9月5日から公開される「ギヴァー 記憶を注ぐ者」は、ロイス・ローリーのニューベリー賞受賞作を忠実に脚色した映画で、その静謐な映像はアクション満載のSF映画とは一線を画している。
講談社から『ザ・ギバー 記憶を伝える者』と題した翻訳書が1995年に出版されたが、絶版になったので、2010年に新評論から『ギヴァー 記憶を注ぐ者』と改題、新たに訳しなおしたものが出ている。ニューベリー賞とは児童文学の世界ではもっとも権威のある賞で、ローリーは4年前にも「ふたりの星」で受賞しており、二度受賞というのは珍しく、力量が高く評価されていることを意味している。

画像1: ©2014 THE WEINSTEIN COMPANY

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 父はマッカーサー元帥の専属歯科医だったので、11歳から13歳まで東京のワシントン・ハイツ(現在の代々木公園の一部)に住んでいた。敗戦で物のない日本人とは異なり、鉄条網内のワシントン・ハイツには物があふれていた。毎日のように自転車で渋谷をうろついたとのことで、この時に経験が小説に生かされていると語っている。

 コミュニティーと呼ばれ、人々が平和に暮らす世界。かつて人間の欲望、愚行、機械文明によって不幸な事態に陥ったことを反省して作られたコミュニティーは、周りを巨大な壁で守られ、人々は画一化された生活をおくり、それから逸脱する者はいない。
長老たちが人々を監視し、適切な指導をおこない、みなそれに従って平穏な日々が続く。嘘をつくことも、悪態をつくこともやってはならないこと。いや、めったにそんな気にすらならない。貧困も格差もない。まさにユートピアといっていい。

 一見、のどかな社会だが、没個性的で、性欲は薬を飲むことで抑制され、結婚は男女それぞれの特性を審査して許可される仕組み。
子供は出産母が産み、幼児は養育センターで育てられ、審査をへて夫婦に授けられる。
12歳のときに職業任命の儀式が行われ、長老たちが彼らの特性をかんがみて指定する。主人公ジョナスは思いもよらぬ〈記憶を受けつぐ者〉に選ばれる。記憶を受けつぐ者とは、コミュニティーの人々が知らない過去の記憶を保管し、それを次の〈記憶を受けつぐ者〉に伝える役目をもっていた。年老いた〈記憶を伝える者〉がジョナスに触れることで、少しずつ過去の記憶が彼の脳内へ流れ込んでいく。

 画一化された社会だけにモノクロで描かれているが、ジョナスが記憶を注入されて赤いりんごを認識したとたんに画面に赤い色が加わっていくという手法が鮮やかな印象を残す。壁の向こうには、コミュニティーとは違った社会、文明、そして本当の人間の絆があるのではないかと、思い始めたジョナスはある事件をきっかけに逃亡者となっていく。

 

画像3: ©2014 THE WEINSTEIN COMPANY

©2014 THE WEINSTEIN COMPANY

ユートピアだが、実はディストピアという設定の作品は少なくない。
管理社会テーマとなると、古くは「一九四八年」があり、不要になった人を安楽死させるというのは「2300年未来への旅」を思い出させ、薬漬けにして人々を管理するという設定はジョージ・ルーカスの「THX1138」にあった。この映画を見ていて、最近良く似た映画を見たなあとおもった。
回りを壁で囲まれているというのは「進撃の巨人」「ダイバージェント」「メイズ・ランナー」がそうだし、儀式で人生が決められるという点では「ダイバージェント」、そして「ハンガー・ゲーム」がある。 
壁の中ということで、社会の規模も小さく、特殊な体制もさほど無理なく構築できる。その上で、職業任命や「ダイバージェント」の所属共同体分けのような画一化によるひずみで生まれた反抗する主人公が逃げ出し、体制がそれを追うというストーリー・ラインはありきたりだが、近年のヤング・アダルト向けのファンタジー小説(とその映画化)の多くに共通するようだ。

THE GIVER (2014) Official HD Trailer

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 主席長老にメリル・ストリープ、〈記憶を伝える者〉にはジェフ・ブリッジス(もともとは彼が父親を主役にした映画の企画を20年間も暖めていたという)、ジョナスに「マレフィセント」のブレストン・スウェイツが扮している。
監督は「セイント」「ソルト」のフィリップ・ノイス。撮影は南アフリカのケープタウンとヨハネスブルグで行われた。ただしメリル・ストリープの場面は、彼女が同時に「イントゥ・ザ・ウッズ」に出演していたためイギリスで撮られている。

提供:カルチュア・パブリッシャーズ
配給:プレシディオ

2015年9月5日(土)より 渋谷HUMAXシネマほかにて 全国ロードショー

北島明弘

長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。
大好きなSF、ミステリー関係の映画について、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。

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