Cinefil連載『映画と小説の素敵な関係』第十一回 
『ドリーマーズ』―前編


ベルナルド・ベルトルッチ――この名前は、映画ファンならば誰しもが一度は耳にした覚えがあるといえるほどの世界的巨匠です。そのベルトルッチが2003年に作り上げた作品が、今回取り上げる『ドリーマーズ』です。

画像: http://www.kadokawa-pictures.co.jp/official/dreamers/

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舞台は1968年のパリ。
「五月革命」を背景に、ドゴール政権下の文化大臣アンドレ・マルローによって、アンリ・ラングロワ率いる『シネマテーク・フランセーズ』が閉鎖に追い込まれたことで映画狂たちによる抵抗運動が始まり(映画狂の世界史では有名な「ラングロワ事件」)、その渦中で、シネマテークの「常連」であったアメリカからの留学生マシューとフランス人の双子の姉弟イザベルとテオが出会ったことから、奇妙で危うい三角関係が生まれてゆく・・・という物語りです。

この大筋を聞いただけで映画マニアは強い興味を惹かれるものでしょうが、それ以上に私が興奮したのは、この作品の原作である小説が、ギルバート・アデアの著作であるということでした。
ギルバート・アデアの名前が日本でどれだけ知られているものなのか解りませんが(この『ドリーマーズ』でかなり広まったとは思いますが)、イギリスの小説家、批評家、そして何より「ポストモダニスト」として、世界中でその名を知られる人物なのです。

画像: http://seul-le-cinema.blogspot.jp/2011/05/dreamers.html

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私とアデアとの出会いはやはり映画で、アデアの小説を映画化した『ラブ&デス』という作品でした。この作品は、堅物の初老の英国人小説家がニューヨークを訪れた際に、E・M・フォースター作品を観るつもりで映画館に入ったら、間違って低俗なアメリカのティーン向け映画に入ってしまいゲンナリしていたところ、主人公の男性アイドル俳優の美しさに魅せられて虜になってしまう、そのことから滑稽で切ないラブ・ストーリーが展開されてゆく・・・という物語りです。


何となくお解りかと思いますが、この作品は『ベニスに死す』がベースとなっています。あの名作をベースに、ふたりを通して、お堅い伝統的英国文化とアメリカのカジュアルな大衆文化とが交錯するポストモダン的アプローチの作品となっており、私はその素晴らしい出来栄えに、この作品のファンとなったのです(日本では興行的にも批評的にも決して高かった作品ではありませんが、海外では評価を受けた「隠れた名作」なので是非ご覧頂きたい作品です)。そこからアデアに興味を持ち、著作を読むようになっていたのです。

ギルバート・アデアは、実験的な小説を書くと同時に、それぞれの財団から認められてルイス・キャロル『不思議な国のアリス』、J・M・バリ『ピーターパン』の続編を書く許可を得て作品を書いている作家でもあります。そして映画狂(シネフィル)で、若い頃には実際にアンリ・ラングロワを崇拝し『シネマテーク・フランセーズ』に通っていた「常連」の一人であり、映画批評家としても知られている人なのです。文章から窺い知るところでは、かなりの偏屈者のようであり、そこもまた私好みです。
そのアデアの小説をベルトルッチが映画化したと聞いて、私は興奮を覚えずにはいられなかったわけですが・・・実はアデアは、彼の有名な文化批評集『ポストモダニストは二度ベルを鳴らす』の中で、ベルトルッチの『シェルタリング・スカイ』に対して、批判的な一文を書いたことがあったのです。

私は『シェルタリング・スカイ』はベルトルッチ作品の中でも特に好きな作品ですし、原作であるポール・ボウルズの小説もまた大好きで、素晴らしいコラボレーションの結実だと思っていたので、アデアの独特の視点からの批判に面白みを感じていました。とはいえ、一度でも公に作品を批判されたことのあるベルトルッチが、その批判をした相手の作品を映画化するなんて・・・勿論、ベルトルッチほどの巨匠が自分の作品への批判を一々気にしてはいないだろうとは思いましたが、私は他人事とはいえ、何ともいえぬ緊張感と期待感を覚えました。そしてそれは、非常に面白い結果へとつながっていっていたのです。

                                   江面貴亮

The Dreamers (2003) Trailer

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