直木賞作家の島本理生さんによる女性の本音をえぐった衝撃作を三島有紀子監督が映画化。映画『Red』は、夏帆さん演じる主人公の村主塔子と、妻夫木聡さん演じる、塔子がかつて愛した男・鞍田秋彦を中心に交わっていく濃密な恋愛模様と、何を選びどう生きるかという女性の人生の選択を描いた作品です。今回は、三島有紀子監督と日活株式会社の荒川優美プロデューサーに、企画のはじまりから、映画『Red』がこの時代に誕生し、公開されるということの巡りあわせなどについて、お話をお聞きしました。

画像1: ©2020『Red』製作委員会

©2020『Red』製作委員会

ーーまずは映画『Red』の企画が立ち上がった経緯を教えていただけますか?

荒川優美さん(以下、荒川):もともと学生時代から島本理生さんの小説が好きで読んでいました。そして、今回一緒にプロデューサーを務める赤城聡さんから薦められ、刊行直後に「Red」を読みました。島本さんが今までのイメージを覆して大人の恋愛を題材にされたこと、また思わず共感してしまうような現代女性の生きづらさ、息苦しさが繊細に描かれていて、是非、映画化したいと思いました。三島監督との出会いは10年程前になりますが、様々な企画のお話をしていく中で、三島監督が「男と女」を題材にした骨太な人間ドラマを描いた映画を撮りたいということを伺っていたので、この「Red」をご相談しました。

三島有紀子監督(以下、三島):私はもともと(フランソワ・)トリュフォー監督とか、神代(辰巳)監督の映画が好きなので、いつか男と女の話を撮りたいなと思っていたんです。そして、『幼な子われらに生まれ』(17)で、喧嘩をしてセックスをしてしまうというシーンを撮った時に、やっぱり男と女をちゃんと向き合って撮らないといけないなと感じたんです。そこから、オリジナルの作品を書いたり、いろんな本を読んだりしている中で、荒川さんと何度かお話をする機会があり、「“Red”はどうでしょう?」とお薦めいただきました。

ーーはじめて小説の「Red」を読まれたとき、どのような印象がありましたか?

三島:表向きは恋愛小説とうたわれていますが、女性としてどう人生を戦っていくのかという人生の選択のテーマが自分には色濃く浮かび上がりました。小説の中に「人形の家かよ」って突っ込むセリフがあるんですけど、これは現代の「人形の家」(ヘンリック・イプセン)になるなと思い、ぜひ一緒に映画を作りましょうとお返事をしました。

ーー結構厚みのある小説ですが、その中でも特に印象に残ったところはどこでしたか?

三島:もっとも映像的だと思ったのは、出張先で大雪になったところに、鞍田が迎えにきて、東京まで送るというところで、私はそこを描くロードムービーにしたいと思ったんです。「夜からはじまって、朝を迎える時に彼女はどういう選択をするのかという一夜の話にしたい」というのがファーストインプレッションでした。あとは、塔子と鞍田の居場所探しの話にしたいと思ったので、彼らの職業を人のために居場所を作る「建築家」に変更させていただきました。職業を建築家にすることによって、自分の居場所をどう捉えていくのかということを深く視覚的に表現できるなと思ったので、それと生き方の映画にしたかったので仕事の比重を大きくしました。シーン自体もオリジナルで作っていきましたが、設定で言えばその変更が一番大きかったです。

画像1: 三島有紀子監督

三島有紀子監督

ーー「居場所探し」もそうですけど、ラブストーリーという流れの中に、さまざまな要素が詰まっている作品だと感じました。

荒川:塔子と鞍田だけではなくて、塔子の生き方を描く上で、再就職先で出会う柄本佑さん演じる同僚の小鷹、間宮祥太朗さん演じる夫・真との関係もとても重要だと考えていました。

三島:ベクトルを深くしていくために、キャラクターの方向性や、どういう人間なのかをずっと考えていましたし、荒川さんともそんな話をよくしていました。いろんなことを話し合いながら、塔子の生き方を問うていく映画という核となる部分は、最初から最後まで両輪となって進めることができた映画作りだったと思います。

ーー塔子と鞍田をはじめ、キャラクターの些細なところまで色濃く魅力的でした。俳優部の方々とも役や作品についてお話をされたのでしょうか?

