集結しています。
第二次世界大戦後のアメリカでは、アメリカ抽象表現主義、ネオ・ダダ 、ポップアートといった美術が脚光を浴びていましたが、ワイエスは、前衛的動向からは距離を置き、独自の芸術を選び、ひたすら自分の身近な人々と風景を描き続けました。
本展では、ワイエスの作品に描かれている「境界」に注目し、作品を辿ります。リアリズムの奥にあるワイエスの精神世界をご覧ください。
第1章 ワイエスという画家
アンドリュー・ワイエスは、1917年7月12日、高名な挿絵画家だったN.C.ワイエスの5番目の子としてペンシルヴェニア州チャッズ・フォードの自宅で生まれました。幼い時から父の手ほどきを受けて画家の道へ進み、1937年の個展では全作品が完売するなど、若くして頭角を現します。同時代の前衛的な芸術動向から距離を置き、生まれ故郷のペンシルヴェニア州と夏の家のあるメイン州という、少年時代から行き来した二つの地域の身近な人々と風景を描きました。

《自画像》1945年 テンペラ、パネル ナショナル・アカデミー・オブ・デザイン、ニューヨーク
National Academy of Design, New York, USA/Bridgeman Images. ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
ある日突然、踏切事故で父が他界してしまい、この作品は丁度そのころに描かれました。
ワイエスが残した自画像は多くはありませんが、本作からは、苦悩に満ちたワイエスの表情が感じられます。
第2章 光と影
ワイエスは光と影を巧みに使用して描きますが、それは「生と死」という人が逃れられない命題と向き合った結果として、画面構成に表れたものといえるでしょう。
ですが、ワイエスは「生」と「死」を対立したものとして捉えるのではなく、つながり合うものとして捉えています。それは、日本人の「世の無常」という哲学とも響き合って、ワイエス作品の底流を成すものとなっています。

《洗濯物》 1961年 水彩、紙 カマー美術館、ジャクソンビル
Gift of an Anonymous Donor,Cummer Museum of Art & Gardens, Jacksonville, Florida, USA©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
ワイエスの妻ベッツィが干した洗濯物が風になびき、洗濯物やバスケット、飼い犬も光に照らされています。一方、背景や窓は暗く沈んで見えます。単なる洗濯物の風景ではなく、ワイエスの妻の有能なマネージャーとしての影の仕事と、家を切り盛りする主婦としての仕事を表現しているようです。

《粉挽き場》1962年 テンペラ、パネル フィラデルフィア美術館 Philadelphia Museum of Art: Gift of the Honorable Walter H. Annenberg and Leonore Annenberg and the Annenberg Foundation, 2007-13-3 ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
本作は後にワイエスの自宅となる風景です。残雪の残るどこか寂しい荒涼とした景色。画面手前の有刺鉄線は、外の世界と画家の内なる世界の境界を象徴するものかも知れません。そこに枯れ葉が引っかかっていますが、この小屋と穀物倉庫は古い建物で、以前にこの地を襲った洪水の爪痕でしょう。木立の間を飛ぶ2羽の白鳩は、ワイエスと妻の投影とみられます。
第3章 ニューイングランドの家 オルソン・ハウス
ワイエスは、「アメリカを描く」と語っていました。それはアメリカの風景を描くのではなく、その国の歴史であり、そこに生きる人々を意味していたと考えられます。

《クリスティーナ・オルソン》1947年 テンペラ・パネル マイロン・クニン・コレクション、ミネアポリス
Myron Kunin Collection of American Art, Minneapolis, MN photo: Curtis Galleries, Inc.
© 2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
本作は、ワイエスが特に思い出深いと語っていた作品です。本作のモデルとなっているクリスティーナ・オルソンは進行性の病気のため、脚が不自由でしたが、弟・アルヴァロとふたりで、たくましく生き、独立心を持った女性で、ワイエスは、敬意の念を抱いていました。
午後の陽射しがオルソン・ハウスに差し込み、静かにたたずむクリスティーナを照らし出しています。外からの風が彼女の髪をなびかせ、彼女はどこか遠くを眺めているようです。
陽の光があふれる外の世界と暗い室内の境界となる扉の前に座るクリスティーナ。
ワイエスの作品には、窓や扉といったモティーフが多く見られますが、それらは、「外と内」、「光と影」、「生と死」といった世界の境界を示すものだったのでしょう。

《オルソン家の終焉》 1969年 テンペラ、パネル クリーブランド美術館
The Cleveland Museum of Art, Promised Gift of Nancy F.
and Joseph P. Keithley ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
脚の不自由なクリスティーナは1階で生活し、弟のアルヴァロもそうだったので、オルソン家の2階から上を誰も使うことはなく、ワイエスは、そこをアトリエとして使わせてもらっていました。姉弟の没後、この家を訪れたワイエスは、2階の窓から、屋根を見下ろし、かつて二人の声が煙突を通して聞こえていたことを思い出したそうです。
2羽のつばめが飛来する様子が描かれていて、姉弟を象徴しているようです。
第4章 まなざしのひろがり
ワイエスは「題材を変えることは、私にとってはそれほど重要なことではない。なぜなら、ひとつの題材からいつも新しい発見があるからだ。」と述べています。

