ニュー・ジャーマン・シネマの旗手だったライナー・ヴェルナー・ファスビンダ—監督の幻の作品「あやつり糸の世界」が、3月5日から東京渋谷のユーロスペースで封切られる。
もともとはテレビ映画として16ミリで撮影されたもので、73年と76年に一回ずつ放送されたきり、埋もれた作品となっていた。
ダニエル・F・ガロイの小説「模造世界」(創元SF文庫)に基づくストーリーで、ファスビンダーにとって唯一のSF作品。
題名が「あやつり糸の世界」となっているように、研究者の目的はコンピューターを使って、仮想人間の世界を構築し、彼らの行動をシュミュレーション・モデルとして未来を予測することだった。約1万人ほどの仮想人間が、我々と全く同じ環境で生活していた。もちろん、彼らは自分たちは生身の人間ではなく、電子イメージに過ぎないこととか、上位社会にいる研究者たちのあやつり人形であるとは思っていない。
サイバー研究所の研究局長フォルマー教授は所長と折り合いが悪く、視察に来た役人に対してもそっけない。しきりに頭痛を訴えていた教授が、謎の死をとげる。シュティラー博士が後任となるが、保安主任ラウゼが煙のように姿を消したのに、誰もがラウゼなんていなかったと言うので、何かおかしいと思うようになる。シュティラーは心理学者ハーン、グラマーな秘書グロリア、フォルマーの娘エヴァらとかかわりながら、フォルマーやラウゼの死の真相を調べ始める。だが、衝撃的な真実に気づいた時には殺人犯として追われる身となっていた。
多重構造のヴァーチャル・リアリティ世界の面白さ、逃走・追跡のアクション……、娯楽映画の要素を巧みに織り込んで観客を楽しませてくれる。映像で多重世界の理論を理解させるのはかなり難しいことも事実であり、単純化されていて、あっけない気もする。とはいえ、73年という時点で、ヴァーチャル・リアリティや多層世界をとりあげた先取り感覚は賞世界を織り込んで世界的に評判になった「マトリックス」よりも26年も早いのだから。
二部構成で、第1部が105分、第2部が107分。脚本をファスビンダーと助監督のフリッツ・ミュラー=シェルツが書き、シュティラーにファスビンダーが世界的に知られることになる「マリア・ブラウンの結婚」に出ていたクラウス・レーヴィチュ、グロリアにファスビンダー映画の常連だったバーバラ・ヴァレンティンが扮していた。
また新聞記者役のウーリ・ロンメルはのちに「魔女の棲む村 」「大鴉」といった低予算ホラー映画の監督として一時代を画している。さらにエディ・コンスタンチーヌ、クリスティーネ・カウフマンといった60年代のスターが特別出演している。
ファスビンダーとは本作を含めて16本の撮影を担当したミヒャエル・バルハウスがのちにリメイク権を取得したものの、映画製作にはいたらず、ローランド・エメリッヒに譲った。エメリッヒが製作者として関与したのが、1999年の「13F」で、この作品は日本でも公開されている。