この度、11月27日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて原一男監督最新作『水俣曼荼羅』が公開となります。
本作は、『ゆきゆきて、神軍』の監督・原一男が、20年の歳月をかけて制作、3部構成・6時間12分で物語る水俣病についてのドキュメンタリー映画。
「水俣を忘れてはいけない」
『ゆきゆきて、神軍』の監督・原一男が最新作で挑んだのは“水俣”だった。
日本四大公害病の一つとして知られる水俣病。その補償をめぐっていまだ裁判の続く中、ついに国の患者認定の医学的根拠が覆られたものの、根本的解決には程遠い。原はその現実に 20 年間、まなざしを注いできた。これは、さながら密教の曼荼羅のように、水俣で生きる人々の人生と物語を顕した壮大な叙事詩である。
【原一男監督メッセージ】
まだ、取材・撮影のために水俣に通っていたときのことだが、ある日、街角で「水俣病公式確認60周年記念」という行事のポスターを見て、私は唖然とした。この行事は、もちろん行政が主催するものだ。
今日に至るまで、水俣病の問題は決して解決していない。つまり、このポスターの意味は、行政には、解決する能力がない、あるいは解決する意思がない、ということを意味している。その行政が、何か、ご大層に、記念行事をするなんて変ではないか。変であることに気付かないところが、まさに正真正銘、“いびつ”で変なのであるが。
では、なぜ、そのような“いびつさ”が生じたのか? 結果としては、私(たち)は、20年かけて,その“いび つさ”を生むニッポン国と、水俣の風土を描くことになった。
私は、ドキュメンタリーを作ることの本義とは、「人間の感情を描くものである」と信じている。感情とは、 喜怒哀楽、愛と憎しみであるが、感情を描くことで、それらの感情の中に私たちの自由を抑圧している体制のもつ非人間性や、権力側の非情さが露わになってくる。この作品において、私は極力、水俣病の患者である人たちや、その水俣病の解決のために戦っている人たちの感情のディティールを描くことに努めた。私自身が白黒をつけるという態度は極力避けたつもりだが、時に私が怒りをあらわにしたことがあるが、それは、まあ、愛嬌と思っていただきたい。
この作品で、何が困難だったかといえば、撮られる側の人たちが、必ずしも撮影することに全面的に協力して頂いたわけではないことだ。それは、マスコミに対する不信感が根強くあると思う。映画作りはマスコミの中には入らないと思っているが、取材される側は、そんなことはどうでも良いことだ。とは言え、撮られる側の人が心を開いてくれないと、訴求力のある映像は撮れない。撮る側は、撮られる側の人たちに心を開いて欲しい、といつも願っているが、撮られる側の人たちは、行政が真っ当に解決しようという姿勢がないが故に、水俣病問題の労苦と重圧に、日々の暮らしの中で戦わざるを得ないので、カメラを受け入れる余裕がない。苦しいからこそ、その実態を率直に語って欲しい、晒して欲しい、というのは撮る側の理屈だ。 完成作品は、6時間を超える超長尺になった。が、作品の中に入れたかったが、追求不足ゆえに割愛せざるを得ないエピソードがたくさんある。かろうじてシーンとして成立したものより、泣く泣く割愛したシーンの方が多いくらいなのだ。だが私たちは撮れた映像でしか構成の立てようがない。その撮れた映像だが、完成を待たずにあの世に旅立たれた人も、多い。
ともあれ、水俣病問題が意味するものは何か?
水俣病は、メチル水銀中毒である、と言われていますが、その水銀が、クジラやマグロの体内に取り込まれて今や地球全体を覆っています。日本の小さな地方都市で発生した水俣病が、今や全世界の人間にとっての大きな問題になっています。ことの大きさを強く強く訴えたいと願っています。
【原一男監督プロフィール】
1945年6月、山口県宇部市生まれ。1972年、小林佐智子と共に疾走プロダクションを設立。同年、『さ ようならCP』でデビュー。74年には『極私的エロス・恋歌1974』を発表。87年の『ゆきゆきて、神軍』が 大ヒットを記録、世界的に高い評価を得る。94年に『全身小説家』、05年には初の劇映画となる 『またの日の知華』を監督。2017年に『ニッポン国VS泉南石綿村』を発表。2019年、ニューヨーク近代美術館 (MoMA)にて、全作品が特集上映された。同年、風狂映画舎を設立し、『れいわ一揆』を発表。2020年、『水俣曼荼羅』を完成させた。
第1部 病像論を糾す
川上裁判によって初めて、国が患者認定制度の基準としてきた「末梢神経説」が否定され、「脳の中枢神経説」が新たに採用された。 しかし、それを実証した熊大医学部浴野教授は孤立無援の立場に追いやられ、国も県も判決を無視、依然として患者切り捨ての方針は変わらなかった。
第2部 時の堆積
小児性水俣病患者・生駒さん夫婦の差別を乗り越えて歩んできた道程、胎児性水俣病患者さんとその家族の長年にわたる葛藤、90歳になってもなお権力との新たな裁判闘争に賭ける川上さんの、最後の闘いの顛末。
第3部 悶え神
胎児性水俣病患者・坂本しのぶさんの人恋しさと叶わぬ切なさを伝えるセンチメンタル・ジャーニー、患者運動の最前線に立ちながらも生活者としての保身に揺れる生駒さん、長年の闘いの末に最高裁勝利を勝ち取った溝口さんの信じる庶民の力、そして水俣にとって許すとは?翻る旗に刻まれた怨の行方は? 水俣の魂の再生を希求する石牟礼道子さんの“悶え神”とは?
監督:原一男
エグゼクティブ・プロデューサー:浪越宏治
プロデューサー:小林佐智子 原一男 長岡野亜 島野千尋
編集・構成:秦 岳志 整音:小川 武
助成:文化庁文化芸術振興費補助金 (映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会 製作・配給:疾走プロダクション
配給協力:風狂映画舎
2020 年/372 分/DCP/16:9/日本/ドキュメンタリー
©疾走プロダクション