(カバー画像)神戸市立博物館 特別展「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
幕末に生まれ、明治期にかけて活躍した絵師・河鍋暁斎(かわなべきょうさい)(1831-89)。暁斎は、武者絵や猫の作品で人気を博した浮世絵師・歌川国芳(うたがわくによし)に手ほどきを受け、御用絵師の一派である駿河台狩野派(するがだいかのうは)で修業を積み、その後も様々な流派に学び、独自の画境を開きました。
人前で、即興で絵を描く席画(せきが)を得意とし、自らを「画鬼(がき)」と称するほどに熱心だった暁斎。酒好きで、明治3年(1870)の書画会(しょがかい)では酔って描いた絵が見咎(みとが)められ、逮捕・投獄されました。翌年にそれ以前の「狂斎」の号の「狂」を「暁」に改め、暁斎(きょうさい)」としました。その後も人気絵師として活躍し、開国後は欧米人にも注目され、英国人建築家のジョサイア・コンドルらが弟子となりました。
高い画技とユニークな発想で描かれた暁斎の作品は、いまなお、国内外で人気を誇っています。深い知識と審美眼を持った英国のイスラエル・ゴールドマン氏も暁斎作品のコレクターで、彼のコレクションは世界でもトップクラスです。
このたび、東京・サントリー美術館で大盛況を博した特別展「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」が、兵庫・神戸市立博物館にて、2026年 9月23日(水・祝)まで開催されています。
本展では、世界屈指の暁斎コレクターであるゴールドマン氏の所蔵作品から約110点が厳選され、コレクションを代表する暁斎の掛軸、巻物、屏風絵などの肉筆画と版本・版画の名品に加えて、下絵や画稿、および日本の展覧会で初公開となる優品の数々が紹介されています。展覧会構成は、肉筆画の代表作『ゴールドマンコレクションのスターたち』、『けもの』、『ひと』、『おに』、『かみ・ほとけ』『版画の名品』となっています。
ゴールドマンコレクションのスターたち

河鍋暁斎《地獄太夫と一休》 明治4~22年(1871-89) 絹本着彩
イスラエル・ゴールドマン・コレクション 神戸市立博物館 特別展「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
《地獄太夫と一休》は大衆に流布していた遊女と、一休宋純の逸話を描いたもので、その場で即席に書いた、軽筆の「席画」とは異なり、「本画(ほんが)」といって丁寧に繊細に描かれた浮世絵です。遊女の艶やかな着物の絵柄が繊細に描かれ、一休は骸骨とともに踊り、ユーモアあふれる描写になっています。

河鍋暁斎《地獄太夫と一休》明治4~22年(1871–89) 絹本着彩 イスラエル・ゴールドマン・コレクション 【日本初出品】神戸市立博物館 特別展「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」内覧会にて撮影 photo by © cinefil

河鍋暁斎《閻魔大王浄玻璃鏡図》明治4~22年(1871-89) 絹本着彩 イスラエル・ゴールドマン・コレクション 神戸市立博物館 特別展「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
本作は、地獄の閻魔大王(えんまだいおう)の前で、生前の亡者の所業を悪行も含めて余さず映し出す浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)と、その前の若い女性の亡者が描かれています。左に描かれている鬼は、恐ろしい刀を右手に執り、左手には、白装束を着て顔が灰色の女性の黒髪を掴んでいます。右の鏡には、美しい若い女の姿がそのままに鏡面に示され、彼女の生前の悪事は一切映っていません。「人間誰しも生前には何かやましいことに手を染めているはず」と、思っていた閻魔大王は、浄玻璃鏡にただ美しい女性の姿が映るだけの状況を見て驚いているようです。

河鍋暁斎《蛙の学校》明治零年代中頃(1870年代前半) 紙本着彩 イスラエル・ゴールドマン・コレクション 神戸市立博物館 特別展「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
暁斎は蛙を好んで多くの作品を描きました。本作は、蛙の学校の授業中の様子を描いています。水墨の技法で表された竹の下で、先生の蛙が立ち上がって、細くて長い枝を振って授業を進めています。蓮の大きな丸い緑の葉の下で、座って授業を受けている生徒の蛙たちが2匹いて、そのうち緑の蛙は先生に合わせて声を出しています。
狩野派で培った本格的な画技に、狂画(当時「戯画」を指して最も一般的に使われた言葉)のユーモアやその時代の世相を融合させた暁斎は、肉筆画と版画の両分野で独自の表現世界を切り拓きました。

