『ゲッベルスと私』クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー監督インタビュー
ドキュメンタリー映画『ゲッベルスと私』(岩波ホール創立50周年記念作品/クリスティアン・クレーネス監督、他3名共同監督)が、6月16日より岩波ホールほか全国で公開される。
ナチス宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスの秘書を務めたブルンヒルデ・ポムゼル(103歳)が、終戦より69年の沈黙を破り、初めてインタビューに応じた貴重なドキュメンタリー作品。
かつて「ナチスの手口に学べ」と宣った現・財務大臣にして副総理の言葉を思い出すまでもなく、底が抜け、独裁国家へと突き進もうとする現在の日本においても、これほど切実でアクチュアルな問いかけを持った作品もないだろう。
「映像」というメディアを用いることの危険性や製作に対する姿勢や背景など、共同監督であるクリスティアン・クレーネスとフロリアン・ヴァイゲンザマーの二人に伺った。
クリスティアン・クレーネスとフロリアン・ヴァイゲンザマー
『ゲッペルスと私』監督 インタビュー
――作品を拝見して、普段ぬるま湯に浸かっている私たちの危機意識の低さを痛感しました。同時に、映像を現象学的に捉え、インタビュー映像とアーカイヴ映像のフッテージがとても自然に、有機的な形で繋がっていることに大変驚きました。
フロリアン・ヴァイゲンザマー アーカイヴ映像をどのように用いるのか、その使用法にはつねに危険が伴います。なぜなら、それらはアメリカ側であれ、当時のナチスドイツ側であれ、今なお人々の心に訴えかけてしまうような危険性をはらんでいるからです。ですから、そのような客観性を欠いたプロパガンダ映像はなるべく使わないようにしました。
例えば、現在でもよく目にするような既視感のある映像であったり、音楽や着色されている映像は、何らかの意味で「編集」がなされたものです。ですから、いかに見るべきものがあったとしても、それらは使用しませんでした。私たちが探していたのは、もっぱら「オリジナル」な映像だったのです。それらを調査するにあたって、私たちはつねに誰がその映像をつくったのか、その映像の「作者」に着目しました。作者が分かれば、それがどのような類いのプロパガンダであるかが分かります。私たちは何百時間もあるこれらのアーカイヴ映像を入念に調べ、取捨選択をしました。過去に使用されたことのない、手垢のついていない客観性を持った映像を探すということは、極めて手間のかかる大変な作業です。
そのなかで今回最も活用できたのは、アメリカにあるホロコースト記念博物館が所蔵していた映像でした。ここには映画監督スティーブン・スピルバーグが収集したものも含まれています。それらはあまりにも生々しく、見るのが辛いものもあります。しかし逆にいえば、それは後世の手で「編集」がなされていない、生のままの素晴らしい映像であることの証左でもあるのです。
クリスティアン・クレーネス 今言ったとおり、私たちは様々なアーカイヴで数多くの映像を調べましたが、オーセンティックといえる「本物」は少なく、非常に困難な作業でした。音声のない無声フィルムや着色されていないフィルムというのは、後から手を加えたものではないとはっきりしていますので、ほぼオリジナルなものであると判断できます。私たちはそれらの膨大なアーカイヴ映像がインタビュー映像とどのようにうまく組み合わせることができるのか、様々な実験を試しながら映像を絞り込んでいくという、多大な労力を要する選定作業を行いました。その過程で何よりもまず私たちが留意したことは、そのオリジナルなアーカイヴ映像に対して、然るべき敬意を払ったうえで使用するということです。
――インタビュー映像ではブルンヒルデ・ポムゼルの表情がとてもリアルに捉えられています。しかしだからこそ、そこに「編集された」インチキな映像が入ってしまうと、同じ映像として負けてしまう。
ヴァイゲンザマー 本作のコンセプトとして、当初から私たちはポムゼルの顔や表情を大きく前面に出すことを意図していました。例えば、ゲッベルスが写っている映像などを出してしまうと、観客の目がそちらに向き、気を取られてしまいます。ですから、観客が目を背けられないように、作品の冒頭から彼女の姿をずっと映し続けたのです。ひとりの人間だけを中心に映すということは、ある意味でとても象徴的な姿勢を表しています。
――画面から力強いパワーを感じました。
ヴァイゲンザマー はい。その意味で、彼女は非常に強い人間です。自分の意見というものをしっかりと持っています。それは映像に表れている彼女の身体の姿勢や顔つきからもはっきりと分かると思います。彼女は自分のなかにある思考を客観的に理解していましたし、現在の世界情勢についてもつねにチェックして、よく把握していました。だからこそ、彼女の言葉はとても説得力のあるものとして響くのだと思います。
