「シング・ストリート 未来への歌」
2007年に公開された「onceダブリンの街角で」が大ヒット、いきなり注目の監督になったジョン・カーニー監督の新作です。
「onceダブリンの街角で」はアメリカでわずか二館で始まった上映が、口コミで評判になり、あっという間に140館に拡大公開され、主題歌はアカデミー賞主題歌賞を受賞しました。その後ミュージカルとしてブロードウェイに進出、トニー賞まで受賞してしまうという偉業を達成。
次の2013年の「はじまりのうた」では、ニューヨークを舞台に、キーラ・ナイトレイとマーク・ラファロというスターを起用して、これまた大ヒットを記録しました。
これでカーニー監督は、音楽を軸に、若者たちの青春を描き出す監督として、次回作が待ち望まれる監督になったわけですね。
さて。今回は半自伝的な作品、ということで、故郷アイルランド・ダブリンに舞台を戻し、14歳の少年が成長していく様を描いています。
主人公はもちろん、その兄など家族にも自伝的要素が入っているそうで、監督にとっては、次のステップに進む前にどうしても撮っておかなくてはいけない、そんな作品なのだそうです。
1985年。14歳のコナーはダブリンの郊外に住む中学生ですが、父親の失業をきっかけに、今まで通っていたイエズス会系のお上品な進学校から、カソリック系でも学費が安くガラの悪い底辺校に転校させられることになります。
転校一日目からいじめの洗礼を受けるコナー、二日目には校長にもにらまれ、孤立無援。
同じクラスのいじめられっこ先輩ダーレンに、この学校でのトラブルの避け方などをレクチャーしてもらっているところで、コナーの目の前に天使が現れます。
なぜかいつも学校の向かいの家の階段に立っている少女、ちょっと年上みたいで、中学生なんか相手にしないわ、という感じでたばこを吸っている姿がとてつもなくかっこよく見える、ラフィーナ。
ダーレンの忠告に耳も貸さず、コナーは彼女に話しかけます。モデルをしているという彼女に、成り行きで「バンドをやってて、ミュージックビデオを撮るんだけど出てくれないか?」といってしまいました。
もちろんバンドなんてやっていないし、ミュージックビデオなんて撮ったこともありません。毎週、兄貴のブレンダンと楽しみに観ている音楽番組で見たデュランデュランのミュージックビデオをふと思い出しただけです。
けれど、ラフィーナと知り合いになれるなら、なんだって! というわけで、コナーはダーレンと一緒にバンドのメンバーを探し始めます。
80年代、ブリティッシュ・ロックが世界中で流行し、MTVが各国で放映され、ミュージックビデオが花盛りだった頃のお話です。デュラン・デュランや、A-Ha、デビット・ボウイ、女の子ならマドンナやシンディ・ローパー、と音楽だけではなくて映像もカッコイイミュージシャンたちが世界を席巻していた時代ですね。
大学を中退し引きこもり系な兄貴ブレンダンは音楽オタクで、音楽についてはコナーの師匠みたいなもの。音楽の聴き方からミュージックビデオの観方、女の子の口説き方まで伝授してくれます。で、ブレンダン曰く「女を口説くのに人の曲を使うな」。
というわけでコナーはオリジナル曲の製作を始めます。
同じ学校のはみ出し者ばかりでバンドを組み、オリジナル曲を作り、ビデオのために衣装やメイクに工夫を凝らし、と、これがなくては生きていけないと思うほど好きなものに出会った少年の、はじけるような日々が、活き活きと写し取られています。
最初の頃はこれが好きと思ったらすぐそのスタイルの真似をしていたコナーが、やがて自分のスタイルを見つけ、希望を見つけ、チャレンジするようになります。こういうのを「成長物語」というのですが、それにしても気持ちのいい、きらきらした作品です。ぜひ、劇場でいい音で楽しんでください。サントラもいいですよ。
「シング ストリート」で主人公のロックオタクの兄貴ブレンダン役をしているジャック・レイナーなんですが、どこかで見た顔だなー、聞いた名前だなー、と思って調べてみたら、なんと公開中の「ロイヤルナイト 英国王女の秘密の外出」で若き日のエリザベス女王を、それとは知らず一晩エスコートしてロンドン中を駆け巡ることになる不良兵士を演じた人でした。ちょいワルなんだけれど実はとても誠実で優しい青年という、「シング・ストリート」のオタク髭もじゃだらしない兄貴とは全く違う顔を見せてくれています。