『人数の町』
労働をしなくても衣食住が保証される不思議な町。
蜘蛛の巣にかかった昆虫のように、この町に取り込まれた青年の数奇な日々を描く不条理ダーク・スリラーである。似たような設定の英米のTVシリーズいくつかを連想するが、日本を舞台にした作品となると、違和感を禁じ得ない。アメリカなら土地も広大だし、さまざまなカルトもありそうなので、さもありなんという気にもなるが、狭い日本で、この町の存在がばれないなんてことがあるだろうかという疑問がうかんでくる。
借金取りにぼこぼこにされた蒼山は、黄色いつなぎを着た髭男に居場所を紹介してやると言われ、深く考えもせずにバスに乗り込んだ。ついた先は人里離れた、周りをフェンスで囲まれた不思議な町。広い敷地があり、着ていた服はお仕着せの衣装に取り替えられ、首に何かを注射されて個室に案内された。部屋にはバイブルと称する、ここで過ごすためのマニュアル本があり、その記述に従って行動することを求められる。セックスはOKだが、家族を持つことは禁じられ、子供たちは隔離されて育児専門のスタッフによって育てられ、親との同居は認められない。
デュードと呼ばれる住民は、黄色いつなぎを着たチューターなる管理者たちの指示のもと、他人の投票券を使い指示された候補者の名前を書いたり、インターネットサイトに同意、あるいは否定の書き込みをする。しだいに政治家と癒着したり、自由な思考を制限するカルト的コミューンの様相が明らかになってくる。
題名の「人数の町」が示すように、もはや彼らは意志を持った人間ではなく、統計上のコマでしかない。夫のDVから逃げ出した妹の行方を探して自ら乗り込んできた虹子と出会い、蒼山はもう一度外の世界への脱出を試みるのだが……。
チラシには「衝撃のディストピア・ミステリー誕生!」とある。ディストピアとはユートピアの反対で、辞書には“この世のすべての不幸や罪悪で満ちているとされる仮想上の場所、暗黒卿”とある。このディストピアを描いた小説、映画は、現実社会の問題点を強調して、ゆがんだ管理体制、倫理観、抑圧を読者や観客に気づかせる作用がある。
異常な世界が構築され、その中で、決められたルールに従うことを義務付けられる。しだいに、そのルールに疑問を持った主人公蒼山の行動が後半のサスペンスを盛り上げることになる。衝撃の結末もみごと。
“配給会社が企画する新人監督賞ということで、一緒に映画を作り、配給したいと思える監督と作品を選ぶというコンセプト”で実施された木下グループ新人監督賞選出に応募した241篇の中から準グランプリを受賞。
中村伸二監督は「人間が『人数』に変わる時、私は恐怖を覚えます。今、この国の人々は、ニコニコと笑いながら、楽しそうに、自分から『人数』に成り下がるのではないか。意思や、希望や、信念や、愛やなんかサクッと捨てて、中にさえ居れば気持ちいい『人数』という塊に簡単に入ってしまうのではなかろうか。私はこのグロテスクな塊を描きたい衝動に駆られました」と記している。
よくもまあ、こんな異常な世界を作り上げ、ありそうもない世界にリアリティを持たせた荒木のヴァイタリティに感心させられた。蒼山に扮した中村倫也、虹子の石橋静河の好演が光る。
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。
著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。
中村倫也主演!深まる謎、暴力とエロスの気配に満ちた
-新感覚のディストピア・ミステリー『人数の町』予告
<STORY>
借金取りに追われ暴行を受けていた蒼山は、黄色いツナギを着たヒゲ面の男に助けられる。その男は蒼山に「居場所」を用意してやるという。蒼山のことを“デュード”と呼ぶその男に誘われ辿り着いた先は、ある奇妙な「町」だった。
【Credit】
中村倫也
石橋静河
立花恵理
橋野純平
植村宏司
菅野莉央
松浦祐也
草野イニ
川村紗也
柳英里紗/
山中聡
脚本・監督:荒木伸二
音楽:渡邊琢磨
製作総指揮:木下直哉
エグゼクティブプロデューサー:武部由実子
プロデューサー:菅野和佳奈・関友彦
音楽プロデューサー:緑川徹
撮影:四宮秀俊
照明:秋山恵二郎
録音:古谷正志
美術:杉本亮
装飾:岩本智弘
衣裳:松本人美
ヘアメイク:相川裕美
制作担当:山田真史
編集:⻑瀬万里
整音:清野守
音響効果:⻄村洋一
製作:木下グループ
配給:キノフィルムズ
制作:コギトワークス
©︎2020「人数の町」製作委員会