世界10冠『アルビノの木』凱旋上映 スペシャル対談
4月21日から池袋シネマ・ロサにて上映される金子雅和監督『アルビノの木』。
農作物を荒らす獣害駆除に従事する若者が、山の人たちが長いこと大切にしてきた一頭の白鹿を撃つため山に分け入っていく。自然と人間を対峙させ、人間の在り方を根元から問う物語。
2016年テアトル新宿にて公開されたのちも世界の映画祭で受賞が続き、このたび10冠をひっさげ凱旋上映が行われる。
また、この上映に先駆け、4月14日からは金子雅和監督特集上映として過去作9作品が3プログラムにわたって上映される。
2013年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で出会い、『アルビノの木』で罠猟師役として印象的に出演している長谷川初範さんと金子雅和監督の対談が実現した。
シネフィル独占対談!長谷川初範と金子雅和監督
◆民族間の差別も偏見もなくなると実感した映像の力
金子:長谷川さんはもともと俳優さんになられる前に、作る側のほうに関わっていらっしゃったと伺いました。
長谷川:高校卒業後に横浜放送専門映画学校(現:日本映画大学)に入るんですけども、その前に1971年にアメリカの高校に交換留学生というかたちで行きまして。そこでカルチャーショックに会うんですね。時期的にも生々しくて、僕らの同級生のお父さんたちは第二次世界大戦で日本兵と戦った人たちだったんです。当時はまだ「ジャップ」という言葉があって、偏見と差別というものがすごくあったんですよね。どうしたらわかってもらえるんだろうと思っていた中、たまたま札幌オリンピックがあって、夜中に放送していたのをテレビで見て。泊っているおうちのお母さんとかテレビで日本を初めて見たわけです。よっぽど古めかしい小屋みたいなところに住んでるんだろうと先入観をもってたらしくて、「へえ、こんなビルがあって街があって、おしゃれなんだ」というイメージをみんなが共有した。そのときに「こんなにも映像の力というのは大きいんだ」とすごく思ったんですよね。
映像を見れば日本人に対する情報のないところからくる差別もなくなるんじゃないかなと。10代のその体験で「異なる民族は映像でしかお互いに分かりあえないんじゃないか」と思ったのが、映画学校に入るきっかけでした。
金子:横浜放送専門映画学校では今村昌平監督のご指導をうけられて。
長谷川:教室自体がなくて、つぶれたボーリング場の床の上にパーテーションを作って、教室にしていたようなところですよ。面白いところに生々しい大人たちがいて、直接彼らの息吹をもらえる。淀川長治さんもいらして、毎週彼のおすすめするイタリア映画からなにから見せていただいたあとに2時間は講義するわけですよ。淀川さんよくおっしゃってましたけど「こんなに前のめりで聞く学生どこにいってもいない」と。僕らは当時の学歴社会の選択肢を捨ててそこに行ってるわけですよ。ここで教えていただくものをとにかくたくさん吸収して世の中に出ないといけないと思っていたのでね。こちらも情熱があるからまたあちらも情熱的に話してくれるという、とても教育の理想があったと思うんですよね。
金子:卒業後、助監督さんもされてたんですよね、現場で。
長谷川:そうです。演劇科というのに入ったんですけど、それは演出をするためのものとして。そしたら芝居させられたと。芝居はうまくできなかったんです。俳優になるという気持ちもなく助監督になろうと思っていましたから。学校を卒業した後は浦山桐郎監督の「飢餓海峡」(フジテレビ)で俳優デビューさせていただいて、出ていないときは助監督の一番下っ端で走り回っていたんですよ。
金子:スタッフもキャストも両方やられるような形から、どこのタイミングで俳優の道に?
