2025年9月16日、ロバート・レッドフォードが89歳で逝去した。『明日に向って撃て!』(69)、『スティング』(73)、『大統領の陰謀』(76)、そして監督作『普通の人々』(80)――ハリウッド黄金期を支えたスター俳優であり、同時にアカデミー賞監督賞を獲得した映画作家でもある。彼はまた、1981年に立ち上げたサンダンス映画祭を通じて、インディペンデント映画の興隆を支えた「もう一人の祖」とも呼ばれる存在であった。

ハリウッド大作からインディペンデント映画の最前線まで、その活動範囲は常に映画文化の中心にあり続けた。今回の訃報に接し、アメリカ各紙は「彼が育てた世代の映画作家たちが、今日の世界映画の顔ぶれを形づくった」(Variety)と評している。その言葉は決して誇張ではないだろう。

『明日に向って撃て!』より抜粋映像

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ハリウッド・スターとしての顔

レッドフォードが広く世界に知られる契機となったのは、やはり『明日に向って撃て!』だろう。ポール・ニューマンと並び立つその姿は、アメリカン・ニューシネマの代名詞として記憶されている。続く『スティング』では再びニューマンと共演し、コンゲームの華麗な構図に爽快なユーモアを吹き込んだ。彼の端正な容姿は「ハリウッド最後の正統派スター」と形容される一方、作品選びの眼差しには常に社会的なテーマが潜んでいた。『大統領の陰謀』でワシントン・ポスト記者を演じた際も、単なるサスペンスではなく「ジャーナリズムが果たす民主主義の役割」に焦点を当てていた点は象徴的だ。

「ハンサムなだけの俳優ではいたくなかった」と彼はかつてインタビューで語っている。スターであることを自覚しながらも、その力を映画的・社会的問いへと結びつけようとする姿勢が、彼を特別な存在たらしめた。

監督としてのもう一つの道

1980年、『普通の人々』で監督デビューを果たしたレッドフォードは、いきなりアカデミー作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞の4部門を受賞するという快挙を成し遂げた。家族の断絶と再生を描いたこの映画には、派手な演出はない。だが繊細な人物描写、沈黙の間合いに滲む感情の深さは、俳優出身監督ならではの視点を示していた。

その後の監督作『リバー・ランズ・スルー・イット』(92)では、自然と人間の関わりを抒情的に描き、『クイズ・ショウ』(94)ではテレビとアメリカ社会の欺瞞を問い直した。スター俳優としての名声を利用するのではなく、むしろ監督として自らを距離化し、社会批評の眼差しを持つ「語り手」へと変貌していったことは特筆すべきだろう。

『普通の人々』予告編

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サンダンスというもうひとつの遺産

レッドフォードの功績を語る上で欠かせないのが、サンダンス映画祭である。1980年代初頭、商業主義に傾いたハリウッドの潮流に抗するように、彼は若手監督に自由な創作と発表の場を提供した。その場からは、コーエン兄弟、スティーヴン・ソダーバーグ、クエンティン・タランティーノ、ケヴィン・スミス、トッド・ヘインズ、そして近年のライアン・クーグラーに至るまで、後に世界を席巻する数多の作家たちが巣立った。

「映画にはまだ語られていない声がある。それを届けるのがサンダンスの役割だ」と語った彼の言葉は、今も映画祭の理念に刻まれている。レッドフォードがいなければ、現代映画の地図はまるで違ったものになっていただろう。

美しき引退作『さらば愛しきアウトロー』に映る自己像

俳優としての引退を表明したのが、2018年の『さらば愛しきアウトロー』である。デヴィッド・ロウリー監督がメガホンをとったこの作品は、実在の銀行強盗フォレスト・タッカーを題材にしている。

タッカーは生涯に18回もの脱獄を試み、老いてもなお銀行を襲い続けた人物だ。映画は彼を“最後の無頼漢”として描くが、そこに漂うのは暴力ではなくチャーミングな微笑みである。ロウリー監督は「レッドフォードが彼自身のキャリアを演じているように見えた」と述べている。つまり“自由の亡霊”としてのタッカー像は、そのまま俳優としてのレッドフォードの姿に重なるのだ。

彼自身も公開時のインタビューで「この映画は、自分のキャリアに対するちょっとしたジョークであり、ささやかな告白だ」と語っていた。銃を構えるより、柔らかな笑みと気品で観客を魅了する姿は、50年にわたりスクリーンを支配したスターの最終章としてふさわしい。

『さらば愛しきアウトロー』予告編

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レッドフォードの遺したもの

俳優、監督、そして映画祭創設者。三つの顔を持ちながら、その根底に流れるものは一貫していた。それは「映画が社会と響き合うためには、常に新しい声と誠実な視点が必要だ」という信念である。

『普通の人々』で示した家庭の痛みと再生、『リバー・ランズ・スルー・イット』で描いた自然と人生の流れ、そして『さらば愛しきアウトロー』で見せた老境の自由――そのすべてが、映画というメディアの可能性を広げる彼自身の生き方と重なっている。

スターとして世界を魅了し、作家として社会を映し出し、そして次世代の才能を育んだ。ロバート・レッドフォードは単なる名優ではなく、映画文化そのものを支えた大いなる存在であった。

彼の死によって失われたものは計り知れない。だが、サンダンスの理念や作品群は今も息づいている。スクリーンに映る微笑みは消えても、彼の残した「自由を追い求める眼差し」は、これからも私たちを導き続けるだろう。

レッドフォードとの共演を語るケイシー・アフレック(『さらば愛しきアウトロー』より)

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参考:Variety “Robert Redford Dies: Hollywood Tributes From Marlee Matlin, Colman Domingo and More Praise a ‘Genius’ and ‘Legendary Artist’”

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