連載第2回 幸せな家族の条件
トルストイの『アンナカレーニナ』の冒頭の一句「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」(望月哲男訳)は、何度読んでも深い味わいがある。
トルストイは、この世の中には「幸せな家族」と「不幸な家族」というのがあって、その違いについて述べているように見えるが、決してそういうことではない。
家族というのは、何事もなく、平穏無事であればあるほど、みな同じような形になっていくのだが、ひとたび波風が立って、その形が崩れていったとき、不幸というそれぞれに特別な形を負わされていく。
そして、この世の中には、幸せな家族といった類型は、どこにもなく、どのように平穏無事で、不幸の影さえ見えないような家族であっても、それが、彼らにしか味わうことのできない幸せであればあるほど、それぞれの不幸の形をも影絵のように写し込まれている。
そしてほんとうに幸せな家族の条件とは、一人ひとりが、それぞれの仕方で、そのことを胸のうちに深く刻んでいるということではないだろうか。
神山睦美 プロフィール
1947年岩手県生まれ。東京大学教養学科卒。
文芸評論家。2011年『小林秀雄の昭和』(思潮社)で、第二回鮎川信夫賞受賞。
その他の著書に、『夏目漱石論序説』(国文社)『吉本隆明論考』(思潮社)『家族という経験』(思潮社)『クリティカル・メモリ』(砂子屋書房)『思考を鍛える論文入門』(ちくま新書)『読む力・考える力のレッスン』(東京書籍)『二十一世紀の戦争』(思潮社)『希望のエートス 3 ・11以後』(思潮社)など多数。