長谷川:当時今村プロや大島渚さんの大島プロも含めて、助監督というのは自分の大将が撮っていないときは他のところに助監督のアルバイトに行けなかったんです。だからうちの大将が3年、4年に1回映画を撮るとしたらその間食いつながないといけない。
僕があるとき新宿の駅前を歩いていたら、床の路面に新聞紙をひいた香具師の方たちが瀬戸物のアウトレット品を売っていまして。そしたら「おい長谷川!何気取って歩いてんだよ!」というわけですよ。「誰この人たち!?俺知りあいじゃないけど?」とふと見ると、今村監督の助監督たちだったんです(笑)トラック一杯5000円で買ってきたアウトレット品を東京で一枚一枚売ってらして、その話を聞いて「ああ…僕は無理だな」と(笑)
システムとして助監督を10年やって30歳まで続けていっぱしになったところで映画を撮らせてもらえる。当時僕の目の前にいたのは長谷川和彦さんと小栗康平さんでした。30歳のとき、小栗さんは浦山組の全スタッフがバックアップして1本目を撮る。長谷川和彦さんは今村さんのところの全スタッフついて『青春の殺人者』撮る。そうやってデビューさせてもらえるんですよ。10年耐えるということが大事だったんですけども、僕は家庭の事情もあり、食べていくためのバックアップが一切なかったんです。
その後、オーディションだったりいろいろ声をかけていただいてテレビの仕事をやり始めました。森光子さんの「水曜劇場」という枠にポンと入れてもらって、台本を見たら「次の週も出てる!」みたいな。2クールくらい森光子ファミリーとご一緒させていただいて。森さんには舞台「おもろい女」にもお弟子さんの役で入れていただきました。1日2回公演の間に森さんが直接僕に漫才のシーンのお芝居を繰り返し繰り返しつけてくれて。今思えばありたいことですよね。そうやって育てていただきました。
◆構図の切り取り方と色彩に衝撃を受けた出会い
金子:今からちょうど5年前、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で長谷川さんにお会いして。その時は長谷川さんは若い監督の作品へのご出演でいらしていて。自分は短編部門のコンペに『水の足跡』という作品が選ばれてて。まったく面識はなかったんですけども、上映後にお声がけいただいてそこでお会いしましたね。
長谷川:そのとき泊っていたホテルのちょうど下でやっててマネージャーが空いた時間に見たんですって。「すごくいいんですよ」というわけ。僕も見たらポスターの構図が素敵だったので。僕、色彩と構図の大切さっていうのは浦山組のときから安藤庄平さん(浦山組のカメラマン)からお聞きしていて。安藤さんも若い時から浦山さんに育てられた方なんですが、構図の勉強をするために絵画を見に行ったりしていたんだという話をずっと聞いていたんですよ。だから僕もイタリアの映画、ヴェンダース、タルコフスキーとかずっと見ていて構図の切り方の大事さというのは感覚的にわかっていたんですが、それが日本の場合は甘いなと。それは構図が切れないから。安藤さんは見事に構図を切るんですよね。
金子:素晴らしいですよね。
長谷川:『水の足跡』のポスターを見たときに「あ、観よう」と思って。川を舞台にするって一番難しいですよね。たまたま息子の大学の友人がキヤノンのカメラのムービーでドキュメンタリーを撮った作品があって、バックの緑の色彩がとてもきれいに映っていて、息子とこれは使えるねという話をしていたんです
金子:一眼レフのカメラですね。
長谷川:この色彩は一眼レフなんじゃないのかなと思って、上映が終わった後に「監督はどこにいらっしゃるの?」と聞いて会いに行ったんです。たぶん開口一番きいたのは「あれはキヤノンのカメラですか?」という話だったと思うんですよね(笑)
金子:そうそう、そうでしたね(笑)
長谷川:いろいろ聞いてからカメラマンの方が撮ったのかと思ったら「いいえ、僕が撮りました」という話で「え!?」って驚いて。監督で、自分で撮ってるって聞いてそれが新鮮で面白かった。僕は次回あったら必ず出してくださいと言ったと思うんですけども。
