1975年生まれの二人の監督が2022年に撮った「シングルマザー」映画をを見比べます。ミカエル・アース監督は、80年代を背景に描くようです。

『午前4時にパリの夜は明ける』は、開放感あふれる映画だ。夫から捨てられた女性エリザベートは、無防備で、自分が困っているのに、もっと困っている若い女の子タルラに、さっと、手を差し伸べて、拾ってきて同居してしまうし。なんなら、タルラの前でも、かっこ悪い姿を見せるし、なぐさめられたら、さめざめと泣いちゃう。なんと言うか。描いている母親も、その相手となる男性も、子供たちも、全然、優等生じゃないのに、彼ら家族は、その女の子との関係の中で、解放され幸せになっていく。それが、全然、力みがなく、大げさじゃないのだ。

画像1: © 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

© 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

たぶんそれは、時代設定による。そう、この作品って、1981年にミッテランが大統領選挙に勝って、夜の街に、歓喜する人々が繰り出し溢れている映像からはじまるのだ。劇映画部分に実際の80年代のパリの街路の映像がしばしば挿入されるという作りなのだけど、それが、なんとも魅力的なのだ。失敗と調整を重ねながらも、小さな政府ではなく、大きな政府を探り、労働者の福祉や権利の充実をはかった時代。死刑が廃止された時代。そうなのだ。冷戦下だったし、差別は今よりもっと露骨で、それでも、不思議と80年代、今よりも空気がもっと自由だった。

もちろんこれは、架空の80年代。80年代に子供だった演出家が、その頃見ていた、ティーンエイジャーと大人たちを、再構成する。自分が物心つく頃。あの、自分のまわりの街の風景が、人が、見えて、鳴っている音楽が聞こえているけど。まだそれが、相対的に見て、どんな場所なのか、どんな音楽家によるものなのかは、調べ始めない。だからこそ、圧倒的に体にしみこむ感じを頼りに。それにしても、この「シングルマザー」は、困りながらも、感覚は、なんて自由なんだろう。「現代で、ひとり親を語ってもつまらない」というようなことを監督はインタビューで答えているし、私もそう思う。マクロンの時代、新自由主義が行き渡った時代設定で、「シングルマザー」を描くのはむつかしい。落ちこぼれることも、人前で泣くことも、誰かをさっと助けることも、無言でバカにされるこの時代では。

画像2: © 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

© 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

そして、この映画は、ジャック・リヴェット監督をフィーチャーした映画なのだけども、ポイントは、アース監督は、リヴェット監督も、リヴェット映画も、そこまで仰ぎ見てはいない、ということだと思う。抑圧を受けていない。むしろ、うまく「使っている」。エリザベートの家に居候するタルラは、リヴェット映画の大ファンで、リヴェット映画の主演、パルカル・オジェ推し。髪型やメークを真似してる。挿入される、ドキュメンタリー『ジャック・リヴェット、夜警』(1990年/クレール・ドゥニ)を見たことがあるんだけど。都市の中で「隙間」のような意味のない空間が好きだ、そういう場所でこそ映画を撮りたいし、なんなら、その「隙間」のような時間や場所を見つけるために、ずっと夜警のように、夜もパリの街を見張っていたいんだというようなことをリヴェットは語っていたような気がする(ずっと前のことなので、正確じゃないかもしれないけど、すごく印象的だった)。それと呼応するように、この映画の原題は『夜の乗客達』(同乗者たちと言った方がいいのかしら)。主人公のエリザベートが深夜放送の「夜の乗客達」という番組に職を得るところからきているのだけども。他人同士が偶然同じ乗り物に乗り合わせて、一緒に夜を過ごすようなイメージ。偶然にできた温かい人間関係、温かい時間。こうやって、アース監督は、自分の映画の中に、リヴェットの映画とリヴェットの時代を取り込んでいる。こっちが向こうにいくんじゃなくて、こっちの描きたい世界に向こうが入ってきてもらう。とても、軽やかだな、と関心する。

最後に、子供が独立したあとに、新しいパートナーと暮らすために、エリザベートがマンションを売り払い、そこを出ていくことになるのだけど。でていく前に、その大きな窓辺で、一人、座ってタバコを吸っている。「シングルマザー」の孤独と解放、自立をこんなに、静かで控えめで、素敵な一つの画で見たことって、かつて、あったろうか、と、心底、ハッとさせられたのだ。この映画は、ある女性の自立と開放を、静かだけど、きちんと明るく描いた、見事な「シングルマザー」映画となってると思う。

