彩瀬まるさんの小説「やがて海へと届く」を、『四月の永い夢』『わたしは光をにぎっている』などの中川龍太郎監督が映画化。岸井ゆきのさんが主演で、浜辺美波さん、杉野遥亮さんなどが出演している映画『やがて海へと届く』が4月1日(金)より公開します。今回は、中川龍太郎監督に、映画制作の過程や、カメラを通して見つめること、本作を作るうえで大切にしていたことなどをお聞きしました。

――原作と出会ったときの印象と、企画の始まりを教えてください。

『四月の永い夢』から『静かな雨』までご一緒してきたWIT STUDIOの和田(丈嗣)プロデューサーから、『静かな雨』を撮り終わった次の日に原作を渡されたんです。読んだときに、真奈の視点だけではなく、この世からすみれがどのように去っていくのか、その去っていく時間が描かれていたので、映画化することは簡単ではないと思いました。

ただ、そこで描かれていた真奈とすみれの関係などは自分にとって描きたいものだったし、僕も震災の少し後に友人を亡くしているので、少し時間が経過した今撮ったらどんな形になるんだろうというところに惹かれました。

――そこから脚本づくりを?

2019年の3月くらいに初めて脚本の会議をして、撮影したのは2年後だったので、脚本づくりには1年くらいかけました。

――会話から浮かび上がってくる情報がたくさんあり、台詞に引き込まれました。

最初はもっと原作通りのシンプルな話でした。これはいつもの作り方なんですけど、『静かな雨』と『やがて海へと届く』の脚本も担当している梅原(英司)さんが、まずは原作の流れに沿ったシナリオを書いてくださります。そしてその脚本を自分が書き換えていくという進め方で作っていきます。今回もその進め方なんですけど、梅原さんが書いてから自分が書き換えるまで結構時間がかかりました。どういう映画にしたら良いのか暫くわからなくて…。

画像1: メイキング写真 ©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

メイキング写真
©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

――書き出すヒントになったのはどんな部分だったんですか?

すみれ側の視点で物語を描くという部分です。真奈だけではなくすみれの話でもあると思ったときに、ようやく作れる感じがしました。真奈とすみれの会話のボタンが少しずつ掛け違っていて、真奈が言っていることは実はすみれにはこう刺さっていたんだということが後からわかってくる。そこから逆算して、脚本の台詞を緻密に作っていきました。細かな台詞に関しては、小川真司プロデューサーがアドバイスをしてくれました。

――今作を作るにあたり、中川監督の中で何かテーマはあったのでしょうか?

僕に映画を教えてくれた友人が亡くなり、そこから映画を作り続けて、およそ10年くらいが経って。今までやってきたことや作ってきたものの表現面やテーマの面で、ひとつの集大成になるような作品を作りたいという想いがありました。

また、震災以降の社会を社会人として生きて、そこで自分が感じてきた空気、個人の体験や歴史と、日本社会の歴史が交わるようなものを作りたいという想いもありましたね。

――とても魅力的な今回のキャスティングは、どのように進めていきましたか?

まず、“真奈が誰か”ということから逆算して進めていきました。真奈は岸井さんが良いと思った理由は、彼女の持っている内面の強さです。生命力のある真奈にしないと、話が暗い方向に流れていってしまうと思っていたので。そして、岸井さんと並んだときに物事を透徹して、遠い所から俯瞰して見ているような視点、そしてそれが死者の視点にもなるような透明感を持っている人は誰かと考えたときに、浜辺美波さんが浮かびました。そんな浜辺さんと分かり合えそうな、遠い所から世界を見ていてすみれと距離を保ちながら伴走できそうな人は誰かと考えたときに、杉野(遥亮)さんだと。それでこのようなキャスティングになりました。

画像1: ©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

――本作では、浜辺さんも杉野さんも、これまで見たことがないような芝居や表情をされていた気がします。役づくりや演出ではどんなお話をされたのでしょうか?

浜辺さんには、すみれが通っていたという設定の高校へ行ってもらい、そこの先生と会話をしたり、校舎を歩いたりしてもらいました。その中で、すみれがどういう学生生活を送ってきたのかを想像する時間を作ってもらいました。杉野さんとは、ギターを練習していただく中で、役についていろいろと話し合う時間がとれたので、そこが大きかったのかなと。

――国木田役の中崎(敏)さんもとても良かったです。真奈との距離感も近すぎず遠すぎずで。

実は国木田はすごく重要なキャラクターで、真奈を見守る存在です。見守り方って距離感だと思っているので。最初の脚本では2人は男女の仲になる関係だったんです。でも、それが自分にとってどこか居心地が悪くて。あまりベタベタしてほしくないと思いました。

――その理由は?

そこに居るんだけど、居ない存在というのがすごく大事だと思っていて。そういうものに支えられて、人間の命ってあるはずじゃないですか。自分たちが食べているものも知らない誰かが作っているわけで。自分の命を支えるものは、必ずしも自分の傍にいる人たちだけではないんですよね。

――なるほど。

今回は、恋愛の対象ではない存在の国木田が、静かに真奈を眼差しているということが重要だと思いました。結果的に2人の距離が近づきすぎないようにしたのも、そういうところから考えていったような気がします。

――休憩室のシーンも良い距離感でした。

あれくらいの距離感だからこそ、言えることってありますよね。

画像2: ©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

――また、今作では「カメラを通して見つめること」についてすごく考えさせられました。すみれのカメラは中川監督のアイディアでしょうか?