三島:夏帆さんと妻夫木さんには、撮影の最初の方で鞍田と塔子になるための時間が必要だったので、撮影前の準備期間に一緒に過ごす時間を作りました。どの作品でもそうさせていただいています。今作では、かつての恋人であったような関係性を作ってもらうため、お二人でご飯を作ってもらったりしました。

画像1: cinefil連載【「つくる」ひとたち】 vol.12「映画を作るということは、人間を見つめること」映画『Red』三島有紀子監督×荒川優美プロデューサー 対談インタビュー

ーー二人だけの世界になる、車の中や雪道での細かなやり取りは印象深かったです。

三島:定食屋でのシーンでも、ここに辿り着くまでの車中ではどういう会話があって、どんな目線のやり取りがあったのか、二人の中に流れているものは何なのかということも含めて、想像できるように入ってきてもらいたいと思っていたんです。最初にテストした時は、お忍びで来た妻夫木さんと夏帆さんにしか見えないと思ったのですが、その後、妻夫木さんが非常に愛おしい感じで塔子を気遣うように(定食屋へ)入っていくというお芝居に変わっていったので、鞍田と塔子がそこに存在していると感じました。

荒川:妻夫木さんは準備の段階から鞍田としての役作りを常に意識されていて、衣装合わせにも鞍田として登場する、みたいな感じでした。

三島:ずっと鞍田でしたね。黒のイメージは私の中にもあり、初めてお会いしたときも黒のタートルで、とても嬉しかったのを覚えています。

荒川:衣装合わせや、建築指導の練習の時も、常に黒いタートルネックを着ていらっしゃいましたね。

ーーそうだったんですね。鞍田が常に黒いタートルネックだったのに対し、塔子が変化していくと共に服装が変わっていくところも注目ポイントだなと感じました。

三島:どういう人がどういう風になっていくのかという変化を、衣装でも表現したかったので、(塔子の)気持ちが衣装に表れていけばいいなって思ったんです。あと、『Red』は色の映画でもあるので、最初は塔子を自分の意思を表現できない人として描くために、記憶には残らないけど印象は悪くない、みたいな服装からはじまるようにしました。その後、塔子が働きはじめて、自分らしい服を着るようになって、最終的にどういう衣装になっていくのか…というところも見ていただきたいなと思ったので。

画像2: cinefil連載【「つくる」ひとたち】 vol.12「映画を作るということは、人間を見つめること」映画『Red』三島有紀子監督×荒川優美プロデューサー 対談インタビュー

ーー自分らしい服を着るようになって、柄本(佑)さん演じる小鷹との屋形船のシーンでは塔子の新しい一面を見れたような気持ちになりました。

三島:どうやったら塔子が、普段押し込めていた感情や精神的な部分での彼女らしさを解放できるんだろうと考えていったら、ああいうシーンになりました。役者さんも人間なので、その環境に連れて行って、感じてもらって、こういう芝居をぶつけたらきっとこういう面が出てくるだろうな、というのを想像しながらいつもやっているんです。私の仕事は環境づくりだと思っているので、そういう意味でいうと今回は、夏帆さんのお芝居を引き出すために妻夫木さんに仕掛けるということが一番多かったかもしれません。

ーー引き出すといえば、定食屋での夏帆さんと片岡(礼子)さんの台所のシーンのやり取りがすごく印象に残っています。あのシーンによって、その後の流れが違って見えるなと。

三島:あのシーンはとても撮りたかった大事なシーンです。こういう部分を現場で膨らませて撮るのが好きなんです。塔子が今までおさえていた“煙草を吸う”という行為を、片岡さん演じるふみよから誘われて「じゃあ一本だけ…」という感じで吸う。あのシーンから、塔子の生き方が少しずつ変わっていっているんですよね。それをどうしても描きたかったので、片岡さんに、煙草を勧めてみますか、と伝えたら、絶妙なタイミングで結わいている髪を解き、“ただの一人の女”みたいになって、煙草を塔子にすすめたんです。豊かな芝居が撮れたことを実感した瞬間でした。

