夢想と現実の激突を描く
ブラジルの貧しい地域から都会に出てきた主人公マカベーアは、19歳。小さな会社でタイピストをしている。とても貧しくて。それだけじゃなくて、「頭が鈍くて、容姿が冴えない」ので、まわりからバカにされている。
マカベーアについて考えると、自分がマカベーアでなくてよかったと思う。それでいて、自分がマカベーアでないことに罪悪感を抱く。罪悪感?違う。どこかマカベーアと同期してしまう部分を持っている、つまり、彼女が気になって仕方がない私は、彼女と似ているのじゃないかと落ち込んでくる。
誰からも必要とされていない。そしてそれすらもわかっていない。現実には自分をないがしろにする人物に囲まれているのに。満足な語彙さえ持たず、誰とも心を通じさせるのが叶わないのに、いつか「映画スター」になれると思っている。
自分が幸福かどうかを考えるのは、お金がある人の特権だとマカベーアは考えている。お金がなくてホットドッグしか食べられず、栄養失調気味で、夢想だけが友達の彼女の存在。それは、必死で日常をこなしながら、手の中にあるものを確かめようとしている我々の浅ましさをも、照射してくる。
ボーイフレンドのオリンピコとのやりとりのずれが、彼女の、そして彼の、孤立した生をさらに浮き彫りにする。誰からも関心を持たれるはずはないのに、いつか世界の中心に立つことを夢見る男と、彼から、ほんの少しでも関心を引きたいとずれた行動を繰り返す女。女は、結婚や出産を夢見ている。彼らは、一緒にいるだけで、何ひとつ、かみあってはいない。
監督で脚本家のノーラ・エフロンのこんな言葉を思い出す。「ニューヨークの独身女性の人生を忠実に描こうとすれば大衆小説を書くしかないことに気づいた。理由は単純、ニューヨークの独身女性の人生は大衆小説そのものなのだから。」同じように、マカベーアとオリンピコの関係は、浅薄で陳腐で空っぽだ。語彙がなさすぎて、お互いに話す内容すらない。こんな滑稽なカップルを、かつて映画で見たことがあるだろうか。それにも関わらず、あまりにもリアルだ。街を歩けば、空っぽな男と空っぽな女が、一緒に歩いているのを見かけて気分が悪くなってくる。
マカベーアは、現実をあえて無視することで、身を守っている。でも最後の最後で、彼女の「きらめく夢想」と「覚めた現実」が、この上なく残酷に「激突」する。彼女の人生は崩壊してしまう。
これが、もし、同じ時期に映画を撮っていた、ウッディ・アレンなら、エリック・ロメールなら、どうしただろう、と考える。彼等なら、マカベーアを最後に救ってしまうだろう。もう少し、ましな男にも出会わせるかもしれないし、少なくとも彼女に「かりそめ」かもしれなくとも「幸福」や「納得」を与えるだろう。しかし、この映画の監督スザーナ・アマラウは、決して、マカベーアを救わない。きっと彼女自身が、そんなものは、現実には、ほとんど見かけたことがなかったからだろう。
ありふれた空っぽな人生の、痛々しい記録。つまり、自分と無関係だとは、決して思えない、切実で生々しい映画だと思う。
木村有理子
映画監督。慶応義塾大学環境情報学部卒。角川大映に勤務の後、様々な媒体に映画評を寄稿。主な監督作品に『犬を撃つ』(カンヌ国際映画祭正式出品)、『わたしたちがうたうとき』(ソウル国際女性映画祭招待作品)、『くまのがっこうのみゅーじかるができるまで』(ドキュメンタリー)。
『星の時 4K』予告編
映画『星の時 4K』予告編/2026.08.21㊎公開
www.youtube.comイントロダクション
“ブラジルのヴァージニア・ウルフ”
クラリッセ・リスペクトル原作
ブラジル⼥性監督の先駆者
スザーナ・アマラウ監督
ブラジル北東部の貧しい地から⼤都会サンパウロへやってきた19歳のマカベーアの⼩さな世界と、やがて訪れる《運命のとき》ブラジル映画史にきらめく、忘れがたい輝き。
40年の時を経て⽇本初劇場公開
ブラジル北東部の貧しい地からサンパウロにやってきたマカベーアは、⾝寄りもなく、読み書きもままならず、世間知らず。安⽉給で暮らし、3⼈の⼥たちと粗末な下宿を共有している。⾃⾝の貧困や境遇に無⾃覚で、恋にあこがれ、映画スターを夢⾒る彼⼥は、ある⽇占い師から「あなたの⼈⽣は変わる」と告げられる。だが、
その「運命の瞬間」は思いがけない形で訪れる……。
原作は、「ブラジルのヴァージニア・ウルフ」(The Wall Street Journal)、「20世紀でもっとも謎めいた作家のひとり」(オルハン・パムク)と称されるクラリッセ・リスペクトルが1977年に遺した最後の⼩説『星の時』。⽇本では2021年に初邦訳され、第8回⽇本翻訳⼤賞を受賞するなど⼤きな反響を呼んだ。
監督のスザーナ・アマラウは、9⼈の⼦どもを育てたのちニューヨーク⼤学で映画制作を学んだ異⾊の経歴を持つ、ブラジル映画における⼥性監督の先駆者。本作は、彼⼥が50代で完成させた初の⻑編監督作である。原作では謎に包まれたままの主⼈公マカベーアを描くにあたり、アマラウは「ただ“⼈⽣”を⾒ていただけ。⾃分⾃⾝の、そして毎朝5時に家を出るたくさんの⼥の⼦たちの」と語る。貧しく、報われない、社会の中で⾒過ごされてきた存在を、⾎の通った⼀⼈の⼈間として瑞々しく描き出した。
本作はブラジリア映画祭で主要6部⾨を受賞し、第36回ベルリン国際映画祭では主演マルセリア・カルタッショが銀熊賞(⼥優賞)を受賞。国内外で⾼い評価を受けた。近年ではブラジル映画批評家協会による「ブラジル映画史上ベスト100」、英国BFIによる「The female gaze: ⼥性監督による、⾒過ごされてきた100本の映画」にも選出され、その評価は今なお広がり続けている。⽇本では1987年に第2回東京国際⼥性映画祭で『星の時間』のタイトルで上映され、監督来⽇も果たした。
また、名匠ウォルター・サレス監督作『セントラル・ステーション』でブラジル⼈として初めてアカデミー賞主演⼥優賞にノミネートされ、『アイム・スティル・ヒア』への出演も記憶に新しい名優フェルナンダ・モンテネグロが占い師役で出演している。
『星の時 4K』
1985年/ブラジル/ 96分/1:1.43/カラー/ステレオ/原題: A Hora da Estrela /英題: Hour of the Star
配給:alfazebet
公式HP : https://alfazbetmovie.com/hoshinotoki/
公式X:@hoshinotokijp