アース監督が言うように、こんな映画は、現代を舞台にしては撮れないのかもしれない。80年代の日本映画にも、この映画が導入したような「隙間」があった。今、その「隙間」をみつけるのは、とんでもなくむつかしいと感じるのと同じように。

一方、ミア・ハンセン=ラブ監督は、現代を舞台に、ベルイマン映画を想起させる映画を撮ります。

画像1: 一方、ミア・ハンセン=ラブ監督は、現代を舞台に、ベルイマン映画を想起させる映画を撮ります。

それに対して、『それでも私は生きていく』は、冒頭から、こんなにクラシカルな「作り」なのか、と驚いたのだ。現代が舞台なのにどこか古いニュアンスを帯びるのは、イングマール・ベルイマン監督の映画のサントラから音楽を抜いてあてているせいなのだろうか。ベルイマン 映画の持つ、ちょっと懐古っぽい感じ。「今ここ」を描いているというより、「昔々、若くして夫を亡くした女性がおりまして幼い子供と住んでおりました。独居する父親も衰え、彼女は毎日父親を見舞わねばなりませんでしたが、新しい相手が現れることを待ち望んでもおりました、さて、そんなとき」と弁士が喋り出しそうな感じ。ベルイマンの映画が抑圧的であるように、ドラマ自体が音楽で狭い空間に閉じ込められてしまうような音楽のつけ方だと思う。

画像2: 一方、ミア・ハンセン=ラブ監督は、現代を舞台に、ベルイマン映画を想起させる映画を撮ります。

音楽とも連動するように、主人公サンドラも、施設で暮らす父親も、いつも狭い空間に閉じ込められている。主人公が恋に落ちる相手は既婚者クレマンで、人の目を気にして、外でデートするときも、危なっかしい。電車やバスや徒歩で移動するときも、通訳の仕事をするときも、いつも、どこか空間が閉じている。もちろん、この空間の作り方は、主人公の心の反映なのだ。介護や子育てをしていても、既婚の男性とつきあっていても、狭い空間に閉じ込められる必要もないだろう。閉じ込められているのではなく、サンドラには、閉じこもる必然性がある。もし、自分の扉を開けたとしても、いいものだけが入ってくる保証はないと感じているのだ。これは、世界への信頼が揺らぎ、ほんとうに信頼し得る物なのか、と問わずにはいられない人物の物語である。80年代よりずっと権利は保証され、ましになったはずの現在を舞台にした「シングルマザー」映画は、他者に心を預けても大丈夫なアース監督の映画と、驚くほど対照的な世界なのだ。

サンドラの世界への信頼は、ガタガタ崩れつつある。父親は、神経性の難病によって、知覚や空間把握だけでなく、自負していた知性や記憶をも、なくしていく。とうとう、娘のサンドラのことすらわからなくなっていくし、頼みの綱である、恋の相手クレマンは、妻と自分との間を揺れ動き、優柔不断で信頼することができない。

サンドラ自身も、パパに執着、葛藤することから逃れられない。前作『ベルイマン島にて』で、ハンセン=ラブ監督は、イングマール・ベルイマン の自伝的離婚映画『ある結婚の風景』を撮った家で夫と夏を過ごす映画監督の妻が、行き詰まって別の男と関係する映画を撮ってしまったのを思い出す。「先行する映画からの抑圧と、それとの葛藤、脱出」というテーマなのだけど。ポイントは、先行する映画に、同じ映画監督である「夫」からの抑圧か重なることである。ハンセン=ラブにおいては、「父親」や「夫」からの抑圧というのが、「先行する映画」からの抑圧と重なっていく。

画像3: 一方、ミア・ハンセン=ラブ監督は、現代を舞台に、ベルイマン映画を想起させる映画を撮ります。

本作においては、父親の記憶や認知能力が本格的にダメになるタイミングと入れ替わりに、男は、妻を捨て、サンドラの物となり。父親を失うかわりにクレマンとの新しい家庭を得るのだが。このシーンが大変印象的で。何もわからなくなった父親を置き去りにするのだ。「父親を見捨ててもいい。引き受けなくてもいい。」つまり、それは、ハンセン=ラブにとっては、「よき映画」の後継者でなくてもいい。「そろそろ、わたし、先行する映画からの抑圧を脱してもいいよね?」ということを無意識にやっているんじゃないか。とも感じるのだ。

映画の最後に、新しいパートナーとなったクレマンが、8歳の娘に、サクレクール寺院の展望台から、「君の家は、ここからまっすぐ行った所だよ」と、虚空を手先で切るようにして、方向をしめす。これ自体は、大変、解放的なシーンであり身振りだ。でも、これは、サンドラのアクションではない。クレマンと娘のアクションだ。そこから、ロングのバックショットになり、クレマンの手が、サンドラの肩を抱いて映画が終わる。あれ。これって、抑圧から開放されたのかされなかったのかわからない、曖昧なところに、主人公を閉じ込めていないだろうか。映画のラストって、監督をそこに閉じ込めてしまう傾向にあるから。現実にも、ハンセン=ラブは、まだ、そこにあるのではないか。