荒川:脚本には、“ふみよが煙草を吸う”ということは書いてありましたが、“煙草をすすめる”というト書きはなくて、現場でのやり取りで生まれたお芝居ですね。

ーー言葉を交わさなくても“何か”を共有している二人の空気はすごく惹き込まれました。

三島:定食屋の女性って、ともすると色気の無い人にキャスティングされがちなんですけど、あの役はどうしても色気のある人にしたかったんです。現在進行形で男と女のいろんな問題を抱えた先輩と、塔子が出会ってほしくて。だから片岡さんでないといけなかったんです。

画像: 荒川優美プロデューサー

荒川優美プロデューサー

ーー『Red』のスタッフは、どうやって決めていったのでしょうか?

三島:撮影の木村(信也)さんと、照明の尾下(栄治)さんは、映画は一緒にやったこと無かったんですけど、WOWOWドラマW「硝子の葦」(15)と短編の作品を一緒にやっていたので、恐らくこのお二人は『Red』に向いているだろうなと思い、お願いしました。ラブストーリーなんですけど、どこかサスペンスフルに撮りたいという想いがありましたし、木村さんと尾下さんがつくる画は非常に色っぽいんですよ。

ーーすごく色気がありましたし、その場の温度が伝わってくるような映像でした。

三島:このお二人は映像のフレームを中心に考えずに、お芝居のことを中心に見てくれるんです。今回は手持ちで、二人(鞍田と塔子)の気持ちを繊細なところまで掬い取ってもらいたいという想いがあったので、二人の呼吸にあわせて撮っていただきました。なので、ああいう肉迫した映像になったのかなと思います。あとは、鞍田と塔子が「何を見ているのか」というところもとても重要だったので、木村さんの方から「シネスコサイズにした方がいいんじゃないか」という提案をもらい、シネスコで撮影をしました。ボルボの窓の大きさがちょうどシネスコサイズだったので。

ーーなるほど。車のシーンでは、耳元でささやくようなセリフの音量もグッときました。

三島:録音技師の浦田(知治)さんは、映画全体のことを一緒に考えてくれる方なんです。今回は何を大事に音を作っていこうかと考えたとき、恐らくこの作品は二人だけにしか聴こえていない音で構成することなんじゃないかと思って、そのことを浦田さんに伝えました。それから浦田さんがいろんな工夫をして、塔子の気持ちを表現する、水琴窟(すいきんくつ)のような音を作ってくれたり、きっと鞍田には聴こえているであろう波音が入っていたりとか。非常に知的で深みのある音構成を作ってくれたので、音から伝わるものは作品にとってすごく大きな要素でした。

画像2: 三島有紀子監督

三島有紀子監督

ーーまた、塔子の変化の描かれ方がとてもリアルだったので、作品の流れや構成も大きな要素だったように感じました。

荒川:編集の加藤(ひとみ)さんと三島監督は編集室にこもって、かなり長い時間話し合いをされていましたね。撮影した映像の中で、構成の入れ替えやシーンのカットも含め、一度フラットにどのような物語を辿るのがベストなのかということを探られていて、それが今回すごく良い形になって、素晴らしい効果をもたらせてくれていると思いました。

三島:加藤さんは今井(剛)さんの弟子ですし、私はもともとドキュメンタリーを撮っていたので、撮れたものをもう一回どう再構築するかという編集作業だったんです。私と加藤さんが編集するときも、このある素材を、ベストに構成するためにはどうしたらいいのかというのを、ひたすら話し合いました。カット構成よりもまず、全体の流れとして何が伝わって何がわからないのかということを、ひたすら議論しましたね。

ーー映画にとってすごく大切な作業ですね。

三島:今回で言うと、ファーストシーンからタイトルが出るところまでは私の中でほとんど絵コンテができていたので、そこはほぼほぼ変わらないんですけど、それ以降は、かなり色んな形で変わっています。だから通しで観る回ごとに、構成が全然違っていくんです。

画像2: ©2020『Red』製作委員会

©2020『Red』製作委員会

ーー撮影中も編集中も、時代や気持ちは絶え間なく変化していきますもんね。そうして完成した『Red』は、塔子の生き方や選択など、今の時代にすごくフィットしているように感じました。意識された部分があれば教えていただけますか?

