空也上人立像、その極限のリアリズムが到達したあまりに深い精神性

なんと美しく、真摯さに溢れた像だろう?

重要文化財 康勝作 空也上人立像(頭部・部分) 鎌倉時代・13世紀
京都・六波羅蜜寺蔵

一心に念仏をとなえるその顔は頬骨が浮き上がり、声を発する瞬間を克明に捉え、仏と一体化する宗教的な恍惚と、人々の苦しみと悲しみを背負ったかのような痛切さを、同時に、そして深く感じさせる。

重要文化財 康勝作 空也上人立像(頭部・部分) 鎌倉時代・13世紀
京都・六波羅蜜寺蔵

目は玉眼、つまりガラスや水晶を裏側から嵌め込んだものだが、その目の輝きが一層、上人の祈りの深さと純粋さを際立たせている。6体の小さな仏は、その渾身の魂の表出として湧き出たものが表現されていると同時に、あまりに顔の真摯さが迫真の表現であるため、わざわざそこになくとも、祈りの深さは微塵も揺るがないだろう。

重要文化財 康勝作 空也上人立像(部分・正面左側) 鎌倉時代・13世紀
京都・六波羅蜜寺蔵

あらためて正面から見ると、風にたなびくような衣の躍動感が、これが上人の静止した姿ではなく、念仏をとなえ首から下げた鉦鼓を撞木で叩きながら歩く、その修行と布教の一瞬を見事に捉えていることに息を呑む。

解体修理時に内部に見つかった墨書きの署名から、運慶の四男・康勝が作ったものだと判明している。運慶が衣の表現で定朝様の端正な様式化・パターン化から脱したリアルなひだを彫ったことは、すでにこの記事でも見て来た通りだが、康勝のこの像における衣の描写は、その父のさらに先を行くものではないか? 背面の座り皺に見る質感の表現の克明さの一方で、上人が前に向かって歩くその一瞬の運動を捉えるために、ひだの表現は適度に省略され、その力強くたなびく曲面と鋭角の混ざりあう様がまた、とてつもなく美しい。

一瞬を捉えた、写実すら超えてほとんど写真的というか、立体写真と言いたくなるほどのリアリズムのすべてが、民衆に尽くした一人の聖者の祈りの真摯さに昇華されている。

重要文化財 康勝作 空也上人立像(部分、左足) 鎌倉時代・13世紀
京都・六波羅蜜寺蔵

信仰対象としての彫刻や絵画の聖像における、リアリズムの探究と神聖さの表現の相克は、洋の東西を問わず難しい芸術的な課題だろう。ヨーロッパならばルネサンスの時代にキリストや聖母が生身の人間として描かれるようになると、ラファエッロの聖母子像などはただ美人の母親が愛らしい赤子を抱いているだけと見分けがつかない絵画になっている場合もある。

現代の我々はむしろ、中世ロシアのアンドレイ・ルブリョフらのイコンの、シンプルで平面的な表現と目の醒める色彩の荘厳さや、中世ゴシック建築を飾る極端に縦長に引き延ばされた聖者たちの像の方に神々しさを覚えるというか、あまりに人間としてのリアルを追求してしまうと、そこに表現されるのはただの人であり、神にも仏にも見えなくなってしまいかねない。運慶も晩年には薬師如来像を彫るにあたって、リアルに見える玉眼をあえて用いないようにして、仏の神聖さを保とうとしたと言われる。

西洋ルネサンスなら、ヒューマニズムとキリスト教の神聖さの的確なバランスに到達しえたのは恐らくレオナルド・ダ・ヴィンチと、のちのバロック絵画のレンブラントだろう。彼らの場合はそこに、陰影表現を駆使したミステリアスさを表現に組み込むことで到達した。たとえばダ・ヴィンチなら「岩窟の聖母子」や遺作「洗礼者聖ヨハネ」、レンブラントなら「エマオのキリスト」がその好例として挙げられよう。彫刻ならばミケランジェロの最も崇高であろう聖像は恐らく「ロンダニーニのピエタ」、あえて未完のままの遺作だ。

その300年近く前に、康勝はまったく異なったアプローチで、人間の人間としての全存在を克明かつ適確に、細部まで描写することによってこそ、リアリズムと神聖さの矛盾にひとつの完璧な解を見出している。

重要文化財 康勝作 空也上人立像 鎌倉時代・13世紀 京都・六波羅蜜寺蔵

そこにはもっとも崇高な精神は人の心の中にこそ宿り、その心はそれを包摂する肉体なしには存在し得ない、というひとつの確信のようなものがあったのではないか?

いうまでもなくその表現が康勝にとって可能になったのは、空也上人という「市聖」がいたからこそ、250年ほど前のその人のありように懸命に思いを馳せたが故の傑作だ。

その人は身体的に特に傑出しているわけではない姿をしていて、衣服にも肉体にも、生活と生きることの苦しみと痛み、悲しみが滲み出てさえいただろう。だが一見平凡な人だったからこそ、その人の祈りはとてつもなく崇高だった。

高さわずか117センチ、むしろ小さな像だ。だが見れば見るほどに、その一見平凡な身体から湧き立つ祈りの姿は、どんどん大きくなって見えて来る。

重要文化財 康勝作 空也上人立像(部分、正面から見て像の右) 鎌倉時代・13世紀
京都・六波羅蜜寺蔵

特別展「空也上人と六波羅蜜寺」

会期 2022年5月8日(日)まで開催中
会場 東京国立博物館 本館特別5室、本館11室
〒110−8712 東京都台東区上野公園13−9
アクセス
JR上野駅公園口・鶯谷駅南口より徒歩10分
東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、東京メトロ千代田線根津駅、京成電鉄京成上野駅より徒歩15分
開館時間 午前9時30分~午後5時
※4/9(土)~30(土)の土日祝日は午後6時まで
※5/1(日)~8(日)は午後7時まで
※11室の本展関連展示を除く総合文化展、そのほか特別展は午後5時閉館
休館日 月曜日、5月2日(月)は開館

主催 東京国立博物館、六波羅蜜寺、朝日新聞社、テレビ朝日、BS朝日
協賛 DNP大日本印刷、小学館
お問合せ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://kuya-rokuhara.exhibit.jp/

観覧料(税込)

一般1,600円
大学生900円
高校生600円

事前予約(日時指定券)を推奨します。事前予約されていない方は、当日分の入場枠でご案内しますが、当日の混雑状況によりご希望の時間で入場できない場合や、入場をお断りする可能性もあります。日時指定券はこちらから https://kuya-rokuhara.exhibit.jp/ticket.html
※中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料。入館の際に学生証、障がい者手帳等をご提示ください。
※キャンパスメンバーズ、団体料金の設定、シニア割引はございません。
※障がい者とその介護者1名は日時指定予約不要です。
※特別展観覧料で、特別展ご観覧の当日に限り総合文化展 (平常展) もご覧いただけます。ただし、総合文化展の混雑状況によっては、入場をお待ちいただく場合があります。総合文化展の日時指定券をご予約いただく必要はありません。
※総合文化展のチケットでは、本展はご覧いただけません。なお当日、本展観覧料との差額をお支払いいただいてもご観覧いただけませんのでご注意ください。
※特別展「琉球」(5月3日~6月26日)は別途観覧料が必要です。

夜叉神立像 平安時代・11世紀 京都・六波羅蜜寺蔵

以上、写真は主催者の特別な許可を得て、展覧会広報用に撮影。禁転載
撮影:藤原敏史 Canon EOS RP, RF50mmf1.2L, RF85mmf1.2L ©2022, toshi fujiwara