このお話は、すみれが真奈を「どう見ていたか」ということに真奈が気が付くというお話なので、カメラは原作には出てこないオリジナルの発想です。なぜ人はカメラで撮っているのかというと、その瞬間を永遠に残したいからだと思うんです。見たという事実は消えてしまうけれど、それを保存しておくという機能がカメラにはあって。そしてすみれは逆に、自分が世界をどう見ているのかを探したい人なんですよね。

――なるほど、そのような意味もあったのですね。

例えば、カメラを持って歩くのとただ歩くのとでは、世界を発見する度合いが違います。カメラを持つことで、何かを撮ろうと意識するから自分が何を求めているのか、自分にとって大事なもの、あるいは嫌いなものがハッキリするので。

だから今回は浜辺さんにもカメラを持っていただき、自分の周りや日常を撮ってもらいました。その中で、すみれが大切にしているもの・大切にしていないものが見えてきて。その大切にしているものの中のひとつに、真奈との関係があったということなんです。

画像3: ©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

――カメラを持つことによって何が大切か、そうでないかが見えてくると。

その感じは自分もよくわかるんです。僕も映画を撮ったり、カメラを回したりする行為を通さないと、うまく社会や人と関われないという感覚があるので。そのことが、すみれというキャラクターを描くうえでプラスになりました。

――カメラに関してでいうと、部屋や歩くシーンなどで奥行きや広がりのあるカメラ位置も印象に残りました。

今回描きたかったのは、世界全体だったんです。あらゆる自然現象は彼女を包んで支えているわけなので、いろいろなものを貪欲に取り入れる作品にしたかったんです。人を取り巻く部屋であったり、部屋の向こうにある緑だったり、海であったり空であったり。

画像4: ©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

――これまでの中川監督の作品では水のシーンの美しさが印象的でしたが、今回の海はどこか力強さを感じました。

海は生と死をつかさどっている場所なので、海を描くことに関してはすごく意識をしました。冒頭で描かれる真奈とすみれが見る静かな海も、すみれ亡きあとに真奈が1人で見つめる激しい海も、ひとつの同じ海なので。ドローンを使ったり、アニメーションを使ったり、あらゆる手で波の表現をこだわりました。

――『やがて海へと届く』を作ってみて、中川監督の中で何か変化はありましたか?

生きることに強くフォーカスした、力強い作品を作っていきたいという気持ちが強くなりました。真奈のように、生命力のある方向に向かっていきたいという感覚が生まれました。

――では最後に、本作を観る方にメッセージをお願いします。

今回の作品で描いているのは、“自分たちはこれからどのように生きていくのか”ということについての非常に爽やかな感慨だと思っています。ある希望の、そしてある青春の物語として、観に来ていただけたら嬉しいです。

画像2: メイキング写真 ©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

メイキング写真
©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

◯プロフィール

中川龍太郎
1990年1月29日、神奈川県生まれ。詩人として活動をはじめ、高校在学中の07年に「詩集 雪に至る都」を出版。やなせたかし主催「詩とファンタジー」年間優秀賞を最年少で受賞する。慶應義塾大学文学部に進学後、独学で映画制作を開始。監督を務めた『愛の小さな歴史』(15)で東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門にノミネート。翌年には『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(16)も同部門にてノミネートされ、2年連続の出品を最年少にして果たす。フランスの映画誌カイエ・デュ・シネマから「包み隠さず感情に飛び込む映画」と、その鋭い感性を絶賛される。『四月の永い夢』(18)は世界4大映画祭のひとつ、モスクワ国際映画祭コンペティション部門に選出され、国際映画批評家連盟賞・ロシア映画批評家連盟特別表彰を邦画史上初のダブル受賞。さらに松本穂香を主演に迎えた『わたしは光をにぎっている』(19)がモスクワ国際映画祭に特別招待。『静かな雨』(20)が、釜山国際映画祭正式招待作品として上映され、東京フィルメックスにて観客賞を受賞した。

画像5: ©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

映画『やがて海へと届く』

4月1日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー!

岸井ゆきの 浜辺美波/杉野遥亮 中崎敏/鶴田真由 中嶋朋子 新谷ゆづみ/光石研

監督・脚本:中川龍太郎
原作:彩瀬まる「やがて海へと届く」(講談社文庫)
脚本:梅原英司 音楽:小瀬村晶 アニメーション挿入曲/エンディング曲:加藤久貴
エグゼクティブ・プロデューサー:和田丈嗣 小林智 プロデューサー:小川真司 伊藤整

製作:「やがて海へと届く」製作委員会 製作幹事:ひかりTV WIT STUDIO 
制作プロダクション:Tokyo New Cinema
配給:ビターズ・エンド 
©2022映画「やがて海へと届く」製作委員会

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cinefil連載【「つくる」ひとたち】
「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想い、記憶に残るエピソードなど、さまざまなお話を聞いていきます。

edit&text:矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝業など。その他、様々な映画祭、イベント、上映会などの企画やPRなども行っている。

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