クレーネス 第二次世界大戦やナチス政権下の映像というのは、今なお世界中で絶えず目にするものですし、それら過去の映像を通じて、私たちはその時代について知らないことは何もないと思っています。ですから、本作の製作にあたっては、従来の作品と比べてどこに新しい面があるのかをプロデューサーに納得させなければいけませんでしたし、資金集めにも大変苦労しました。何が新しいのか。どこに価値があるのか。テレビで一年中流れているものに対して、いったい誰がわざわざ映画館まで足を運ぶのか。しかし、まさにその点においてこそ、私たちは挑戦したかったのです。映画作品という形で新しい道を開いてみたい。誰もがお茶の間で目にすることのできるテレビではなく、映画館という特殊な空間のなかで何ができるのか。ただ、そのような空間においてゲッベルスという存在を扱うことは、細心の注意を払う必要があります。観客に対して、ゲッベルスの言葉が魅力的に捉えられてしまう危険がある。そのような点も考慮しつつ、暗闇に包まれ、嫌でもスクリーンに対峙せざるを得ない映画館という場で何ができるのか、私たちはドキュメンタリー映画の新たな可能性を懸命に模索しながら製作しました。
――本作には4人の監督がクレジットされていますが、それぞれどのような役割を担っていたのでしょうか。
クレーネス 監督がなぜ4名もいるのかということに関しては、分かりづらいところがあるかもしれません。私たち2人はもう20年以上のあいだ一緒に仕事をしていますので、気心のあう仲間として話は通じます。本作ではさらに、私たちよりも若い2人の監督が加わりました。
映画の監督をするということは一種の独裁であり、そこには独裁的な行為が伴います。私たちはこのような体制自体を変えたいと思いました。そこで、監督4人それぞれが平等な立場に立って、徹底的に議論を重ねながら製作したのです。一人一人では曖昧なままだった問題に対して、皆で徹底して詰めていきましたので、余計な枝葉は削ぎ落とされました。例えば、誰かひとりが独裁者であった場合、作品にはどこか一方的な傾向が生まれますが、今回は予想以上にうまくいきました。4人の誰もが個人的なエゴを出しすぎることなく、何よりもまず作品として良いものをつくるという、ただその一点だけに集中することで、その都度皆で納得しながら一歩ずつ進んで行ったのです。その意味で、私たちは非常に素晴らしい経験をしました。だからこそ、結果として素晴らしい作品が生まれたのではないでしょうか。これからも時間をかけて良い作品をつくり続けていきたいですし、皆で愛情を育み、時間と精力を費やせば、多少のリスクがあったとしても、必ず良い作品ができると確信しています。
――具体的な作業としては、監督4人全員でインタビューに立ち会い、アーカイヴ映像の選定なども行ったのでしょうか。それとも、各人が分担したうえで持ち寄ったりしたのでしょうか。
クレーネス まずインタビュー撮影に関してですが、4人の監督それぞれがひとりで行いました。長期間にわたる撮影のなかで、ポムゼルとの関係は流動的に変化し、やがてそれぞれの監督がお互いの長所や短所を自覚していきます。ですから、この場面やテーマに関してはこの監督というように、適材適所で分担できるようになりました。私としては、そのような分担作業が良い結果をもたらしたと思っています。インタビューする監督はそれぞれ異なった視点を持っています。ポムゼルへの質問の仕方もそれぞれ違いますし、聞きたいと思っている内容もみな違います。そこでまず、それらのインタビュー映像をまとめたひとつの大きな枠組みをつくり、最終的にはそのなかからテーマに沿うものを選び出していったのです。
次にアーカイヴ映像に関してですが、これは1000時間以上ある素材を見ましたので、皆で一緒に見るということは物理的に不可能でした。事前に見ておくということも現実的に難しいので、4つに分けた素材をそれぞれが見て、良いと思ったものを各自が持ち寄って検討しました。皆で手分けをしたほうが精神的な負担も少ないですし、検討する際の議論も必要最小限ですみます。
――そのように各自が選ぶことで、4人の監督が目指すテーマも明確になったのではないでしょうか。作業体制としては非常に素晴らしい形だと思います。
ヴァイゲンザマー そうですね。今回の方法は良い作品をつくるうえでとても有用だったと思います。例えば、1人の監督が些細な間違いやつまらない失敗を犯してしまったり、物忘れをしても、ほかの3人がそれを指摘することができます。また、巧妙にできたプロパガンダ映像に対しても、4人いれば騙される危険は少なくなります。1人の監督がこれは使えると判断した映像であっても、ほかの監督たちの目を通すことで、実際には危険な可能性を含んだものであると気づくことができるのです。プロパガンダ映像は作品の内に極めて微妙な政治的意味合いが込められていますので、4人で検討を加えながらしっかりと判断していくというのはとても大切なことです。ただし、このような協同作業は目標を共にし、緊密な信頼関係があってこそ成り立つものです。実際、非常に神経を使いますし、大変な時間がかかります。1人ならば自分の判断で迅速に作業を進められますが、4人の場合ではかかる時間もまったく違いますからね。しかしそのような時間と労力を費やしたからこそ、1人でつくるよりもはるかに良い作品ができたのです。
