画像: 左にメイン上映会場リュミエール劇場。真ん中にパレ。右にはある視点部門の上映劇場ドビュッシー

左にメイン上映会場リュミエール劇場。真ん中にパレ。右にはある視点部門の上映劇場ドビュッシー

反ファシズムの映画祭として誕生した原点に帰った今年の映画祭

 カンヌ国際映画祭は、ファシズム国家による映画祭として始まったヴェネチア映画祭に対抗して1939年9月1日に始められる予定だった。しかしその日、ナチスドイツがポーランドに侵攻、第二次世界大戦が始まり、映画祭は中止され、第一回のカンヌ映画祭は戦後1946年になってやっと開催された。

 そんな誕生の歴史を持つ映画祭が原点に戻ったと評されたのが今年のカンヌ映画祭だった。2022年、カンヌ初の女性会長として着任したイリス・ノブロックは最初の年から大きな課題を課せられる。映画祭直前、2月に始まったロシアのウクライナ侵攻である。カンヌはロシア政府による映画祭参加を拒否、開会式にゼレンスキーウクライナ大統領のオンライン出演を実現させた。さらに23年10月ハマスの攻撃をきっかけに始まったイスラエルのガザ攻撃に対してもカンヌはパレスチナ支持を表明。今年のカンヌはこの、終わりの見えない「戦争」を抱え、それに対して映画は何が出来るかを示そうとしたように思える。

 もちろん映画祭の各部門の審査は審査員による公正なものである。が、審査に至るまでの選考の段階では、いや、もうすでに開始から何年もたつ「戦争」の時代に生きる創作者たちの段階でも、時代の気分というものが反映してしまう作品が現れるのは当然だろう。ただし、時代や社会、文化を越えた人類共通のテーマを描くのも、逆に個人の心をひたすら掘り下げるのも映画である。映画祭のセレクションはそのバランスをとりつつ選ばれていくものなのだと思う。

 しかし今年のカンヌには「それはさておき、どうしてもまずこれだけは言わせてほしい」感があった。映画祭のスタンスとして明らかにすべきは「侵攻と虐殺は許さない」なのだ、と。開会式の前に予定にない三本のウクライナ戦争についてのドキュメンタリーを急遽上映し、イスラエルのガザ爆撃によって殺されたACID部門参加作品の主人公への追悼を開会式で呼びかけ、プレスリリースにもして写真を掲げるなどのアピールをしたのはその表れだろう。

 結果として、今年の審査員長ジュリエット・ビノシュのもと審査員団が選出したパルム・ドールはイランのジャファール・パナヒ監督による『シンプル・アクシデント』。2010年、コンペ審査員に選ばれながら政府によって出国禁止にされたパナヒを、イランのキアロスタミ監督作品で女優賞を獲ったビノシュが舞台上で称えたシーンを思いだした。受賞の瞬間、抑圧された長い日々を振り切るかのように腕を高く掲げたパナヒの姿は、まぎれもなく今年のカンヌのハイライトだった。自分を拷問した秘密警察の男に復讐をしようとする主人公の物語なのだが、シリアスでサスペンスフルな流れにふっとユーモアを感じさせるのがパナヒらしく、その最後に描かれた選択は、この時代においてそれでも人間を信じようという意志、すなわち希望を表すものであった。怒りと絶望で始まった今年のカンヌの幕切れとしてふさわしいパルム・ドールだった。

 今年10本上映された日本映画はすでに『国宝』『ルノワール』と公開され、学生映画部門の第三席を受賞した『ジンジャー・ボーイ』も7/25から上映が始まる。コンペを始め海外作品の公開は、9/19公開のウェス・アンダーソン監督『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』以を皮切りに、秋以降~来年に公開されていくと思うが、覚えておいていただきたいタイトルを挙げておこう。

 今年は数えてみたら合計42本の作品を鑑賞していた。その中から公開される確率の高い長編コンペ作品について公開時にはぜひ見ていただきたい作品をご紹介しておこう。
 政治と歴史を描くドキュメンタリーの名手ウクライナのセルゲイ・ロズニッツァ監督の劇映画『Two Prosecutors』スターリン時代、理想に燃える若い検察官をめぐるアイロニカルな喜劇。「TWO」というところがミソである。『Sirat』家出した娘を野外音楽フェスで探す父と弟。突然起きた紛争のためフェスの参加者と一緒に砂漠に逃げ込むがこれが地獄行の始まりだった。理不尽な暴力に追い詰められていく親子に襲いかかる意外な展開にショックを受けた。審査員賞を受賞。『Nouvelle Vague』リチャード・リンクレーター監督のヌーヴェル・ヴァーグ愛があふれる青春群像劇。ゴダールの「勝手にしやがれ」の撮影現場と仲間たちとの日々を描く。監督賞と男優賞を受賞した『The Siecret Agent』1977年軍政下のブラジルで苦悩する秘密捜査官の物語。監督は『バクラウ地図から消された町』のクレベール・メンドンサ・フィーリョ。『Sentimental Value』ヨアキム・トリアー監督のグランプリ受賞作品。母娘を捨てた有名映画監督の父が女優になった長女の前に現れて、自分の母を描く映画に出てほしいというが長女は拒否。父はハリウッドスターをキャスティングするのだがという話。スター役をエル・ファニングが演じる。こじれた家族の物語だが後味がよく好評だった。『Young Mothers』安定のダルデンヌ兄弟監督作。脚本賞。10代の未婚の母のシェアハウスに暮らす5人の”母”たち。それぞれの事情と選択を描くのだが、いつもよりも少しハッピーエンド度が高い。時代がハードすぎるからなのか、ダルデンヌが年取ったのか…。そして特別賞を受賞したビー・ガン監督の美しい映画迷宮『Resurrection』も楽しみにしていただきたい。

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