イタリア・ルネサンス期の画家カラヴァッジョの絵画をめぐる虚実とりまぜたミステリー映画。
カラヴァッジョとは、1579年に生まれ1610年に亡くなったイタリアの画家で、バロック様式の創始者と言われ、その影響はオランダのレンブラント、スペインのベラスケスにまで及んでいる。主な作品に「十字架を荷うキリスト」「マグダラのマリア」「病めるバッカス」などがある。
主にローマ、ナポリで製作したが、激しい性格のために生涯争いごとが絶えず、殺人を犯し、38歳という若さで斬首刑に処せられた。
フィレンツェのウフィツィ美術館で彼の自画像という「メデューサの首」を見たが、奇妙な表情と蠢く蛇髪が強烈な印象を残した。昨年から今年の2月まで彼の作品を集めた展覧会が日本各地で開かれているので、見られた方もいるだろう。
1969年10月17日、パレルモのインマコラテッラ通りにあるサン・ロレンツォ礼拝堂からカラヴァッジョの描いた大判の「キリスト降誕」が持ち去られた。窃盗犯は3、4人らしいが、その後の行方は杳として知れない。破壊されたか、売り払われたか、切り刻まれたのか。犯罪組織コーサ・ノストラが関連しているという説のほか、さまざまな説が巷をにぎわし、結局はわからないままになっている。
新作の台本をプロデューサーにせっつかれた売れっ脚本家アレッサンドロは、空約束を連発するばかり。近年はアイデアが枯渇して、こっそりプロデューサーの秘書ヴァレリアがゴーストライティングしていたのだ。彼女も最近は手詰まり状態。そんな彼女にラックと名乗る謎の人物が接近し、とびきり刺激的なネタを提供した。カラヴァッジョの絵画を盗んだのはマフィアの仕業だといい、彼女に少しずつ情報を提供していく。マフィアは自分たちのことが映画化されると知り、秘密を守るために、製作資金を提供することで映画製作にかかわり、アレッサンドロを誘拐する。
映画脚本が事実そのままだったので、暗躍した組織は真相を暴こうとする人物を特定して葬ろうとする。ラックとヴァレリア側は正体を隠しながら、事件の闇の部分を明るみに出そうとする。
映画製作の裏側も楽しめるし、ラックの正体、組織の工作、違法ながら絵画を金で取り戻そうとする政府の対応……と、観客の興味を惹きつける山場を織り込んでサスペンス効果がよく出ていた。時にコミカル、時にスリリング、時にドラマティックと、よくできた娯楽映画の必須条件をクリアし、二重三重のストーリー構造と捻った人間関係の綾が楽しめる。
監督・脚本はパレルモ生まれのロベルト・アンドー。
16年作の「修道士は沈黙する」もミステリアスなヒューマン・ドラマだった。「映画と現実の、不可思議で不可避な結びつきに焦点を当てたストーリーを語ってみたかった」とのこと。ヴァレリアにミカエラ・ラマッツォッティ、アレッサンドロにアレッサンドロ・ガスマン、ラックにレナート・カレペンティエーリ、ヴァレリアの母にラウラ・モランテが扮している。四人ともイタリア映画界最高の賞であるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を受賞した芸達者ばかりで、絶妙の演技を披露している。ポーランドのイエジー・スコリモフスキ監督が、ヴァレリアの脚本をもとに監督するクンツェに扮しているのも見逃せないポイントだ。
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。
著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。
ロベルト・アンドー監督最新作『盗まれたカラヴァッジョ』予告
監督・脚本:ロベルト・アンドー
出演:ミカエラ・ラマッツォティ、アレッサンドロ・ガスマン、イエジー・スコリモフスキ
2018 年/イタリア、フランス/イタリア語、英語/116 分/カラー/ 原題:Una Storia Senza Nome /PG12