金子:そうでしたね。使っていたカメラもおっしゃる通りキヤノンでした。色の感じがヴィヴィッドに出るのと、ロケーションに機動力も必要なときにはカメラ自体小さいほうがいいので。
ちょうどその時『アルビノの木』の脚本が形になりつつあって、まさに出ていただきたいなと思った役がありまして、そこからしっかりと体制ができた1年後にご依頼しました。この映画は猟師の話ですが、そのなかでも山小屋にいるベテランの罠猟師の火浦という男をやっていただいて。実際2000メートルくらいの避難小屋、山小屋にいるという男の役。
長谷川:具体的に罠猟師というのはなかなか体験できないものがありますけど、あの脚本を読んだ時点でファンタジーの世界に入る入口の門番のような感じがしたんですよ。罠の具体的なものを勉強するよりは、肉体的な映像的なものをということで、1100メートルくらいのところにある別荘に1週間弱くらいこもりました。下界から離れた生活をすることになると、髭もきれいに剃らなくなるし、丸太を斧で切ったり火をおこしたりしているとちょっとずつ都会にいる時と顔つきが変わってくるんですよね。その場所から僕はそのまま撮影場所である長野に行ったんですよ。
金子:迫力のある顔つきになられていましたよね、ご自身でもおっしゃっていましたが(笑)
長谷川:そんな雰囲気を作りたいなと思いながら自分がいつも鏡みているわけじゃないですから、それを監督が撮ってくれて「えー!」と。自分が思っている以上のすごいド迫力(笑)
それを画的に引き出すという監督の感性に「ああ、素晴らしいな」と思ったし、僕もそっちのほうを狙ってたので。セリフがあるけれどもなによりも画。体を見たらわかるという説得力こそが僕は映画の醍醐味だと思うんです。そういう意味では、都会の僕ではない、僕もそういう自分と出会えて驚いた(笑)
◆肉体のチューニングを合わせていくということ
金子:いま長谷川さんが役作りについてフィジカルから作っていくとおっしゃっていましたが、それは自分もすごく共感して。隔絶された場所にいる人の気持ちってテクニックでは作れないというか、実際隔絶した場所に行かないと、と思うし。
長谷川:夜まで六本木にいてワイワイやっていて、次の日あそこにいって急にはなれないですよね。2日、3日かかるんですよ。気圧とかそういうものも含めてね。
金子:僕は作り手ですが、すごくアプローチの仕方は似ているところがあって。ロケハンをすごく時間をかけてやるんです。ここって決めたところですぐに撮らずに、そこに何回も通うんですね。徒歩でしか行けない山奥とかでも少なくとも3回は同じ場所へ行って、その場所と自分のチューニングを合わせていくというか、そういう作業が必要だと思っていて。
長谷川:熟成させるということもあるよね。
金子:そうですね。ただ風景がきれいだなとか、ダイナミックだなというところが、3回くらい通ったときにふっと…どこから切り取ればいいかとかが見える瞬間があって、それは土地と自分の感覚が合ってくる瞬間なんだと思います。自分も東京から行っているので、都会のものをそのまま持ち込んでというのでは、そこを撮れないんです。山を歩いたり、その土地に通うことによって合わせていく。
長谷川:今村さんも実は東京の方なんです、それなのに東北の物語を作っているわけなんですよ。あれは東北の人が東北のものを料理したときには何かしら違うものになるんですけど、非常にクールな料理の仕方をして、じつにわかりやすくその地方の人たちが忘れていたようなものまでちゃんと掘り起こしてあって。僕は金子さんの持ってらっしゃる立ち位置というのは、今村さんがやってらしたものを感じます。
金子:そこに住んでいると見えないもの、見たくないものや、忘れてしまったものもあるし。外から行くからこそ見えるものもありますよね。
