台湾映画の新境地を開く意欲作
『ザ・レセプショニスト』
台湾映画同好会 小島あつ子

台湾映画ファンにとって、台湾映画の魅力のひとつは、作品を通して台湾社会そのものが見えてくることだ。これは’80~’90年代に世界中のシネフィルを魅了した台湾ニューシネマのころから最近の作品まで、実は一貫している。

テーマは歴史や文化、多様性、身近な社会問題や日常生活のなかのちょっとした出来事などと多岐にわたるが、複雑な政治的・歴史的背景と、多様性を持つ社会に生きる人々に寄り添い、「自分たちの言葉で語る自分たちのための物語」が紡ぎだされてきた。ここ数年で盛んに製作されるようになってきたホラーやサスペンスの、いわゆるジャンル映画においても、物語の中に台湾の文化や風習、風俗、そして現代の社会病理などが巧みに織り込まれている。

台湾ニューシネマと現在の作品群との大きな違いは、その物語を誰に向けて語るか、ということだろう。台湾社会が民主化に向かうさなかに政府主導で始まった台湾ニューシネマは、社会的な潮流と相まって当初は台湾の映画ファンに受け入れられていたのだが、作品の芸術性を高め、国際的に通用できるようにするという大きな課題に立ち向かっている間に、娯楽性を求める多くの観客たちから見放されてしまった。その後、台湾映画が再び台湾の映画ファンに広く受け入れられるようになったのは、自分たちの物語が自分たちに向けて語られるようになってからだ。

そして2017年、「自分たちの物語を自分たちに向けて語る」ことに長らく安住していた台湾映画に一石を投じたであろう作品が登場した。この秋日本で劇場公開される
ジェニー・ルー(盧謹明)監督のイギリス・台湾合作映画『ザ・レセプショニスト』だ。

画像: (C) Uncanny Films Ltd

(C) Uncanny Films Ltd

大学を卒業したばかりのヒロイン・ティナは、不況のあおりを受け、仕事を見つけられずにいた。離れて暮らすティナの父親からの仕送りが途絶え、貯金は底を尽き、追い打ちをかけるように同棲中のイギリス人の恋人も仕事を失ってしまう。人手を捜しているとの情報を頼りにティナが訪れたのは、閑静な住宅街の中にある一軒屋。そこは年配の華人女性が営む「春を売る」店だった。仕事が決まるまでと割り切り、ティナは恋人に内緒でその店の受付係(レセプショニスト)の仕事を引き受けるが…。

舞台は2008年ロンドン。前年に米国で起きたサブプライムローン問題に端を発し、世界中が金融危機に陥った頃だ。海外での成功を夢見てこの地にやってきた台湾人女性が、止むに止まれぬ事情で、風俗業の世界へ足を踏み入れる。台湾の南端・屏東の出身で、ロンドン在住の新人監督が語るのは、郷里を離れて暮らす華人の物語だ。台湾に暮らす多くの人々にとって、これは決して「自分たちの物語」ではないだろう。

『ザ・レセプショニスト』予告

画像: 『ザ・レセプショニスト』(THE RECEPTIONIST)予告編 youtu.be

『ザ・レセプショニスト』(THE RECEPTIONIST)予告編

youtu.be

ヒースロー空港で自死を遂げた友人の、知られざる一面=セックスワーカーとしての顔を知ったことが製作のきっかけだったという。ルー監督が作品を構想してから世に送り出すまで、7年という気が遠くなるような時間を要した。

ロンドンと台湾の二地点で撮影を行うために、台湾で得た補助金に加え、ロンドンをベースとしたクラウド・ファンディングで不足分の資金を集めた。ヒロイン・ティナを演じたテレサ・デイリー(紀培慧/『九月に降る風』(08)『南風』(14)ほか)は、資金を得るために製作されたパイロット版から、この作品に参加している。

故郷から遠く離れた異国の地に根を下ろすことの難しさと、移民という不安定な立場。食べ物にまつわるシーンでは、世界の西の端っこで十把一絡げに「華人」とされる彼女たちの、それぞれのアイデンティティが垣間見られるのが興味深く、もの悲しい。根っこを持ち続けることは、果たして彼女たち救うのだろうか。

「女優たちは撮影中“自分が肉の塊になったように感じた”と話していた」と、現地メディアの取材にルー監督が語っている。製作にあたり、ルー監督は不法マッサージ店で働く女性たちと、じっくりと時間をかけて信頼関係を築いた上で話を聞きだした。

生きる糧を得るため、人としての尊厳すら見失ってしまいそうな、過酷な状況に置かれた女性たちの姿を丁寧に描こうとしたために、女優たちは役を演じながら、セックスワーカーが陥る心理状態に追いこまれていたのだ。マッサージ嬢のひとりをエドワード・ヤン(楊徳昌)監督の門下生でツァイ・ミンリャン(蔡明亮)監督のミューズのひとり、チェン・シャンチー(陳湘琪)が体当たりで演じきり、2017年の金馬奨では最優秀助演女優賞にノミネートされた。

オリジナルタイトルの「接線員」が意味するものは、受付係=レセプショニストだけではないだろう。陽の当たる表の世界と、人目を忍ぶ裏社会、あるいは人の心の善と悪のはざま=接線に立たされたティナそのものを象徴しているようだ。

画像: 『THE RECEPTIONIST』(接線員)オリジナル版フライヤー

『THE RECEPTIONIST』(接線員)オリジナル版フライヤー

この骨太な作品から直接的に台湾社会を見出すことは難しい。それでもルー監督はある出来事へと導くことで、作品を台湾人のための物語へと仕立て上げ、それと同時に、海外からの高い評価も得た。まさに台湾映画の新境地を開く意欲作である。

台湾映画同好会 小島あつ子

『ザ・レセプショニスト』

監督:Jenny Lu
出演:Teresa Dailey、Josh Whitehouse、Chen Shiang Chi
2017年|イギリス・台湾 合作|102分|
配給・宣伝:ガチンコ・フィルム
配給協力:イオンエンターテイメント

10/26(土)~11/15(金)新宿K's cinema
10/25(金)~イオンシネマ板橋、名古屋茶屋、茨木

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