《乗船の一行》 1982年 テンペラ、パネル フィルブルック美術館、タルサ
Philbrook Museum of Art, Tulsa, Oklahoma. Bequest of Marylouise Cowan, 2010.9.11.
©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
船の出航の時刻でしょうか。無人の部屋が描かれていますが、つい今しがたまで人でにぎわっていた気配が漂っています。静寂の中に微妙な雰囲気が描き出されています。
本作は、メイン州の島のワイエスの自宅を描いたものです。窓の外にヨットの帆の影が描かれ、乗船する人々を連想させています。誰もいなくなった部屋は、旅立ちを暗示しています。

《花びら》 1991年 水彩、紙 ボストン美術館
Museum of Fine Arts, Boston, Bequest of Sandra Sheppard Rodgers
©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
ペンシルヴェニア州にあるワイエスの自宅の母屋。開かれた窓は夫婦の寝室の窓で、花の香りや爽やかな空気が室内に入り込むようです。この窓は夫婦と外の世界をつなぐ象徴といえるでしょう。
第5章 境界あるいは窓
ワイエスが作品に描いた窓のこちら側と向こう側、氷の上と下といった「境界」は分断や隔たりを示すものではなく、広い世界へとつながっていく窓であったのでしょう。

《ゼラニウム》 1960年 ドライブラッシュ・水彩、紙 ファーンズワース美術館、ロックランド Collection of the Farnsworth Art Museum, Rockland, Maine, Bequest of Betsy James Wyeth Trust,2021.1.1 ©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
本作は、オルソン・ハウスの台所の窓を正面から描いた作品。
窓の内側には人影があり、クリスティーナが好んだ赤いゼラニウムの花によって、人影がクリスティーナであることが暗示されています。
暗い室内の向こう側にも窓があり、光に溢れる針葉樹の葉までも繊細に描かれています。
外からの光がクリスティーナの髪を照らし、暗い室内と明るい外の世界とのつながりが感じられ、脚が不自由であった彼女のいる部屋が閉ざされた空間ではないことが示されています。

アンドリュー・ワイエス《薄氷》 1969年 テンペラ、パネル 株式会社三井住友銀行
©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
本作は日本で初めて収蔵されました。50年ぶりの公開となります。
一見、抽象絵画と思われますが、一枚の枯れ葉は精緻に描かれ、氷下との境界となっています。薄氷の中にたくさんの落ち葉が見られます。繊細な気泡が水流を感じさせます。たくさんの落ち葉はワイエスの人生のさまざまな思い出でしょうか。「生と死」儚さが感じられる人生が凝縮された作品です。

アンドリュー・ワイエス《ヒトデ》1986年 水彩、紙 フィルブルック美術館、タルサ Philbrook Museum of Art,Tulsa, Oklahoma. Bequest of Marylouise Cowan, 2010.9.14.©2026 Wyeth Foundation for American Art / ARS, New York / JASPAR, Tokyo
双眼鏡を覗く妻ベッツィの姿が窓越しに見え、その向こうに水平線が見えます。今まで比較的、白と黒のモノトーンやセピア色など抑えた色彩で描かれたワイエスの作品でしたが、本作は海の澄んだ水色や白い窓枠や壁など明るい色彩が印象的です。
作品名になっているヒトデが窓枠に並んでいます。
妻は双眼鏡の先に海に出た息子たちの姿を追っているのでしょうか。窓という境界によって内と外が隔てられ、また、この切り取られた世界と、それを観ているこちら側の世界、更に双眼鏡が向けられたその先に広がる世界など、いろいろな想像が広がります。
ワイエスが描く静謐で叙情的な景色。ワイエスが描く繊細な風景は、単なる写実ではなく、窓や扉といった境界を介して、「外の世界と内なる世界」、「光と影」、「生と死」、彼の精神世界を描き出したものだったようです。
是非、美術館でアンドリュー・ワイエスの世界をご堪能ください。
展覧会概要
会場 あべのハルカス美術館
大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16F
開催期間 2026年10月3日(土)~ 12月6日(日)
会期中、一部展示替えがあります
前期:10月3日(土)~11月3日(火・祝) 後期:11月4日(水)~12月6日(日)
※詳細は作品目録をご確認ください
開館時間 火~金 / 10:00~20:00 月土日祝 / 10:00~18:00
*入館は閉館30分前まで
休館日 2026年10月5日(月)
入館料など詳細は展覧会公式サイトをご覧ください。
展覧会公式サイト https://wyeth2026.jp/
大阪展公式サイト https://www.ktv.jp/event/wyeth/
シネフィルチケットプレゼント
下記の必要事項、をご記入の上、「アンドリュー・ワイエス展」@大阪・あべのハルカス美術館 シネフィルチケットプレゼント係宛てに、メールでご応募ください。
抽選の上2組4名様に、無料観覧券をお送り致します。この観覧券は、非売品です。
転売業者などに転売されませんようによろしくお願い致します。
☆応募先メールアドレス miramiru.next@gmail.com
★応募締め切りは2026年10月12日 月曜日 24:00
記載内容
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