第82回ヴェネツィア国際映画祭が、2025年8月27日から9月6日までイタリアのリード・ディ・ヴェネツィア(リド島)で開催される。今年のコンペティション部門のラインナップには、巨匠たちによる新作から若手による挑戦的な作品まで、世界映画の“今”を映し出す意欲作が揃った。日本からも、藤元明緒監督『LOST LAND/ロストランド』のオリゾンティ部門選出と、細田守監督の新作アニメーション『果てしなきスカーレット』のアウト・オブ・コンペティション部門の上映が決まっている。

藤元明緒監督が見つめる“境界”

「オリゾンティ部門」は、ジャンルや国籍にとらわれず、新しい映画表現を追求する若い才能にフォーカスした作品が選ばれる部門だ。今年、この枠に日本から選出されたのが、藤元明緒監督による長編最新作『LOST LAND/ロストランド』である。

本作は無国籍の幼い姉弟が国境を越え、家族との再会を願って旅をするロードムービー。“世界で最も迫害されている民族の一つ”といわれているロヒンギャの人々の証言を元に、実際にロギンヒャの人々200名以上を起用し、全編が海外ロケで撮影されている。製作は日本、フランス、マレーシア、ドイツの4カ国による国際共同体制で行われ、現代の「難民映画」に新たなリアリズムと詩情を与える作品となっている。

『僕の帰る場所』予告編

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藤元監督は、移民や難民といった“社会の周縁”に生きる人々に焦点を当ててきた映画作家だ。初長編『僕の帰る場所』(17)は、ミャンマー出身の家族が日本で生きる困難を描き、第30回東京国際映画祭「アジアの未来」部門で作品賞と監督賞の2冠を受賞。続く『海辺の彼女たち』(21)では、ベトナム人技能実習生の姿を捉え、国際的に高い評価を得た。

『LOST LAND/ロスト・ランド』は、そうした彼のフィルモグラフィの到達点ともいえる。奇しくも、今年の8月から東京・ユーロスペースをはじめ全国公開される旧ソ連出身の伝説的な映画監督、ヴィターリー・カネフスキーの作品群に深く影響を受けた藤元監督。カネフスキーと同じく、現実の出来事とフィクションの語りが融合するその境界的な手法は「現実を撮る」ことの倫理と、「物語を語る」ことの希望を同時に成立させている。

『海辺の彼女たち』予告編

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「ヴィターリー・カネフスキー トリロジー」予告編

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細田守監督の映像詩が再び世界へ

正式コンペ外で特別上映されるアウト・オブ・コンペティション部門には、細田守監督の最新作『果てしなきスカーレット』が選出された。『時をかける少女』(06)、『サマーウォーズ』(09)、『竜とそばかすの姫』(21)など、国内外で高い評価を受けてきた細田作品は、テクノロジーと人間性、家族と個人の関係を軸に、一貫した作家性を築いてきた。

その最新作『果てしなきスカーレット』は、父を殺された王女スカーレットが〈死者の国〉で目覚め、復讐と自己の存在をかけた旅に出るダーク・ファンタジー。現代日本から迷い込んだ青年・聖との出会いを通じて、世界と心の再生が描かれる。復讐と癒し、狂気と希望が交錯する本作は、映像表現の面でも従来のアニメーションを超える新たなスタイルを模索しており、細田守の新境地を示す作品として注目されている。

日本発のオリジナル・アニメーションが、世界三大映画祭のひとつであるヴェネツィアの大舞台で上映されることは、細田監督の国際的評価の確かさを物語っているだろう。

『竜とそばかすの姫』予告編

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配信映画の映画祭選出──映画をめぐる制度の再編成

2017年のカンヌ国際映画祭でNetflix作品がコンペティション部門から排除されて以来、「映画祭 vs ストリーミング」という対立は映画界の火種となってきた。とくにフランスでは、劇場公開を前提としない作品に対する文化的抵抗が根強く存在する。

その一方で、ヴェネツィア国際映画祭は早くからNetflix作品の受け入れに前向きな姿勢を見せ、アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』(18)やノア・バームバック監督の『マリッジ・ストーリー』(19)といった“ストリーミング発の映画芸術”をいち早く世界へ紹介してきた。今年もバームバック監督の新作『Jay Kelly(原題)』をはじめ、ギレルモ・デル・トロ監督による新たな神話『Frankenstein(原題)』、キャスリン・ビグロー監督の政治スリラー『A House of Dynamite』などのNetflix作品が多数出品され、注目を浴びている。

これらの作品は劇場公開を伴う可能性もあるが、その制作母体がストリーミングであるという事実は変わらない。すなわち、映画の“制度”そのものが変容しつつあることを意味する。

『ROMA/ローマ』予告編

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配信=脅威ではない「オルタナティブな表現環境」であるということ

Netflixは「ハリウッド的大作か、もしくは監督の完全自由か」という両極の制作スタイルを同居させるプラットフォームでもある。いわば“監督の避難所”としてのNetflixという視点がある。

例えば、今回ジム・ジャームッシュ監督が、ある種の孤高を貫いたまま新作『Father Mother Sister Brother(原題)』を発表できた背景にも、劇場依存のシステムからの相対的自由があるのかもしれない。近年のスコセッシ監督やポン・ジュノ監督らの配信への接近も、作家の表現が商業システムから逃れるための選択だったといえる。

映画祭という“権威の場”が、かつての敵対的立場から“開かれた対話の場”へと姿勢を変えつつある今、私たちは「映画の価値は、その上映される“場”によって決まるのか?」という問いを改めて再考する必要があるだろう。

『マリッジ・ストーリー』予告編

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コンペティション部門出品全作品

『La Grazia(原題)』 パオロ・ソレンティーノ監督(オープニング作品)
『The Wizard of the Kremlin(原題)』 オリヴィエ・アサイヤス監督
『Jay Kelly(原題)』 ノア・バームバック監督
『The Voice of Hind Rajab(原題)』 カウテル・ベン・ハニア監督
『A House of Dynamite(原題)』 キャスリン・ビグロー監督
『The Sun Rises on Us All(原題)』ツァイ・シャンジュン監督
『Frankenstein(原題)』 ギレルモ・デル・トロ監督
『Elisa(原題)』レオナルド・ディ・コスタンツォ監督
『À pied d'œuvre(原題)』 ヴァレリー・ドンゼッリ監督
『Silent Friend(原題)』エニェディ・イルディコー監督
『The Testament of Ann Lee(原題)』モナ・ファストヴォルド監督
『Father Mother Sister brother(原題)』ジム・ジャームッシュ監督
『Bugonia(原題)』ヨルゴス・ランティモス監督
『Duse(原題)』ピエトロ・マルチェロ監督
『Un Film Fatto Per Bene(原題)』フランコ・マレスコ監督
『Orphan(英題)』ネメス・ラーシュロー監督
『L'étrange(原題)』 フランソワ・オゾン監督
『No Other Choice(英題)』 パク・チャヌク監督
『Sotto Le Nuvole(原題)』ジャンフランコ・ロッシ監督
『The Smashing Machine(原題)』 ベニー・サフディ監督
『Girl(英題)』スー・チー監督

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