『ラスト・コーション』(アン・リー 07)

 1937〜1945年までの日中戦争の上海と香港を舞台に、女スパイと暗殺対象となる特務機関員のあいだに芽生える禁断の愛を描いた映画です。
 日中戦争の激化で中国本土から香港へ逃れてきた女子大学生・王佳芝(タン・ウェイ)が、危険なスパイ活動に身を投じるのは、愛国心そして侵略者である日本への抗日運動のためです。王はスパイになる訓練の過程で処女を好きでもない男に捧げて、暗殺対象となった特務機関員の易(トニー・レオン)とセックスをしたとき、既婚者のセックスが出来るように特訓も行います。

画像1: http://www.focusfeatures.com/lust__caution/photos

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 易に近づくことに成功した王が、日本料理店で易の前で「天涯歌女」を歌う場面が印象に残ります。この映画で一番美しいシーンです。冷酷な男、易の顔がこの場面で初めて緩む。真に人と人が心を通わせたときの高揚感に勝るものはない。
 それは王がスパイになる前に抗日運動を題材にした学生演劇で、満員の観客から得る拍手から生まれる高揚感以上のもの、スパイとして自己を犠牲にして得られるヒロイズム以上のもの、ではないのでしょうか。


 王の高揚感が愛へと変わっていく、それは心の奥底でスパイとしてではなく、人間として本能的に求めていた愛、それを憎むべき相手である易から得てしまう皮肉。スパイ活動を共にする仲間たちや、忠誠を誓った祖国から得ようとしても得られなかった感情です。
 公開当時、「あなたはタブーを目撃する」「その愛は許されるのか」というコピーや、強烈なセックスシーンが話題になった映画です。でもこのコピーに騙されてはいけないです。アン・リー監督は中国での上映ではセックスシーンはどうせ検閲でカットされるのだから、伝えたいことを伝えるための部分までカットされない為にカットしたと言っています。

画像2: http://www.focusfeatures.com/lust__caution/photos

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 一見国家に対して従順で弱腰に見えるけど、アン・リー監督の真意はこの映画に込めたメッセージ、体制に対する批判をいかにして検閲されずに中国で上映するか、そのための目くらましとして強烈なセックスシーンを前面に出したのではないかと思います。
 威勢の良い言葉、分かり易い言葉に心を高揚させることが何を失わせるのか、行き着く先の空しさを訴える映画です。

Lust, Caution - Official Trailer [2007] [720p HD]

youtu.be


監督: アン・リー
出演: トニー・レオン タン・ウェイ
原題: 色,戒
販売元: Victor Entertainment,Inc.
価格: 3900円(現在絶版)
発売日 2008/09/16
時間: 158分
製作年・製作国: 2007年 米国 中国 台湾 香港

御木茂則(映画キャメラマン)
1969年生まれ 日本映画学校卒業
映画の撮影の仕事を20年以上続けています。仕事を続けながら沢山の映画を観てきました。数えたことはないですが、多分4000本以上の映画を観ているはずです。どの映画も愛おしい作品ばかりであり、私が仕事を続けていくうえで大切なことを教えてきてくれました。この連載は愛すべき映画への感謝の思いで始めます。
「再会したい映画」というタイトルはベタですが、また映画館のスクリーンでこの映画に再会したい!という願いをこめています。読んだ方が紹介した映画に興味を持ってもらえたら嬉しいです。よろしくお願いします。
撮影担当作品
『部屋/THE ROOM』(園子温 1993年)
『バッハの肖像 LFJより』(筒井武文 2010年)
『フレーフレー山田 忘れないための映像記録』(監督/撮影・2011年)
『希望の国』(園子温 2012年)
『ヒキコ 降臨』(吉川久岳 2014年)
『三人吉三』(串田和美 大形美佑葵 2015年)
撮影補
『奈緒子』(古厩智之 2008年)
『生きてるものはいないのか』(石井岳龍 2012年)
照明担当作品(撮影 芦澤明子)
『孤独な惑星』(筒井武文 2011年)
『夜が終わる場所』(宮崎大祐 2011年)
『受難』(吉田良子 2013年)
『滝を見にいく』(沖田修一 2014年)

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