長谷川:たぶん今村さんたちの東北を舞台にした作品も、入っていって入っていって、波長を合わせていくものがあるんでしょうね。風土と一緒にね。沖縄もそうですし。そうやって物を作っていくというのが、僕はすごく正しいと思うんです。それと同時に外からの視点を持っている、東京メイドのモダンな映画ですよということ。本当に田舎のものを田舎のままに撮るということとは違う、仕立ては本当はすごくオシャレなんですよ、というのを今回の映画にしてもすごく感じるし、これは海外の人こそがすごくわかるだろうなという風にも思います。
◆無冠でいい、80歳までがんばってカンヌ最高賞を取ってあの世で今村昌平さんに報告したい
長谷川:ニューヨークにいったときに「いやぁオヅの映画は素晴らしかったね、クロサワの映画はいいね。で?君たちは映画やめたんだよね?日本って映画作ってないんだよね?」って何度も言われたんです。まったく日本の映画の存在感がないんですよ。本当に悔しいなぁと思いますね。
映画の世界というものは、万国共通の言語で回っている世界があると思うんですよ。日本の商業的なものと違う部分でね。今回の『アルビノの木』も自然という世界の共通テーマですよね。その中でファンタジーに作っているのも日本風なアレンジの仕方。日本人というものを理解をした上で海外の人たちと分かち合える意識を持つ…いわゆる美に対するものとか、芸術・文化を大切にする人たちの場所というのが、世界で回っている映画の世界で、これは僕はすごく大事な場所だと思っています。そこで作ろうとする努力や挑戦はしなくてはいけないと思うんです。
僕は人生の中でこの業界に入って一度も自分のお芝居とかそういうもので褒められたこともないし賞ももらったこともないんですよ。今村さんの学校を出るときに今村賞をもらってるんですが、それ以来一切もらったことがない。だけども、必ず一度だけ、80歳まで頑張って、カンヌで最高賞の時に行ってみたいんですよ。死んだあとに今村さんところで「賞取りました!」「おおよくやったな、俺は2個もらったけどな」なんて話をしたい。それに挑戦しないと合わせる顔がないんですよね。
◆『アルビノの木』の見どころ
長谷川:僕はね、この映画の一つ一つの見つけてきた場所、ロケーションのすばらしさとともに皆さんの着てる洋服がすごく気になって。映画の幻想的な雰囲気と一緒に、そういうオシャレ感を堪能してもらいたい!あとダイナミックさだよね。あの滝を見たときに僕は震えたもんね。久しぶりに映画を見たとき「すごいところに連れていかれた」という驚きというか。赤い川もCGかなと思ったら「あるんです」というし。単なる山の映画じゃないですから!(笑)
金子:僕からも1つだけ。長谷川さんに最初にご覧いただいた『水の足跡』という作品が群馬県の桐生市というところで撮影しているんですけども、それを見た地元の若い人から面白い感想をもらったんです。「これ100年後にもう一度見たい」と。自分たちはみんないなくなっているけれども、ここに映っている風景、岩とか自然は100年後でも存在している、映画を見ていてそういう流れている時間の長さとか自分たちの生きている世界の大きさを感じたと。
長谷川:面白いなぁ…
金子:『アルビノの木』もいろんなロケーションで撮っています。その中で人間のドラマ、人間の思惑がある一方で、自分たちの考えられる物差しの尺度や生きられる時間を超えた大きな世界というものがある。その一端を僕はこの映画のなかに映し撮ったつもりなので、そういったものを物語と同時にお客さんに見てもらいたいなと思いますね。
アルビノの木凱旋&金子雅和監督特集
4月21日(土)より池袋シネマ・ロサにて凱旋上映
※5/4(金)まで予定
『アルビノの木』
(出演:松岡龍平、東加奈子、福地祐介、山田キヌヲ、長谷川初範ほか/2016年/86分)
監督:金子雅和 配給:マコトヤ www.albinonoki.com
4月14日(土)より金子雅和監督特集
※4/20(金)まで
Aプロ 自然と美の探求「初期衝動作品群」
『すみれ人形』『こなごな』『AURA』
Bプロ 美と恐怖『黒い寓話集』
『逢瀬』『復元師』『鏡の娘』
Cプロ 自然と人間「水と光と風たち」
『水の足跡』『失はれる物語』『ショウタロウの涙』