映画作家にとり、いかに映画そのものにアプローチするのか、どんなテーマとジャンルを選ぶのか、どんなスタイルで、どんな被写体との関係性をもつ映像言語へと落とし込んでゆくのかは、映画が企画として立ち上がる前に必ず直面する難題である。

 それは有機的に絡み合った選択と判断の連続であり、そのテーマに自分がなぜひかれるのか、なにが面白いのか、それをどう面白がって、画面に載せるのか、ドキュメンタリーで撮るのか、全て台本化した劇映画で撮るのか、それとも何かその中間の新たな方法論を模索するのか、全体の流れはどうするのか?尺は?・・・というようなことを悩み抜いて選択してゆく。

 僕は、劇映画もドキュメンタリーも、テレビドラマも作ってきた雑食タイプの映画作家である。2000年にニューヨークでインディペンデント映画として第1作「echoes」を撮ったのだが、それは脚本を書き、オーディションをして俳優を集め、スタッフを組織し、予算とロケスケジュールを組んで撮影を行うごく普通の劇映画として企画された。しかし、その撮影の最中より、キャメラのEric van den Brulleといろいろアイデアを出し合い、即興的に現場で撮ってゆくほうが、役者がいきいきと画面で輝くことを発見し、脚本をベースにしつつ逸脱してゆくことで光る何かに映画的な魅力を見出だしたのだった。その後、911をきっかけにドキュメンタリーも撮り始めるのだが、最初から「劇映画を作る。ドキュメンタリーを作る」ということを決めずに、「何に魅力を感じるのか?それをどう表現すべきなのか?」と内容からアプローチとスタイルを見出してゆく制作手法が、自分にあっている、いやもっといえば映画の本質に近づけられる方法なのではないか、と考えるからであった。

 それは、映画に狂い、映画を見まくることで映画を学んだシネフィルの学生時代に大きな要因はあると思うのだが、映画づくりに惹かれはじめた頃いつも根底にあったのは、ヴィム・ヴェンダースであった。ジョン・フォードと小津安二郎を溺愛する映画青年として、その随筆から熱情が溢れ出ており、それがそのまま映画を撮ることへと発展した映画作家は、ドイツ版のヌーヴェルバーグであり、自分がもっとも「近く感じる」と憧れた作家であった。映画史への敬慕と、モノクローム写真への傾倒、小津のユーモアへの愛、ドキュメンタリーやニュージャンルなど横断的な映像へ向かう作家的欲望。すべてにおいてレスペクトを覚え、ニューヨークでの学生時代に彼のエッセイの英語訳版を読み漁った。傑作中の傑作「パリ・テキサス」や「ベルリン、天使の詩」を絶賛した蓮實重彦氏がいった言葉だと記憶しているのだが(自信はない…)「できるかぎりキャメラが回る瞬間に近いところで、映画を生み出す作家こそ偉大。まるでその場で編集するかのように、キャメラが回るその場で映画を決定してゆく映画作家」ヴェンダースは素晴らしいと賛辞を送っており、脚本に書かれた筋書きをキャメラで再生産しようとするだけ撮影は、なんと怠惰で刺激にかける行為だろうか、とこき下ろしていた言葉に衝撃を受けたのだった。

画像: WIM WENDERS ヴィム・ヴェンダース

WIM WENDERS ヴィム・ヴェンダース

 脚本であらかじめ用意したことではなく、キャメラが回る瞬間に映画を生み出してゆくこと。そんなことは果たして可能だろうか、と考えつつ僕は、ドキュメンタリーと劇映画を往復しながら9本の長編映画を積み重ねてきたのだが、この連載ではその映画の方法論の模索について、何回かに分けて語ってみたい。無論、ヴェンダースには遠く及ばないのだが・・・。

画像: ある職場 COMPANY RETREAT(舩橋淳監督 3/5公開)

ある職場 COMPANY RETREAT(舩橋淳監督 3/5公開)

 最新作の劇映画「ある職場」(3月5日公開)では今までにない、台本はシノプシスだけの即興劇をドキュメンタリーのように切り取ってゆくというアプローチを試みた。俳優の存在自体のなまなましさ、人間の意志からでてくる生の声、本音の言葉を聞いたいという欲望から帰結した方法論であった。

次回より、さらに掘り下げていきたいと思う。 

WRITER:

舩橋淳

映画作家。東京大学卒業後、ニューヨークで映画制作を学ぶ。
『echoes』(2001年)から『BIG RIVER』(2006年)『桜並木の満開の下に』(2013年)などの劇映画、『フタバから遠く離れて』(2012年)『道頓堀よ、泣かせてくれ!DOCUMENTARY of NMB48』(2016年)などのドキュメンタリーまで幅広く発表。メロドラマ『桜並木〜』(主演:臼田あさ美、三浦貴大)はベルリン国際映画祭へ5作連続招待の快挙。
他に『小津安二郎・没後50年 隠された視線』(2013, NHKで放映)など。2018年日葡米合作の劇映画『ポルトの恋人たち 時の記憶』(主演柄本祐、アナ・モレイラ)を監督。
柄本佑はキネマ旬報最優秀男優賞に輝いた。
最新作はハラスメントとジェンダー不平等を描く「ある職場」。
舩橋淳オフィシャルサイト:www.atsushifunahashi.com

東京国際映画祭TOKYO 2020 正式招待作品

「ある職場」(舩橋淳監督)

3月5日(土)ポレポレ東中野ほかロードショー

『ある職場』オフィシャルHP:http://arushokuba.com/

※カバー写真 アッバス・キアロスタミ監督の遺作『24フレーム』より

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