戦後ドイツの未来を憂えて正義と信念を貫いた孤高の検事フリッツ・バウアーの心揺さぶる物語
『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』が1月7日から公開された。

来日したラース・クラウメ監督に、シネフィルを含む三者合同インタビューをすることができた。
以下の文章は私の質問だけでなく、同席したPOUCH、女子SPA!の質問への答えも合わせて構成してあることをお断りしておく。

画像: ラース・クラウメ監督

ラース・クラウメ監督

 アイヒマンといっても、今の若い世代の人にはなじみが薄いだろうが、ナチ・ドイツにあって、ユダヤ人の強制収容の運営に当たった幹部将校であり、戦後は行方が分からなくなっていた。アルゼンチンに隠棲しているところを発見され、60年5月イスラエルの諜報機関モサドによって拉致され、イスラエルに連行され、同地で裁判にかけられて、62年6月1日未明に処刑された。外国での拉致連行というまるで映画のような出来事は、世界的なセンセーションを巻き起こし、当時子供だった私も新聞報道で知り、驚嘆したものだった。

画像1: © 2015 zero one film / TERZ Film

© 2015 zero one film / TERZ Film

 近年、アイヒマンをテーマにした作品が多数作られており、裁判を中心にした「スペシャリスト〜自覚なき殺戮者〜」「アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち」「ハンナ・アーレント」などが日本公開されている。アイヒマンの行動を服従心理の点から分析しようという研究もなされ、権威者の指示にしたがう人間の心理を検証する実験をアメリカの心理学者スタンリー・ミルグラムが行った。この実験は彼の名を取ってミルグラムテストとも、アイヒマンテストとも呼ばれている。2月に公開される「アイヒマンの後継者/ミルグラム博士の恐るべき告発」では、実験の全貌が描かれている。

画像2: © 2015 zero one film / TERZ Film

© 2015 zero one film / TERZ Film

 本作はラース・クラウメとオリヴィエ・グエズが脚本を書き、ナチ残党の訴追を担当していたユダヤ人検事フリッツ・バウアーを主人公に、アイヒマンの逮捕と裁判、ドイツが奇跡の復興を遂げる基礎となった1960年前後の社会情勢が描かれている。つまり、アイヒマン本人よりもバウアーに焦点を合わせた映画なのだ。

画像3: © 2015 zero one film / TERZ Film

© 2015 zero one film / TERZ Film

Q 現在の世界は排他的な情勢にあると言えます。今の時代にこの作品を完成できたこと、そしてフリッツ・バウアーの視点から描けたことについて、どう考えてますか。

A 今の世界は複雑になっていて、解決しようにも、経済システムなどがあって、それが難しい。例えば、数年前のアラブの春と言われたエジプトも今では軍国主義にもどっている。人々は世界を変えることはできないと思ってしまう。バウアーは国を民主化するために亡命先のデンマークから帰国した。今日、何もできないと思う人がいたら、個人の力でも変えることができるということを、バウアーから学ぶことができると思う。当時のドイツには元ナチが至る所にいた。バウアーの視点から描くことで、彼も個人の弱さを持っていることが分かる。ユダヤ人だし、ホモセクシュアルだったし。 

ホモセクシュアルは1994年までトイツでは犯罪であり、バウアーの助手を務める若手検事はホモセクシュアルの人物に惹かれて一線を越え、それを写真に撮られてバウアー追い落としの道具にされようとする。この人物は映画のオリジナルだが、ことあるごとにバウアー排除の試みがなされたことは事実。

Q アイヒマンを見つけたのはナチハンターとして有名なジーモン・ヴィーゼンタールだと思っていたので、今回の映画を見て驚きました。史実に基づいているのでしょうか。

A 多くの人はアイヒマン逮捕の裏にヴィーゼンタールがいたと思っているようだが、私たちのリサーチでは彼はアイヒマン逮捕には関与していません。そういう事実を見つけることができませんでした。他のナチ戦犯のあぶり出しには尽力していますけど。この映画で描かれたように、アルゼンチンに住むヘルマンという男性が、「自分の娘が付き合っているのはアイヒマンの息子だ」という手紙をバウアーに出したことがきっかけです。バウアーはドイツ政府がアイヒマン逮捕に消極的なことから、法律を冒して、イスラエルの諜報機関モサドに会いに行き、アイヒマンの身柄確保を依頼した。だが、当時のイスラエルは隣接するアラブ諸国への対応に傾注したいので、確たる証拠がないと動けないと言う。そこで、アイヒマンと思われる人物を再調査して確信を得たところで、再びモサドに連絡してアイヒマン逮捕となった。このアイヒマン逮捕が今日モサドをして世界一の諜報機関と言わしめるきっかけとなり、それに大きく貢献したのがバウアーなのです。

