『河童の女』
「カメラを止めるな!」(2017)を生んだENBUゼミナールの新作。監督はこれがデビュー作となる辻野正樹。大学で美術を学びながらバンド活動をし、卒業後ミュージシャンとなるが、成功せず、30歳で廃業した。シナリオライターを目指し、劇団を立ち上げて舞台活動を始めるが、これもうまくいかずに退団。42歳になった2011年、年下だけど憧れの熊切和嘉監督が講師をしているENBUゼミナールに入って映画監督の勉強をはじめ、50歳を過ぎてやっと初の長編映画を撮ることができた。挫折を繰り返しながら映画作りへ挑戦した際には、音楽、舞台での活動が糧となっているとも語っていた。本作はENBUゼミナールのシネマプロジェクト九作目にあたり、これまでの監督、ゼミナールの卒業生から企画を募集して、辻野の企画が選ばれたとのこと。
田舎の小さな町。清流のそばにある民宿の主人・康夫が、若い美佐子の色香に迷って駆け落ちする。親に結婚を反対された子供がこっそり出ていくのが駆け落ちだが、父親は美佐子が駆け落ちなるものをやってみたかったからととぼけたことを宣言して、堂々と出ていく、ひそかに康夫に恋していたバイトの中年女性はやめてしまい、すべてのことが息子浩二の肩にかかってくる。
思いつめた表情で橋の上から川を見つめている女性がいた。札束の入った封筒を橋から投げ捨てようとして躊躇し、やめようとしたとたんに封筒が落下し、取り戻そうと川に入っていく。それがきっかけで浩二は梅原美穂と名乗る女性と知り合い、二人それぞれ秘密をかかえながら、しばらくの間、民宿の仕事を美穂が手伝うことになる。
民宿といっても二人では宿泊者の世話までは手が回らず、食事だけのサービスに限定。長期滞在していた外国人のコーさんは、宿泊料を払わずに逃げ出した。町おこしの方法を模索している常連四人組、河童がいるという噂を聞き付けたYouTuber三人組が訪れ、さらには身勝手な兄の新一が帰郷してきて民宿の売却をせまる。
登場人物のおもしろいキャラクターと破天荒なストーリー展開によるドタバタ劇に、鬱屈した状況からの脱出をねがう人々の思いがドラマを盛り上げている。演出、演技にいささかぎこちないところも見られ、美穂の幻想シーンのようにひねりすぎと思われる設定があるかと思えば、コーさんのエピソードは中途半端でもう少し練り上げた方がよかったと思う。瑕瑾はあっても、この作品を推奨するにやぶさかでないのは、オリジナル・アイデアと製作にかかわった人々の心意気が伝わってきて、熱くなったからに他ならない。浩二に青野竜平、美穂に郷田明希、新一に斎藤陸、康夫に近藤芳正が扮して好演。
映画鑑賞後に、監督に話を伺った。
「五年くらい前に他の監督に脚本を頼まれて、民宿をテーマにしたものを書いた。映画は実現しなかったが、面白いと思っていたのでゼミナールのコンペに出した」。昨年の春ごろに自作が選ばれて、「オーディションを夏に行い、16人を選出し、近藤さんをゲストに迎えて、9月の後半から10月にかけて埼玉県の飯能市で11日間のオールロケ撮影を行った」。それまで自主映画やオムニバスホラーDVDの監督はしているが、劇場映画の長編は初めてなので「スタッフの人数も多くて、みんなとイメージを共有しなくてはならず、ぎくしゃくしたこともあった。だが、そこはみんなプロなので、こちらの意図を伝えさえすればプロの仕事をしてくれた。最初の脚本と違って、町おこしグループに新キャラクターを追加したりもした」。ラストの音楽はスチール・ギターを用いて、爽やかな印象を残す。「音楽を担当した桜井芳樹さんがもともとペダルスティールが好きで、『小さな恋のメロディ』に似てるでしょ」。
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。
著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。
映画『河童の女』予告編
<STORY>
柴田浩二(青野竜平)は、川辺の民宿で生まれ、今もそこで働きながら暮らしている。
ある日、社長である父親(近藤芳正)が、見知らぬ女と出て行った。浩二は一人で民宿を続ける事となり、途方に暮れる。そんな中、東京から家出してきたという女(郷田明希)が現れ、住み込みで働く事に。美穂と名乗るその女に浩二は惹かれ、誰にも話した事の無い少年時代の河童にまつわる出来事を語る。このままずっと二人で民宿を続けていきたいと思う浩二だったが、美穂にはそれが出来ない理由があった。
出演:青野竜平 郷田明希/
斎藤陸 瑚海みどり 飛幡つばさ 和田瑠子 中野マサアキ 家田三成 福吉寿雄
山本圭祐 辻千恵 大鳳滉 佐藤貴広 木村龍 三森麻美 火野蜂三 山中雄輔/近藤芳正
監督・脚本:辻野正樹
撮影・編集:小美野昌史 照明:淡路俊之 津田道典 録音・整音:松野泉 監督補:大崎章
助監督:中村圭良 ラインプロデューサー:鈴木徳至 美術:中村哲太郎 衣装:小宮山芽似 ヘアメイク:河本花葉
特殊造形:土肥良成 スタントコーディネーター:雲雀大輔
音楽:桜井芳樹 プロデューサー:市橋浩治
製作・配給:ENBUゼミナール
©︎ENBUゼミナール
スペック:2020年/107分/16:9/カラー/5.1ch