三島:今の社会や世界の流れを見ている中で、自分がどう感じるかよりも先に世間がどう感じているのかを見てしまう、自分の考えをまとめる前に、周りを見て、察知して、同調しているという人が結構多いなって思ったんですよね。個人でも企業でも、塔子のように自分を押し殺してうまくことを進めている人もたくさんいると感じていて。なので今回作品の中で、自分の中の尺度を見るきっかけをつくれたら、もっと個が尊重される時代が来るんじゃないかなと思ったんです。

荒川:最初に小説を読んだのが2014年頃だったので、この6年間でも社会や世の中は変わってきているんですよね。ラブストーリーと両軸での王道というものがある中で、塔子の生き方=現代女性の生き方を描きたかったので、結果としていい形で時代にフィットしていったなと思っています。三島監督の世の中の捉え方と、物語がうまく融合して、この時代に送り出すにふさわしい映画になったのではないかと感じています。

ーーありがとう御座います。最後に映画をつくるうえで大切にしていることを教えてください。

三島:物語や作品を通して、今の世の中に何を投げていくのかということをきちんと見つめる、ということですね。あとは、映画を作るということは、人間を見つめることだと思っているので、人間を掘り下げていくことを大切にしています。

ーー荒川さんは、今回三島監督と映画づくりをご一緒されていかがでしたか?

荒川:三島さんの映画作りは妥協が無いですね。あとは、映画作りって長い期間で進めていくんですけど、三島監督はその時々で常にベストを探っているということを今回ご一緒して感じました。核の部分を大切にしながらも、変えることや壊すことを厭わないと言いますか。映画作りというものは常にそうかもしれませんが、最初に設定したものにこだわらず、より高みを目指していこうというところは、三島さんの映画作りの大きな部分かなと思っています。

三島:いろんな状況がありますし、撮影中もいろんなことが起こりますので。その中で何がベストかと選んでいくということは自分のやり方かもしれないですね。

画像: 三島有紀子監督×荒川優美プロデューサー

三島有紀子監督×荒川優美プロデューサー

三島有紀子
大阪市出身。NHKで「NHKスペシャル」など〝心の痛みと再生〟をテーマに、ドキュメンタリー作品を企画・監督していたが、劇映画を撮るため退局。『幼な子われらに生まれ』(17)で、第41回モントリオール世界映画祭審査員特別大賞、第42回報知映画賞監督賞、第41回山路ふみ子映画賞を受賞。他監督作品に『しあわせのパン』(12)、『繕い裁つ人』(15)、『少女』(16)などがあり、各国の映画祭への招待や韓国・台湾での劇場公開も果たしている。

荒川優美
日活㈱映像事業部門企画編成部プロデューサー。2012年、WOWOW連続ドラマW「贖罪」(監督:黒沢清)をプロデュース。主な作品に連続ドラマW「ヒトリシズカ」(12/監督:平山秀幸)、『黒崎くんの言いなりになんてならない』(14/監督:月川翔)、黒沢清監督作『Seventh Code』
(13)『散歩する侵略者』(17)など。

画像3: ©2020『Red』製作委員会

©2020『Red』製作委員会

映画『Red』

2月21日(金)より新宿バルト9ほかにて全国ロードショー

©2020『Red』製作委員会

https://redmovie.jp

Hair make:Ichihashi Yurika(三島監督)

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cinefil連載【「つくる」ひとたち】

「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想い、記憶に残るエピソードなど、さまざまなお話を聞いていきます。時々、「つくる」ひとたち対談も。

矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝など。TAMA映画祭やDo it Theaterをはじめ、様々な映画祭、イベント、上映会などの宣伝・パブリシティなども行っている。また、映画を生かし続ける仕組みづくりの「Sustainable Cinema」というコミュニティや、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。

photo:岡信奈津子(Okanobu Natsuko)
宮城県出身。大学で映画を学ぶ中で写真と出会う。
取材、作品制作を中心に活動中。
https://www.nacocon.com

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