この度、世界で共同制作などの実績を持つ映画制作者/プロデューサーの今井太郎氏から、これからの日本の映画制作などへの提言(特別寄稿)がシネフィルに寄せられました。
日本政府の映画撮影インセンティブ制度は、従来の邦画制作および国際共同制作の両方に成功をもたらすのか
今井太郎
現在、数多くの映画制作がコロナウイルス感染症により中止となっている。2月、私は、フィリピン・日本共同制作である「Purple Sun」(監督Carlo Enciso Catu)を札幌と佐賀で撮影する予定だったが、来年冬まで延期となった。映画制作者としては確かに困難な時ではあるが、映画制作業界の未来について話そう。
日本のインディペンデント映画プロデューサーとして、私は現在4本の国際共同映画と1本の日本映画の企画開発を進めている。
過去数年、自主制作映画への出資者を見つけることは、日本でも、そして実際にはどの国でも、非常に困難であることを身につまされた。この間、私は数多くの国際映画制作ワークショップに出席し、このようなワークショップを通じ、国際共同制作について多くのことを学んだ。日本の地方自治体には助成金を出している自治体もあり、そのような助成金は国際映画祭を目指すアートシアター映画を支援するものであることが多い。また、国際共同制作への助成金も存在する。
数回、クラウドファンディングも試してみたが、ある程度の成功を収めている。投資型クラウドファンディングも試してみたいと思っている。出資者を見つけることは簡単ではないと述べたが、投資型クラウドファンディングを通じて、出資者を見つけることができるかもしれない。
私の会社にとって、国際共同制作プロジェクトと協力し、政府助成金やクラウドファンディングを通じて予算を確保することが非常に重要だ。昨年、689本の日本映画が日本の映画館で上映された。出資者を見つけることは困難といえども、これだけの映画に誰かが出資したことになる。2019年にこれほど多くの日本映画が上映された背景の1つには、2018年の「カメラを止めるな!」の成功があるかもしれない。この映画の予算はわずか300万円だが、興行収入は30億円を収めた。
2019年のもう1つの注目すべき作品にはNetflixシリーズの「全裸監督」がある。この作品は日本のみならず、アジア各国でも注目を浴びた。その成功により、最近はNetflixでプロジェクトを制作しようとする人が増えたと聞いている。日本のテレビネットワークは、テレビドラマを制作する際、自社の監督を使う傾向にあるが、Netflixには自社の監督はいない。だからこそ、たとえ困難でも、インディペンデントの映画制作者が今後Netflixと仕事をするチャンスがあるのではないかと私は思っている。
2018年パルムドール受賞作である「万引き家族」は国内外で大ヒットとなった。「カメラを止めるな !」、「全裸監督」や「万引き家族」は制作スタイルが非常に異なるが、国際的に観客を動員/視聴者を獲得できた点で同じだ。何かしらユニークな点を重視すれば、国際的に成功できるチャンスはあると私は信じている。
日本初のインセンティブ制度
2020年1月10日、G.I.ジョーの新シリーズ、「G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ」が日本で撮影されると聞いて一映画ファンとして私は興奮した。このようなニュースは、世界のニュースのヘッドラインを飾り、日本にスポットライトがあたる事になる。
「G.I.ジョー:漆⿊のスネークアイズ」は、2019年5月に開始されたインセンティブ制度パイロットプログラム「内閣府地域経済の振興等に資する外国映像作品ロケーション誘致に関する実証調査事業(外国映像作品ロケ誘致プロジェクト)」として日本政府が認めた2本の映画のうちの1本だ。
スキームにより、日本で撮影される外国映画およびテレビ制作の制作費用のうち認められた金額の最大20%が還元されるというものだ。助成金交付対象となるには、プロジェクトは下記のいずれかの要件を満たさなければならない。
1)日本国内における直接製作費が8億円以上の作品
2)総製作費が30億円以上で、かつ、日本国内における直接製作費が2億円以上の作品
3)公開、放映、放送、または配信する予定としている国が10カ国以上、かつ、日本国内における直接製作費が3億円以上の作品
また、それに加えて、撮影地の地方自治体・FC等も誘致活動を支援(エキストラ募集、自治体からの補助金の出演、広報活動等)することとし、そのことを当該自治体・FC等から具体的に確認できている必要もある。