また、これはとてもセンシティブな問題ですが、ポムゼルは実際に手を下した人物ではないとはいえ、ある意味でナチスの犯罪に協力した側の人間です。ですから、彼女の話している内容は異なる角度から見るとどのように見えるのか、監督4人が多角的に捉えることで、プロパガンダ映像と同様に、1人では気づくことができない多様な視点が得られます。
クレーネス 製作当初は4人それぞれの立場の違いなどもあり、多くの試行錯誤や紆余曲折がありました。しかし結局のところ、私たちは第二次世界大戦期の歴史を書き換えるために本作をつくったのでもなければ、新たな歴史的事実を提示するためにつくったのでもありません。私たちが念頭に置いていたのは、この作品が現在世界が直面しているアクチュアルな問題とどのように関わり、意味を持つことができるのかということでした。いま現在もナチスドイツと同じような社会状況が起こっているかもしれない。大切なことは、政治的な場面において、個人がどのように責任を持ち、行動するのかということです。そしてそれこそが、本作をつくろうと決意した最大の動機なのです。おっしゃるとおり、監督ひとりの個人的な視点では見えなかったものが、4人の視点によって議論や発見を積み重ねていくことで、いろいろな局面が明確になりました。今回はそれらがひとつの作品としてうまくまとまったと思います。
――お話を伺っていると、本作をつくる姿勢そのものが、まさにナチスのプロパガンダや現在の拝金主義への抵抗となっているようです。
ヴァイゲンザマー 私たちは別にお金を儲けるために映画づくりをしているわけではありませんし、大体このような題材のドキュメンタリー映画でお金が儲かるはずがありません(笑)。映画をつくる際に一番大事なことは何であるのか。そしてそれは他の人々にとってどのような意味を持つのか。私たちが考えていたのは、ただそれだけです。インタビュー撮影を始めた当初は、作品として完成するのかどうかまったく保証はありませんでしたし、そういった意味でも、金銭よりも、いま携わっているこの作品にすべてをかけるというのが、製作における私たちの姿勢でした。幸いなことに、結果として世界各国の国際映画祭で認められ、2016年にはヨーロッパ映画賞ドキュメンタリー賞のオフィシャル・セレクション15作品のひとつにも選出されました。そしてこの度公開される日本を含めて、イスラエルやアメリカなど、世界12か国に配給されています。
――本作を手がけたクレーネスさんの製作会社「ブラックボックス・フィルム&メディアプロダクション」は、現在ホロコーストを生き延びた105歳のユダヤ人のドキュメンタリーも製作されているということですが、こちらはまた違った構成や手法の作品になるのでしょうか。また、今後製作される予定の企画や作品などがあれば教えてください。
クレーネス 現在、「ユダヤ人の人生」(本作の原題『A German Life』にかけて)というドキュメンタリー映画を製作中です。作品のスタイルとしては本作と似ていますが、今回は視点がまったく違います。本作のポムゼルは犯罪者でも被害者でもありませんが、今回撮影した人物は6年間におよぶ強制収容所の生活を生き延びたユダヤ人の方です。インタビューはすでに撮り終えていますが、どのような形になるのかはまだ未定です。私たちの構想としては、本作を含めて3部ないしは4部作の作品として発表できたらと考えています。「ドイツ人の人生」、「ユダヤ人の人生」に続き、第3部は加害者であるナチス側の視点、そして第4部は戦争に抵抗した人々の視点。これら4つの異なる視点から見つめることで、初めてあの時代を網羅できるのではないでしょうか。
(聞き手 羽田野直子・野本幸孝)
衝撃のドキュメンタリー『ゲッベルスと私』web予告
ナチス宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスの秘書を務めたブルンヒルデ・ポムゼル(103歳)が、終戦より69年の沈黙を破り、初めてインタビューに応じた貴重なドキュメンタリー作品。
彼女の証言は20世紀最大の戦争と全体主義の下で抑圧された人々の人生を浮き彫りにする。
監督:クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットホーファー
オーストリア映画/2016/113分/ドイツ語/16:9/白黒/日本語字幕 吉川美奈子/
配給 サニーフィルム
協力:オーストリア大使館|オーストリア文化フォーラム/
書籍版:『ゲッベルスと私』紀伊國屋書店出版部
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