豪勢な、見るからに手間も財力もかかった絵だ。
藤原鎌足像(部分) 安土桃山時代・16世紀 奈良国立博物館
妙楽寺は明治の神仏分離令で神社に改編され、今日では談山神社となっている(奈良県桜井市、近鉄桜井駅からバス「多武峰」行き)。神社であっても十三重の仏塔がシンボルのようになっているが、元来は鎌足の墓を表す塔婆で、この絵の上部にはその由来を表す縁起の伝承のうち、雷神が登場する一幕が、これまたとても色鮮やかに描かれている。
談山神社(旧多武峰常楽寺) 十三重塔 室町時代・享禄5年 (1532) 再建 重要文化財
当初の塔は鎌足の供養塔なのでその死後まもなく、妙楽寺創建時の飛鳥時代に建てられた。現存するのは室町時代の再建。仏塔の中でもっとも屋根の層が多い十三重塔は小型の石造のものなら数多く現存するが、木造の大規模建築では唯一。この均整の取れた優美な曲線の檜皮葺屋根とその重なりの美しさを維持するため、最近では2007年に大規模な解体修理が行われた。
その上には五つの円相の中に仏の姿があり、これは多武峰(現・談山神社)の神々の、本来の仏としての姿を表した「本地仏」だ。仏教、特に密教の転生や分身の理論に則って、日本人の実在の人物が神格化された鎌足のような神々は「日本人のために仏が姿を変えて現れた権現」として体系化された(「本地垂迹説」)。
談山神社の藤原鎌足坐像。三尊形式の脇侍の小像は左が衣冠束帯の不比等像と、右は僧形の定恵ではなく衣冠束帯の勝軍地蔵だが、今回修理された藤原鎌足像のような大織冠尊像や多武峰曼荼羅と基本的に共通する構成。かつては現在の本殿に本尊で本地仏の説法印阿弥陀三尊像と共に安置されていたはずだが、神仏分離令・廃仏毀釈に伴い神廟拝所 (旧・講堂、江戸時代再建・重要文化財)に安置。なお阿弥陀三尊像は同じ奈良県桜井市の安倍文殊院に移され、釈迦三尊として祀られている。
日本など東アジア文化圏のこうした絵画は、掛け軸状だったりの固定されていないベースなので、どうしても丸めたり折って保存されているうちに折り目から剥落が始まり、凹凸のクセもついてしまうと画面そのものが見えにくくなってしまう。
だがこの作品のように修理でいったん解体して経年劣化した裏打ちの紙や布を外し、根気よく平坦な状態に置いて折りクセを直し、新たに裏打ちの紙や布製の表具を新調すれば、400年や500年、もっと古いものでもこうして本来の鮮やかさに限りなく近い状態に戻すことができて、本来の華やかさを鑑賞できるし、また折り目から絵の具の剥落が広がることも防ぐことができる。
下の写真は、帝釈天の使者とされる青い顔で憤怒の形相の金剛童子で、庚申待や庚申講の本尊として民間にも広く信仰された図様だ。庚申待とは干支で六十日に一度の庚申の夜、人から体内の「三尸の虫」が抜け出して天帝にその悪い行いを報告するとされていて、これを防ぐために徹夜する行事だ。
青面金剛像 南北朝時代・14世紀 京都・西明寺
令和6年度修理 財源:奈良国立博物館賛助会寄付金
原型はインド密教のマハーラカ神だが、ドクロの装身具や蛇を巻き付けた怖しい姿から病気を流行らせる悪鬼を退散させる鬼神だと日本への伝播の過程で意味づけが代わり、「青面金剛」と呼ばれるようになった。厄除け病封じになると言うのは、逆に言うなら病になるのは自分の悪行が天帝に知られて罰せられているのだ、とする因果応報思想も背景にあったのだろう。
新調された表具が青であることもあって、なんとなく全体に青い印象があるが、神像そのものも元は青い顔料で塗られていたのだろうものの、儀式で護摩などを焚く場所に掛けられたりした煤の影響で黒ずんで、元の鮮やかさは失われている。そうした元の色を想定して塗り直すようなことは、日本の文化財修理では基本行わない。現状を最良の状態で保存することが基本で、将来に技術がより進化したらベースの絵絹の織り目や色素面に付着した煤の粒子を取り除くことができて、鮮やかな青が蘇るかもしれない。
パッと見た目にはそんな印象はないが、よく見ると軸に丸めた時の折り目から剥落が進んだ箇所や、絹地そのものが劣化して穴が空いて脱落している箇所がある。今回行われた修理は、過去の修理でその脱落した部分を間違った場所に貼っていたのを元に戻したりした他、地の絹の欠損部分を経年劣化をシミュレートした絹で補ったり、新たに貼り替えた裏打ちの紙を背景色と同系色に染めることで、欠損部分を目立たなくしているのだ。
それだけでも我々はけっこう自分の脳内の視覚処理で欠落部分を補ったりして、本来描かれたのに近い状態を感じる体験ができてしまう。細部まで精緻に描かれた仏画で、憤怒形の恐ろしげな姿も迫力があり、こうして綺麗に修理されると、実に見飽きない。
鳥羽天皇像 南北朝時代・14世紀 和歌山・根来寺 重要文化財
令和5〜6年度修理 国庫補助、和歌山県補助、岩出市補助、公益財団法人住友財団文化財維持・修復事業助成