1億8000万円(約170万米ドル)の予算がパイロットプログラムのために承認されたようだ。世界的に見れば大した額ではないが、中国映画の「唐⼈街探索3」やハリウッド映画「G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ」をここ日本で撮影するための制作費を確保するパイロットプロジェクトとしては十分だ。韓国や台湾のような既存のインセンティブ制度と比べても、プロデューサー達を魅了するにはおそらく十分な額のインセンティブだ。
競争の理解
ハリウッド映画制作会社が撮影ロケ地を決める際には費用が大きく関わる。インセンティブ制度は総予算を低く抑えるのに役立つが、意思決定に影響を与える別の要素には、インセンティブ構造の予測性と確実性、安定した経済セクターのある安定した民主主義の中で作業することが好まれる点、高度なスキルをもったキャストとクルーが利用できる点、制作施設の質が挙げられる。
このような理由から、投資の大部分が安定した先進国経済にまわり、常に数多くの競争がある。米国ではジョージア州(20%の譲渡可能税額控除、プラス10%割増控除)、ルイジアナ州(30-40%譲渡可能税額控除)、ニューヨーク州(標準以下のポストプロダクション用の給付金付き税額控除)、他国では英国(25%のインセンティブ)、カナダ(18-20%のインセンティブ、制作人件費の約40%をさらに控除)、ニュージーランド(20%のインセンティブ、プラス5%割増控除)などだ。
アジアで成功する
しかしながら、数多くの市場が第2のオプションとしてアピールしている。日本が短期間でこのような先進国市場と対等に交わることは難しいだろうが、アジアで最も魅力的な市場として開拓することは達成可能な目標だろう。日本は、日本の独自文化や美しさのみならず、その安定した政権、経済、インフラを考慮すると、ほとんどの近隣諸国の中ですでに一歩先を行っている。インセンティブが韓国や台湾のような近隣諸国と同じか多ければ互角に戦え、タイ、インドネシア、シンガポール、ベトナムのような活発な競争相手よりも一歩先を行けば、映画制作を急増させることも可能だ。
誰もが得をする
日本の主要プロダクションとのパイプラインを通じた投資増加によるメリットは、業界の雇用拡大、スタジオ、バックロットや貯水タンクなどのインフラへの投資、現地スタッフのスキルアップによる現地プロダクションの質向上、映画ロケを支援するコミュニティへの相乗効果を通じた経済活動の増大、利点が非常に高い可能性のある巨額の映画観光事業をうむ機会、映画撮影ロケ地やグローバル映画コンテンツのプロデューサーとして日本の認知度の上昇、日本のコンテンツや文化へのチャンスの増大など、多いだろう。そして、結果的に日本のソフトパワーが世界中に広まるだろう。
映画制作へのインセンティブは、コミュニティ全体に経済活動をうむ。ホテル、レストラン、輸送サービス、建設など現地事業がただちに潤う。エキストラ、ケータリング、ドライバー、映画のセットに必要なより特殊なスキルへの需要など、雇用もうまれる。
限りある国内市場
2019年、日本の総興行収入が2,612億円なのに対し、米国/カナダの総興行収入は114億米ドル(約1兆2,000億円)だ。一方、日本での洋画と邦画を合わせた全体の公開本数は1,278本なのに対し、米国/カナダでの公開本数は835本だった。これは日本の市場規模が北米市場規模の6分の1しかないことを考えると驚きの数字だ。日本市場での平均興行収入が米国市場での平均興行収入と比べるとかなり低いのは当然だ。邦画は日本市場の約54.4%(1,422億円)を占める。2019年に劇場公開された689本の邦画で割ると、大きな数字ではない。そんな中でストーリーや宣伝を日本の観客に合わせた、日本の大手スタジオの作品が興行収入の大部分を占めている。
長年に渡り、特に興行収入と動員数は増えているため、ビジネスケースは成功している。今後も成長する可能性はあるが、人口減少と高齢化により、成長には数多くの条件が課されるだろう。
予算縮小
不安定な環境を意識し、インディペンデントのプロデューサーもスタジオも、映画がヒットし、十分な観客動員が見込めることを期待しつつ、制作予算を下げることでリスクを下げている。これにはビジネス論拠はあるが、持続可能な仕事を求める数多くの若きクリエイター達にとって、映画業界は魅力的なキャリアとは言えない。
配信企業が現状の光
