『恐怖分子』『牯嶺街少年殺人事件』『カップルズ』等で知られる台湾ニューシネマを代表する巨匠、エドワード・ヤン。

2007 年に 59 歳で惜しまれつつ亡くなった彼の遺作であり集大成である映画『ヤンヤン 夏の想い出』が公開から四半世紀を経て 4K レストア化され、ついに日本公開が決定した。

今年の第 78 回カンヌ国際映画祭クラシック部門のオープニング作品としてお披露目され、惜しみない賛辞を受けたこの比類のない傑作は、3時間に及ぶ長大な物語でありながら、そのリズムは驚くほど軽やかで、観客をじわじわと人生の深奥へと導く。本作がなぜこれほど特別な作品として語り継がれるのか、その魅力を改めて考えてみたい。

画像1: ©1+2 Seisaku Iinkai

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家族という小宇宙

舞台は台北。中心となるのは典型的な中産階級の一家だ。結婚式から始まり、葬儀で幕を閉じる物語は、一見すると平凡な日常を追っているにすぎない。しかしその断片を丹念に繋ぎ合わせることで、人生における「喜び」「裏切り」「不安」「再生」といった普遍的な瞬間が浮かび上がる。大人たちの挫折や迷いと並置される子どもたちの無垢な視線は、観客が自らの人生の記憶を呼び覚ます契機となり、物語に深い共鳴を与える。

画像2: ©1+2 Seisaku Iinkai

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見ることと、見えないもの

特に印象的なのは、少年ヤンヤンがカメラを手に取り、人々の「後ろ姿」を撮り続ける場面だ。自分自身では決して見えない「背中」を映し出すことで、他者の存在の不可知性、そして視点を交換することの大切さが示される。このモチーフは、監督自身の映画観そのもの──映画とは、私たちが普段気づけない世界を見せる“透明な鏡”であるという信念を体現している。そして観客もまた、彼のカメラを通して「自分が見えていない部分」に気づかされる。

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都市のリズムと普遍の時間

エドワード・ヤンは台北という都市を描き続けた作家だったが、本作では都市の雑踏と家族の親密な時間を巧みに重ね合わせる。高層ビルのガラスに映り込む光、静かに降り注ぐ雨、夏の熱気──それらは登場人物の感情と呼応し、都市の風景がそのまま「人生の質感」として息づいている。ローカルな風景が普遍的な経験へと昇華され、東京や熱海、そして台北を知らない観客にとっても、自らの人生の断片を重ね合わせられる映像体験となるのだ。

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台湾ニューシネマを象徴する存在、ウー・ニェンツェン

『ヤンヤン 夏の想い出』を語る上で忘れてはならないのが、その出演者たちが体現した独自の存在感である。父親NJを演じたウー・ニェンツェンは、作家であり脚本家としても知られ、ヤンの長編第一作『海辺の一日』(83)や、ヤンの盟友であるホウ・シャオシェン監督作品──『恋恋風塵』(86)や『悲情城市』(89)、『戯夢人生』(93)──の脚本を手がけてきた人物である。台湾ニューシネマの言語を形づくった張本人ともいえる彼が、ヤンの遺作で一家の良心のような父親を演じることは、台湾映画史の文脈をそのまま体現する選択だったといえるだろう。映画の中で見せる静かな苦悩や温かい眼差しは、まさに作家としての彼自身が築いてきた物語の倫理と響き合っている。

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他者を理解すること

こうした出演者の選択を含め、『ヤンヤン 夏の想い出』は、台湾ニューシネマの遺産を引き継ぎながらも、同時に現在に通じる極めて今日的な問題を予示していた作品である。現代を生きる私たちは、SNSや情報の洪水の中で「他者を理解すること」の難しさをますます実感している。だからこそ、ヤンの静謐な視線は鮮烈に響く。他人の背中を見つめる少年のカメラのように、この映画は私たちに「世界はまだ見えていない部分に満ちている」と教えてくれるのだ。

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『ヤンヤン 夏の想い出 4K レストア版』特報

画像: - YouTube youtu.be

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【STORY】

小学生のヤンヤンは、コンピュータ会社を経営する父NJ、そして母、姉、祖母と共に台北の高級マンションで幸せを絵に描いたような暮らしをしていた。だが母の弟の結婚式を境に、一家の歯車は狂いはじめる。祖母は脳卒中で入院。NJは初恋の人にバッタリ再会して心揺らぎ、母は新興宗教に走る……。そしてNJは、行き詰まった会社の経営を立て直すべく、天才的ゲーム・デザイナー大田と契約するため日本へと旅立つのだが。

監督・脚本:エドワード・ヤン
撮影:ヤン・ウェイハン
編集:チェン・ポーウェン
録音:ドゥー・ドゥーツ
美術・音楽:ペン・カイリー
出演:ウー・ニェンツェン、イッセー尾形、エイレン・チン、ケリー・リー、ジョナサン・チャン

2000 年|台湾・日本合作映画|中国語・日本語|カラー|173 分|原題:YI YI|英題:YI YI: A ONE AND A TWO|字幕翻訳:石田泰子
配給:ポニーキャニオン
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公式サイト:https://yi-yi.jp/
公式 X:@YIYI_4K #ヤンヤン 4K

2025 年 12 月 19 日(金)
Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、109シネマズプレミアム新宿他 全国公開

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