Q 原題の”DER STAAT GEGEN FRITZ BAUER”の指し示す意味は何ですか。(注・Staatは国、gegenは対を示し、裁判名として使われる言い方)

A このタイトルはかなりもめてね、脚本家と一緒に製作者を一生懸命説得したんだ(苦笑)。裁判劇であることを示したかった。ドイツ社会を反映したもので、西ドイツは戦後、連合軍から民主主義国家になりなさいと言われて民主化されたのです。人に言われたからそうなったわけで、その体質は昔のナチ支配時の精神風土と変わらない。社会を構成するすべての個人が、自分がそうありたいと思う状況を作っていけるということをフリッツ・バウアーは体現したわけで、過去と向き合うことは大事なことなのです。

Q 社会派の映画としては、映像がきれいだった。オフィスの内装なども良かったと思います。

A 自分の映画のヒーローは毎回違う。すべての映画は冒険。撮影監督のイエンス・ハラントとは十年来の仲で、毎回模索して映画を撮っています。今回の映画はとてもシンプル、クラシックで、カメラは過剰な動きはしないことにした。男たちがただ話をしている場面が多いのでね。カメラは観察しているだけでいいと思った。衣装デザイナーのエスター・ヴァルツはミケランジェロ・アントニオーニ作品(注・「愛のめぐりあい」)も手掛けているのだが、当時のムードは出したいと思った。肌触りなどもね。

 あと2センチで2メートルという長身の監督と背の低い私とのツーショットは、まるで私が子供かと思うほどの差があった。

あと2センチで2メートルという長身の監督と背の低い私とのツーショットは、まるで私が子供かと思うほどの差があった。

北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。

       
ナチスの戦争犯罪の徹底追及に人生を捧げたフリッツ・バウアーの孤高の闘いを、モサドや敵対勢力との息づまる駆け引きを絡めて描いた本作は、上質なミステリー映画さながらのスリルと知的好奇心をかき立てるとともに、人間の尊厳や正義といった普遍的なテーマを力強く伝え、現代の観客の胸を熱くせずにおかない。1961年のアイヒマン裁判を扱った『ハンナ・アーレント』、1963年~1965年のアウシュビッツ裁判を題材にした『顔のないヒトラーたち』といった近年日本で大ヒットしたドイツ映画の“前日談”的ストーリーは、歴史映画ファンにも必見の一作。
鉄の意志を持つ主人公フリッツ・バウアーを演じるブルクハルト・クラウスナーは、『白いリボン』『パリよ、永遠に』『ヒトラー暗殺、13分の誤算』などのほか、ハリウッド大作『ブリッジ・オブ・スパイ』にも出演しているドイツ映画界の大スター。また『東ベルリンから来た女』『あの日のように抱きしめて』で日本でも知られる存在となったロナルト・ツェアフェルトが、若き検事カール・アンガーマンを繊細に演じている。

画像: 2017/1/7(土)公開『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』予告篇 youtu.be

2017/1/7(土)公開『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』予告篇

youtu.be

<STORY>1950年代後半のドイツ・フランクフルト。検事長フリッツ・バウアーはナチスによる戦争犯罪の告発に執念を燃やしていたが、未だ大勢の元ナチス党員が政治の中枢に残りあらゆる捜査は遅々として進まなかった。そんなある日、バウアーのもとに数百万人のユダヤ人を強制収容所送りにした親衛隊中佐アドルフ・アイヒマン潜伏に関する手紙が届く。アイヒマンの罪をドイツで裁くため、ナチス残党が巣食うドイツの捜査機関を避け、イスラエルの諜報機関モサドにコンタクトをとりアイヒマンを追い詰めていく。しかしその頃、フランクフルトではバウアーの敵対勢力が、彼の失脚を狙って狡猾な謀略を巡らせていた…。

出演:ブルクハルト・クラウスナー、ロナルト・ツェアフェルト、リリト・シュタンゲンベルク、イェルク・シュットアウフ、セバスチャン・ブロムベルク
監督:ラース・クラウメ 
配給:クロックワークス/アルバトロス・フィルム
2015年/ドイツ/シネマスコープ/105分/英題:The People vs Fritz Bauer

Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国絶賛公開中!

This article is a sponsored article by
''.