劇場国内市場の現状は悲観的だが、日本のプロダクション分野に新たな影響があることが楽観的でいられる理由の1つだ。Netflix、Amazonはプロダクションシーンを飛躍的に増やしている。配信企業は、国内登録者を魅了するには現地プロダクションが必要であると認識している。質の高い日本のコンテンツを求める世界市場があることも、認識している。映画やテレビ番組にとって、現地プロダクション分野においてネット効果は需要増加中であり、映画制作予算が減少しているのとは対照的に、新しい配信番組が質とプロダクションの全体像を求める世界的な期待に見合えるように、より高い予算が見積もられていることが示されている。
次なるステップ
グローバルなスタジオとして、配信企業は金銭的インセンティブに魅力を感じている。国内外のプロダクションコミュニティは、日本の試験的インセンティブプログラムの成功を注視している。「G.I.ジョー:漆⿊のスネークアイズ」や「唐⼈街探索3」の両方の経済効果は、業界と政府にとって貴重なケーススタディとなるはずだ。プログラム実施者は2つのプロダクションをホストしたコミュニティでの直接的な経済活動を評価できるはずだ。より長期的に見ると、その経済活動がロングテール結果を提供できるかどうか興味深い。
プロダクションコミュニティはインセンティブプログラムが増加・拡大され、制作レベル向上と予算増大が促進されることを望んでいる。日本の大手映画制作会社は国内での競争が激しくなっていると気づくだろうが、健全な競争により、より高品質な映画をうみ、投資が増え、業界全体がより洗練される要因となる。
グローバル市場
このような要素により、日本の映画業界は制作・配信に関してより海外に向けたアプローチを必然的に取らなければならなくなる。より多くの日本のコンテンツが世界中で認知されるようになり、潜在的な市場規模が拡大し、より多くの投資が得られるビジネスケースが向上する。映画やテレビクルーは自身に対する需要が上がり、報酬向上を実感する。そして、経験値とノウハウが増えれば、地方での制作も支援が受けられる。業界がより安定し、より業績が向上していると政府は考えるようになり、スクリーンコンテンツの輸出および日本のストーリーを世界中でシェアすることによる具体的なソフトパワーのポジティブな効果を感じ始めるだろう。
インディペンデントの未来
試験的インセンティブプログラムは大きな予算をもつハリウッドや中国映画をターゲットとしたものだが、実際のインセンティブ制度はより低予算のアートハウス映画にも扉を開くものになることを私は望んでいる。ヨーロッパでは、メジャーな映画祭で上映されるアートハウス映画の多くが、戦略的にインセンティブ制度を使って数か国で共同制作された映画である。インセンティブ制度のハードルである最低予算が低くなれば、私のような日本のインディペンデント・プロデューサーは世界中で有能な映画制作会社と協力し、メジャーな国際映画祭で競うことができる。
やがて、日本が映画制作インセンティブのオファーを増やせば、このプログラムから多くの受賞者が輩出され、私のようなインディペンデント・プロデューサーも、映画制作を受け入れる地方コミュニティも、そして映画観光として国全体も、成功することができることを私は期待している。
ー今井 太郎
撮影延期になったフィリピン・日本共同制作映画「Purple Sun」のクラウドファンディングを、以下URLで2020年5月25日まで実施中。
https://motion-gallery.net/projects/purplesun
今井太郎 Taro Imai プロフィール
ロサンゼルスで映画製作を勉強。帰国後サラリーマンとして働く傍ら、MotionGalleryで集めた資金で自主制作映画『山本エリ「復元可能性ゼロ」と化す』を製作し、劇場公開及びAmazonでの配信を果たす。2014年にMPAのシノプシスコンテストで小原拓万脚本の企画「じじいラッパー」が受賞し、オーストラリアのAsia Pacific Screen Awardに招待される。2016年には大阪のCO2が助成する藤村明世監督『見栄を張る』を製作、国内外多数の映画祭で上映され、2018年に国内とタイで一般劇場公開された。日韓合作映画『大観覧車』では制作協力だけでなく初めて劇場配給業にも挑戦した。その実績が評価され EAVE Ties That Bind、Busan Asian Film School、Talents Tokyo、Rotterdam Lab、Asia Pacific Screen Lab 等、多数の国際共同製作プログラムに参加。
harakiri films公式サイト