「エンタメ通訳の独り言」(その六)
デビッド・ボウイとの幸せな思い出 2 小林禮子
デビッドは次々と新しい自分を創造して、何度も生まれ変わったことで知られていますが、その源はどこにあるのか。
30年以上、デビッドのギタリストだったカルロス・アルマーは「彼はどんな人だったか?」と聞かれて「好奇心の塊」と答えています。そして初めての事象に直面しても、"nothing fazed him"とも。「彼をびびらせるものは何もなかった」とでも訳せばよいのかなあ。
私もカルロスに一票。それに「フェアな精神」を付け加えたいと思います。
まず、彼の「好奇心」の一端を垣間見るエピソードとして、自著
(http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-70754-9)
に書かせてもらった、京都の老舗旅館での、明日からCM撮影がスタートする夜の思い出を一つ。
夕食も終わり部屋に引き上げた直後、デビッドの部屋係の女性がふすまの向こうで声をかけました。
「よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「デビッドはんが体温計を貸して欲しいとおっしゃっています。どこぞ具合が悪いのではないかと心配で。それでちょっと、お耳に入れておこう思いました」
それは聞き捨てなりません。
遅くに彼の部屋に行くのは少々気が引けました。どきどきもします。「これも通訳の務め」と自分に言い聞かせ、彼の部屋に声をかけました。
「カム・イン」
元気そうな声です。そこで部屋係の女性の心配を伝えると、静かに微笑んで
「君が教えてくれたからだよ」と言いました。
彼の部屋は風呂付きです。私の部屋は風呂なしです。
しかし、風呂焚きの方が専属に付いてくれる大きなヒノキのお風呂に入ることが出来ます。
「ヒノキのお風呂のほうが部屋付きのお風呂よりも香りがよくてはるかに良い。ただ、きっと湯の温度が熱くてあなたには入れないだろう」と、その夜の夕食の席で私は言いました。
さらに、
「露天風呂での『雪見酒』という素晴らしい日本の伝統も、あなたは日本の温泉の温度に耐えられないだろうから楽しめませんね。残念でした」と付け加えました。
「君の話を聞いてね。僕は部屋の風呂で訓練をして熱い大きな風呂にも入れるようになる決心をした。それで、お湯の温度をチェックするために体温計を借りたのだよ」とデビッドは説明しました。
「何度なら入れるのですか?」
「さっき自分のいつもの温度にしてお湯を張ったら、三七度より少し下だった。何度くらいまで我慢できるようになったら、露天風呂に入れる?」
ちょっぴり意地悪な気持ちになって
「四一度近くまで」と答えました。
「四度の差か。だいぶあるね。でも日本人はみな入っているのだから僕も入れるようになるはずだ」
翌日、「三七度は低すぎるが、三九度か四〇度くらいでも大丈夫です」とあらためて教えてあげました。デビッドはその朝から、会うと最初に、「昨日は何度何分まで温度を上げて入った」と報告をしてくれました。そして、最後の夜にはヒノキの風呂に入りました。
「風呂焚き係りの人が最初は心配してね。外国人には通常、温度を最初から低くしているらしい。デビッドさんはよくこんなに熱い風呂に入れますねと褒められたよ」
その後、「熱い湯が好きになった」と言われました。
京都でのデビッドの好奇心は、まだまだ続きます。(続く)