河鍋暁斎《百鬼夜行図屏風》明治4~22年(1871-89)紙本着彩 イスラエル・ゴールドマン・コレクション 神戸市立博物館 特別展「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
「百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)」とは、さまざまな妖怪が夜中に練り歩く行進のこと。本作の付喪神(つくもがみ)や妖怪は、室町時代の絵画《百鬼夜行絵巻》(京都大徳寺真珠庵)のアレンジです。他は暁斎の創作で、ユーモアあふれる発想となっています。
けもの

河鍋暁斎《猫又図》 明治4~22年(1871-89) 紙本淡彩
イスラエル・ゴールドマン・コレクション 【日本初出品】
即興で絵を描く席画を得意とし、客の求めに応じて描く書画会にしばしば参加していました。《猫又図》は、席画で、猫の妖怪「猫又」をコミカルに、その動きも素早い描写で描いています。
暁斎は《百鬼夜行図屏風》でも妖怪たちの夜の行進を描き、妖怪を描くことは得意であったようです。

河鍋暁斎《蝶と菊に猫》明治4~22年(1871-89) 絹本着彩 イスラエル・ゴールドマン・コレクション【日本初出品】
菊や蝶は、中国の画題で長寿を表すものです。本作は、白い猫の毛並みが丁寧に精緻に描かれている本画です。
暁斎は猫を好み多くの作品を描きました。暁斎が描く動物たちは、時には愛らしく、時には野性味を感じさせます。

河鍋暁斎《烏瓜に双鴉図》明治4~22年(1871-89) 絹本着彩 イスラエル・ゴールドマン・コレクション
暁斎が描く『けもの』の中でも、鴉(からす)と蛙は、暁斎のトレードマークともいえる特別な画題です。暁斎にとって動物を描くことは、自然界の観察であると同時に、伝統的画題に取り組むことであり、また狂画として当時の人間社会を写す手段ともなっていました。
ひと

河鍋暁斎《三味線を弾く洋装の骸骨と踊る妖怪》明治4~12年(1871-79)紙本淡彩 イスラエル・ゴールドマン・コレクション
神戸市立博物館 特別展「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
洋装にシルクハットをかぶっていますが後ろに日本刀が見えて、いくら西洋風を気取っていても中身が旧態依然(きゅうたいいぜん)な人を揶揄している作品です。
おに

河鍋暁斎《大津絵夕立図 》 文久2年(1862) 絹本着彩 イスラエル・ゴールドマン・コレクション
【日本初出品】 神戸市立博物館 特別展「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
地獄の獄卒や、羅漢などの仏教の聖者に従う眷属(けんぞく)の鬼、風神・雷神、魁星(かいせい)鍾馗(しょうき)に追われる鬼、追儺(ついな)の鬼、大津絵の鬼など、暁斎は好んで様々な鬼を絵にしています。恐ろしさよりも、どこか親しみや愛嬌を感じさせる鬼が多いのが特徴です。暁斎のユーモアや鬼に対する親しみを感じてください。
酒狂、好色などの「悪癖」は鬼の属性とされ、暁斎は酒好きの自分を鬼の姿に重ねたようで、鬼に対して特別な思いを抱いていたことがわかります。

河鍋暁斎《酒のツマミに鰹を準備する鬼》慶応元年(1865)頃~明治3年(1870)紙本淡彩 イスラエル・ゴールドマン・コレクション
神戸市立博物館 特別展「ゴールドマン コレクション 河鍋暁斎の世界」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
愛称で「画鬼」とも呼ばれていた暁斎。自身の姿を鬼で表すこともあり、酒好きという共通点もあり、本作には自画像的な意味も込められているのでしょう。
かみ・ほとけ
明治12年(1879)頃、暁斎は本郷湯島にある真言宗・霊雲寺の法弟となり、「暁斎」の
画号に加えて「如空」の法号も用いるようになりました。信仰の対象として描いた仏画は、達磨禅師、観音菩薩、文殊菩薩などが多く確認されています。
