2025年10月11日、ダイアン・キートンがロサンゼルスで79歳の生涯を閉じた。『アニー・ホール』(77)での一言「ラ・ディ・ダ(La-di-da)」を覚えている人は多いだろう。あの言葉に象徴されるように、彼女は映画の中で、そして現実の人生でも、他の誰とも違うリズムで世界を歩いた。

“自分らしさ”がスタイルになった人

ウディ・アレン監督の初期コメディ作品『ボギー! 俺も男だ』(72)、『スリーパー』(73)、『ウディ・アレンの愛と死』で注目を集め、1977年、アレン監督の『アニー・ホール』でアカデミー賞を受賞したキートンは、男性用のベストやネクタイをさらりと着こなし、フェドーラ帽を被ってスクリーンに現れた。型破りなそのファッションは、当時の若い女性たちにとって新しい自由の象徴となった。

アレンとの実生活での恋が終わった後も、『インテリア』(79)や『マンハッタン』(80)など、彼女は彼の映画で頻繁に共演し、ユーモアと知性を行き来する女性像を軽やかに演じ続けた。その存在は、単なる“ミューズ”ではなく、70年代のアメリカ映画が女性の内面を描き始めた時代の先駆者そのものだった。

『アニー・ホール』海外版予告編

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ケイ・アダムスの沈黙とアニー・ホールの笑顔

『ゴッドファーザー』三部作で演じたケイ・アダムスは、マフィア社会の“外側”に立つ女性だった。愛と恐れ、倫理と諦念。そのすべてを静かな眼差しで抱きしめた彼女の姿は、物語の道徳的支柱であり、沈黙による抵抗だった。

一方、『アニー・ホール』のアニーは真逆の存在だ。口ごもり、笑い、言葉を探す。その不完全さが人を惹きつける。キートンはこの二つの極――沈黙と饒舌、内省と奔放――のあいだを自在に行き来しながら、女性が「自分の声」を持つということを映画の中で体現してきた。

『ゴッドファーザー』50周年記念予告編

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年齢を重ねることを物語に変える

1980年代以降、キートンは「成熟した女性」を描く新しい時代を切り拓いた。後に数々の作品でタッグを組むナンシー・マイヤーズ監督の初期作品『赤ちゃんはトップレディがお好き』(87、共同脚本)はキャリアと母性の両立を笑いに変え、『花嫁のパパ』(91)では家族の再生を温かく描き、『恋愛適齢期』(03)では中年以降の恋愛を堂々と演じた。

彼女は年齢を重ねることを「何かを失うこと」ではなく、「人生をもう一度組み直すこと」として演じた。マイヤーズ監督とのコラボレーションは、その価値観を広く観客に届けるものだった。ダイアン・キートンは、歳をとることの豊かさを、笑いと知性をもって提示した数少ない女優ひとりといえる。

『また、あなたとブッククラブで』予告編

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光と影、どちらも抱えた女優

キートンの演技には、どんな役でも共通する“間”がある。台詞の合間に生まれる沈黙や、笑いの直後に訪れるため息。その一瞬に、観る者は彼女の中の不安や希望を見つける。『ミスター・グッドバーを探して』(77)では自由と孤独の代償を、『レッズ』(81)では愛と理想の衝突を、『マイ・ルーム』(96)では死を前にした優しさを演じた。

彼女のこうした演技の積み重ねが、ダイアン・キートンを“アメリカ映画の心を映し出す女優”にしたのだと思う。2023年の『ハリウッド・リポーター』誌によるインタビューで、演じたいキャラクターの条件を問われた彼女はこう答えている。「その人物の内面に脈打つような問題を抱えていること」だと。

『レッズ』駅での再会シーン

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声と笑いに響く「今を生きる喜び」

キートンは俳優にとどまらず、写真家・作家・監督・プロデューサーとしても活躍した。建築への情熱から生まれた著書『The House That Pinterest Built』や写真集『Reservations』は、生活空間を芸術へと昇華した記録でもある。

晩年も『また、あなたとブッククラブで』(18)、『チア・アップ!』(19)、『50年後のサマーキャンプ』(24)など、年齢をテーマにしたコメディに出演し、笑いと優しさをもって老いを肯定した。彼女にとって老いはいつも“新しい始まり”だったのだ。

ウディ・アレンはかつて、彼女をこう評している。「ダイアンは、どんな場面でも自分自身でいる勇気を持っている。だからこそ、彼女は僕の映画の中で最も真実のあるキャラクターを演じられたんだ」。その言葉どおり、キートンはスクリーンの中でも外でも、自分らしさを貫いた。

2017年、アメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)から生涯功労賞を受賞した際のスピーチで、キートンは『アニー・ホール』で印象的に歌った「Seems Like Old Times」を披露している。映画と同様に、その柔らかな歌声は過去を懐かしむのではなく、“今を生きる喜び”に満ちていた。彼女の声と笑いは、これからも映画の中で静かに鳴り響きつづけるだろう。

『アニー・ホール』「Seems Like Old Times」歌唱シーン

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第45回AFI生涯功労賞受賞時のスピーチ

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【参考】
書籍『ダイアン・キートン自伝—あの時をもう一度』(2014年、早川書房)
Variety “Diane Keaton, Oscar-Winning ‘Annie Hall’ Star, Dies at 79”
The New York Times “Diane Keaton, a Star of ‘Annie Hall’ and ‘First Wives Club,’ Dies at 79”

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