画像4: 一方、ミア・ハンセン=ラブ監督は、現代を舞台に、ベルイマン映画を想起させる映画を撮ります。

この映画の原題は、「ある晴れた朝」だ。亡くなりゆく父親が、最期に書こうとして書けなかった自伝のタイトルだ。つまりそれが、サンドラの新しい家族の新しいはじまりと重ねられ。ラストのクレジットの曲は『love is remain』、「愛は残り続ける」、なのだ。はじまりと終わりの円環構造。結局は、閉じてるのじゃないか、この映画は。抑圧は形を変えて存在して、むしろ、ハンセン=ラブの場合、それこそが映画を作る原動力となっているのではないか?とも感じる。

それでも、わたしは、「現代」を舞台にした「自伝的」な映画を撮ろうとする、ミア・ハンセン=ラブに。いつか、『午前4時にパリの夜は明ける』にあったような、開放的なシーンを撮ってほしい、彼女がそのようなシーンを撮るのをみたい、と思ってしまう。ここまで強い抑圧をはねのけるからには、それは、大変に力強い映画になるだろう。

いずれにしても本作が、彼女のフィルモグラフィーの中で、「パートナー」や「父親」および、「先行する映画」からの抑圧から抜け出す、ある一つの過程だったね。まさに、原題どおり、ある晴れた朝、新しいはじまりだったね。ということに後から考えるとなったらうれしい、のだ。(余計なお世話だけども)だって、ベルイマン映画なり、リヴェット映画なりを、そのまま、内面化して映画を作るというのは、やはり、今を生きる人間にとってみれば、ちょっと「過剰適応」じゃないだろうか。というのは、私も10代からずっとベルイマンやリヴェットを見てるけど、見直してみると、「これはちょっと…」というところだってある。(というか、小学生の頃から、あんなに好きだったベルイマンに関しては、ありまくり、だ)でも、それってあたりまえのことだし。そもそも、ベルイマンだってリヴェットだって、今、ここにいて、当時と、全く同じものを作るとは思えない。どの時代のどの監督も、その人の描きたいものって、そのとき、その場所に、その人の、心の中だけに、あるのだから。(終)

木村有理子(きむら・ありこ)
映画監督。慶応義塾大学環境情報学部卒。角川大映に勤務の後、様々な媒体に映画評を寄稿。主な監督作品に『犬を撃つ』(カンヌ国際映画祭正式出品)、『わたしたちがうたうとき』(ソウル国際女性映画祭招待作品)、『くまのがっこうのみゅーじかるができるまで』(ドキュメンタリー)。

『午前4時にパリの夜は明ける』シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントにて絶賛公開中!

1981年、パリ。結婚生活が終わりを迎え、ひとりで子供たちを養うことになったエリザベートは、深夜放送のラジオ番組の仕事に就くことに。そこで出会った家出少女のタルラを自宅へ招き入れる。ともに過ごすなかで「家族」はそれぞれの人生を見つめ直していく…。
夫との別れ、新たな出会い、子供たちの成長――訪れる様々な変化。不安や戸惑いを覚えながらも1歩ずつ前へと進んでいくエリザベートの姿が、観るものの胸を打つ。ラジオから流れる優しい声に耳を傾けるうち、些細な、あるいは平凡にさえ見える出来事こそが人生の一大イベントであり、本当の意味でのドラマチックな変化だということに気づかせてくれる。

『それでも私は生きていく』5月5日(金・祝)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開!

第66回ベルリン国際映画祭で銀熊(監督)賞を受賞し、今やフランス映画界を代表する存在となったミア・ハンセン=ラブ監督の8作目。自身の経験をもとに“悲しみ”と“喜び”、正反対の状況に直面する一人の女性の心の機微を繊細に描き、“人生讃歌”とも言える上質なヒューマンドラマに仕上げた。中でも光るのが主人公サンドラを演じるレア・セドゥの存在感。彼女の起用について、「人間味のある人物としてカメラで捉えたかった」と監督が語る通り、複雑な心境を見事に表現し、第75回カンヌ国際映画祭にてヨーロッパ・シネマ・レーベルを受賞した。エリック・ロメール監督作品を思わせる陽光や草木の緑など、35ミリフィルムで撮影された温かみのある色彩にも注目だ。

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