このところ、女優がカメラの裏側に回って演出を手がけるケースが多い。
アメリカ映画ではジョディ・フォスターの「マネー・モンスター」、日本映画では黒木瞳の「嫌な女」と桃井かおりの「火 Hee」がそうだ。最後の作品は監督がカメラの前にいて、主演もしている一人芝居的な作品で、熱演がひしひしと伝わっては来るものの、説明不足なままエンドとなり、強烈パンチが空振りした感もある。
「マネー・モンスター」はアメリカ映画らしくストーリーの流れにのせて多彩な登場人物を出し入れして、クライマックスへと持っていく作法がしっかりと決まった作品。フォスターにとってこれが監督4作目であり、子役からの長い映画人生において学んだ演出術を生かした映画といえよう。
「嫌な女」は黒木の初監督作で、桂望実の小説「嫌な女」(光文社文庫)にほれ込んだ彼女が自ら出版社に映画化権を取りに行って、西田征史に脚本執筆を依頼し、自分で監督をすることになったという。いとこ同士の石田徹子と小谷夏子。わがままで自己中心的な夏子と、反発しつつもじっとこらえる徹子。対照的な二人が大人になって再会し、人生航路が交差することになる。
猛勉強して弁護士になった徹子は、荻原弁護士事務所に雇われ、事務員の大宅みゆきにいつも励まされて、キャリアを積み重ねていく。
そんなある日、夏子が「婚約破棄の慰謝料払えと言われて、困っている」とやってきた。けばけばしい服装に傍若無人な態度、話を聞けば、あきらかに夏子の方が悪い。断ろうとするが、なぜか荻原所長は引き受けて徹子に担当させた。
原告である西岡は未練たっぷりで、訴えをとりさげてもいいと言い出すと、それを聞いた途端、「それじゃ、これで」とさっさと帰ってしまった。弁護料も払わずじまいで、荻原所長からは「弁護料を貰うまでが仕事ですよ」と叱られ、自腹を切ることに。その後も、ゴッホの「ひまわり」風の絵を200万円で買わされた男の訴訟で、再び夏子に振り回されることに。
題名通り、夏子は嫌な女、関わりたくない女であるけれど、なぜか尻ぬぐいをしてしまい、それも自ら進んでやるようになる、そんな不思議なキャラクターでもあった。
徹子の方は人づきあいがうまくなく堅物すぎて、夫にも敬遠されて結婚が破局したのではなかろうか。二人とも嫌な女なのかもしれない。同時に愛すべき女でもあるようだ。夏子に騙された方も、いささか思慮が足りないところがあり、それが笑いをうむきっかけとなっている。元夫との間にもうけた小学生の息子は母親である彼女を無視し、それでも陽気な顔をして別れるエピソードは涙をさそう。
黒木監督はいくつものエピソードをユーモラスに、時にペーソスを込めて描き、人生の哀歓を巧みに表現していた。初監督作品として十分に合格点の与えられる出来栄えだった。
徹子に吉田羊、夏子に木村佳乃、荻原所長にラサール石井、大宅に永島暎子が扮しており、他に織本順吉、寺田農、佐々木希、中村蒼らが脇を固めている。
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。
キャスト
吉田 羊 木村佳乃
中村 蒼 古川雄大 佐々木 希 袴田吉彦 田中麗奈
織本順吉 寺田 農 ラサール石井 永島暎子
監督:黒木瞳
原作:桂望実『嫌な女』(光文社文庫刊)
脚本:西田征史(映画『小野寺の弟・小野寺の姉』、NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』)
主題歌:竹内まりや「いのちの歌」(ワーナーミュージック・ジャパン)
配給:松竹